宗論 / 通小町

2011/11/18

国立能楽堂の定例公演で、狂言「宗論」、能「通小町」。

宗論

法華僧と浄土僧とのいざこざをコミカルに描いたこの「宗論」を、私は2009年に観たことがありますが、今回はあの野村萬斎師が浄土僧というところがポイントです。そして、実際に舞台上では期待に違わぬ二人の僧のバトルが繰り広げられました。

高澤祐介師の法華僧が身延山参詣の帰り道、善光寺帰りの浄土僧と道連れになるところが導入部で、互いに犬猿の仲の宗派であることを知って微妙な態度を示し合うのですが、法華僧の方はなんとか道連れを解消しようとするのに浄土僧の方は法華僧をなぶってやろうとかえって妙に嬉しそう。萬斎師の浄土僧は本当にイヤミな奴で、喪黒福造(© 笑ゥせぇるすまん)みたいな声であれやこれやと法華僧をからかっては「ふはふはふは」と心の底から楽しげに高笑うものだから、萬斎師は実際にイヤミな人物なのではないかと疑われるほど。しかしこの曲の視点は、そうした僧同士のいがみ合いを一段高いところから眺めていて、つまり法華僧を笑っている浄土僧も実は作者や観客から笑われているわけです。そうとは知らない(?)二人の僧のバトルは道行から宿の中へと所を移し、芋茎と無量菜のフードバトルのばかばかしさ、朝の勤行での仲が悪いのに息がぴったり合った「にゃもにゃも!」合戦で笑わせて、最後は踊り念仏と踊り題目を競い合ううちに名号と題目を取り違えてフリーズ。「法華も弥陀も隔てはあらじ」との悟りでやっと二人の僧は作者の視点にまで昇華し、仲良く舞い納めて舞台を去りました。

ただの滑稽だけではない、風刺のきいた舞台運びと大らかな締めくくり。野村萬斎師と高澤祐介師の名演(最後の連れ舞はちょっと息が合っていなかったけれど)も得て、出家物第一の名作と言われるにふさわしい舞台でした。

通小町

深草の少将の小野小町に対する妄執を描く四番目物。もとは比叡山の唱導師が書いた作品を、観阿弥・世阿弥が次々に改作したものと考えられています。そのように古い曲であるためか、かっちりした複式ではなく、前半のワキとツレの問答の後、ツレは後見座に控えてワキの読経を聞き、一声を待ってツレが立ちワキに話しかける後ろにシテが登場する、という形式となっています。ただし、詞章の中に「市原野辺に住む姥」とあることから、ツレは前場では姥の姿をとり、いったん退場して若い女の姿になって再び登場する演出がとられていたこともあるようです。

舞台の上に地謡と囃子方がついて、名ノリ笛。その澄み切った流麗な音色には、本当に驚きました。やがて黄の角帽子に茶の絓水衣姿のワキ・僧(村山弘師)が登場し、常座で名ノリ。八瀬の山里に一夏いちげを送っているところ、どこから来るともわからぬ女性が毎日木の実や木の枝を持ってくることの不思議を語ります。ワキが脇座へ移ったところで、強いヒシギから次第の囃子となりますが、ここでも笛の素晴らしい長音に惹き付けられました。登場したツレ(種田道一師)は、紅入唐織着流に小面を掛け、右手に扇、左手に枝。次第は拾う爪木も炷物の、匂はぬ袖ぞ悲しき

正中に下居したツレと脇座のワキとの問答は、とりわけツレの忝なき御譬へなれどもいかなれば悉達太子は、浄飯王の都を出で……とブッダ出家を引いての謡が朗々。さらに木の実の名を問われて次々に名を挙げて応えるうちに花橘の香りに昔を思い出して感無量となったところへ、震えるような笛の音が重なってきます。木の実の名は承ったので、御身の名を名乗って下さいとワキが問うとツレは恥かしや己が名をと「己」に「小野」を掛け、地謡が薄生ひたる市原野辺に住む姥ぞ、跡弔ひ給へお僧と引き取る間に立ち上がり、ワキに一・二歩近づいてから背を向けて常座へ。そこでもワキに心を残して、後見座に下がりました。

ツレの言葉に在原業平の故事(旅先で「秋風の吹くにつけてもあなめあなめ」とつぶやく歌の上の句を聞き、野原を探すと小野小町の髑髏の目の穴を突き抜けて薄が生えているのを見つけて、下の句「小野とは言はじ薄生ひけり」を詠んだ)を思い出して今の女性は小野小町の幽霊に違いないと気づいたワキは、草庵を出て市原野辺に赴き、数珠を取り出して読経を始めます。ワキの上歌から引き続く囃子が一声となって滑らかな笛の音が流れる中、静かに上がった幕の内から現れたシテ・深草少将(宇高通成師)は深草色の被衣の下に肩上げした白い水衣。小書《替装束》によって常とは異なる出立ちとなっているはずですが、どう違うのかはわかりませんでした。しかし、ワキの読経に喜んで立ち上がったツレ・小野小町の背後に近づくその緊迫感は尋常ではありません。ツレが受戒を求めてワキに語りかけたとき、一ノ松に立ったシテはいや叶ふまじ、戒授け給はば恨み申さう、はや帰り給へや、お僧と制止します。まさしく冥界から響くかのように深い声にツレは凍りつき、聞いているこちらも鳥肌が立ちそうになるほど。かつて、小野小町を愛した深草少将は、百夜通い続けたら思いに応えようと言われて百夜通いを続けるものの、あと一夜で願いが成就する九十九夜目に亡くなってしまいました。その妄執が深草少将と小野小町との成仏を妨げ、さらにここでも小野小町ひとり受戒によって成仏させてはならじと迫るのです。

深草少将の心はわからないけど、私の心は澄んでいる、僧の弔いを受けようと、シテに背を向けたままのツレがワキに向くと、その姿を恨めしく見ながらシテは被衣を落として黒頭に「痩男」面の悽愴な姿を現し、受戒を思いとどまるようにとツレになおも語りかけますが、ツレが思いとどまる様子がないと知るとさらば煩悩の犬となつて、打たるると離れじと足拍子を踏んで覚悟を示します。恐ろしいその姿におののくツレは、素早く近づいたシテに袖をとって引き止められてしまいました。

ここで、ワキは百夜通いを再現するようにシテに語りかけます。これは、過去の行いを再演することで罪が救われるという懺悔の通年があったからで、ツレはもとより我は白雲の、かかる迷ひのありけるをと少々白々しいことを言いながら、脇座に下居して百夜待っていた様子を再現。シテもまた、小野小町の言葉を誠と信じて暁ごとに通った様子を示します。初めは車に乗って通っていたところ、それでは人目につくからと言われて裸足で歩いて通うことになったのですが、こうして再現されたその姿を見て、ツレは初めて、シテがどれだけの苦労を重ねて通い続けたかを知ることになります。月があれば暗くはない、雪が降れば袖を払う、ただ雨の夜は鬼が出て一口に喰われるのではと恐ろしくもあった。そう回想したシテは笠を掲げて身ひとりに降る涙の雨かとシオリの様子を示すと、そのまま闇夜に通うさまを再現する舞「立廻リ」を見せます。ここでは小鼓が雨垂れの音を表現しているそうですが、やがて正中で笠を捨てたシテは下居。両手で探すような形を見せ、再び笠をとって立ち上がりました。この劇的な表現のうちにあら暗の夜やとしみじみと述懐したシテを見たツレは思わず、夕暮れは、ひとかたならぬ、思ひかな。シテは、おまえは月を待っていたのだろう、私を思ってなみなみならぬ物思いなど嘘だ、と怒りにまかせ足拍子を踏み、笠を振るいますが、やがて後ろずさって大小前にシオる様子を見せ、一方ツレはシテを見ていられないという風で自分の前の床をじっと見るばかり。

このように心を尽くして続けた百夜通いも、指折り数えると今宵は九十九夜。今はひと夜よ嬉しやと少し顔を上げて気を取り直したシテは、それまでの笠や蓑を捨て、風折烏帽子に花摺りの美しい衣を重ね着し、藤袴を着けて小野小町のもとへ向かいます。待つらんものを、つまり「小町はさぞかし待っていることだろう」と願いの成就の予感に満たされた生前の深草少将の心を取り戻したシテがツレの前に下居して扇を手に、祝儀の酒をどうしよう、いやしかし仏の戒めならば戒を守ることにしようと思ったその一瞬、仏の教えを思ったことが悟りの道に通じて罪業が消えることになります。二人は立ち上がり、先に進んだツレは一ノ松で、シテは常座でそれぞれワキを方に向き直ると成仏することができたことに感謝して合掌。そしてシテが留拍子を踏んで、終曲となりました。

極めて劇的な曲で、深草少将の苦悩と救いとが余すところなく描かれ、65分と比較的短い曲だったにもかかわらず、強く心に迫るものがありました。シテの深いところから湧き上がるような謡と金剛流らしい大きな舞、それに囃子方(とりわけ笛)の奏演も見事で、最後に二人が成仏したときにはすっかり感情移入してしまっていたほど。これは、観た甲斐がありました。

なおプログラムの解説には、

少将の妄執が深ければ深いほど、被害者を装った小町の内にある驕慢さとの対比が鮮烈です。舞台上でのたうちまわるごとくに舞う少将の背後に、女の本性に隠された嗜虐性と冷酷なまでの残忍さ、罪深さが、美しい装いを透過して私たちの心深く焼き付けられていくのです。

と書かれていましたが、これはそうなんでしょうか?確かに生前の小野小町の振舞いはそうだったのでしょうけれど、ワキの言葉に従ってシテが百夜通いの様子を再現するのを目の当たりにするうちに、小野小町の中でも何かが変わっていったように思います。だからこそ、最後には二人揃って成仏できたのではないかと思うのですが……。

国立能楽堂を出て駅までの道で耳にした、観能帰りの若い女性たちの会話。

「最後は極楽を見つけて良かったね、ってことだったんだよね。」

極楽、というのがひっかかるけど、まあ当たらずと言えども遠からずかな。

「あのお坊さん、何もしなかったね。」

君たちは、深草少将と小野小町が最後に、僧に向かって合掌をしたのを見なかったのか!(怒)

配役

狂言(和泉流)「宗論」 シテ・浄土僧 野村萬斎
アド・法華僧 高澤祐介
小アド・宿の亭主 月崎晴夫
 
能(金剛流)「通小町 替装束 シテ・深草少将 宇高通成
ツレ・小野小町 種田道一
ワキ・僧 村山弘
主後見 廣田幸稔
地頭 松野恭憲
竹市学
小鼓 幸正昭
大鼓 安福建雄

あらすじ

宗論 → [こちら

通小町

洛北八瀬の里で夏の仏道修行を行っている僧のもとへ、毎日木の実や薪を持って来る女。今日もまた訪れた女は木の実づくしを語り、僧に素性を問われると、自分は市原野に住む者と答え、小野小町の「秋風の吹くにつけても」の歌の一部を口ずさみ、かき消すように失せてしまう。その言葉つきから小町の幽霊と察した僧が市原野へ行き、小町の亡き跡を弔うと、薄の中から小町の亡霊が現れる。そして僧に授戒を請うが、後から現れた深草の少将の怨霊が小町の成仏を妨げる。僧が、繊悔のために百夜通いの様をみせるように説くと、少将は請われるままに雨の夜も小町を慕って通いながら、九十九夜目、恋の成就する喜びの絶頂で死した昔語りを狂おしく再現して見せ、やがて小町も少将も成仏してゆく。