エオンナガタ

2011/11/17

「HOPE JAPAN」を11月13日に福岡で終えたシルヴィ・ギエムは、そのまま日本にとどまって11月20日まで、五反田のゆうぽうとホールで「エオンナガタ」を上演します。今日は、その初日。

「エオンナガタ」とは不思議な名前ですが、18世紀から19世紀にかけて実在したフランスの外交官・スパイ・騎士であるシュバリエ・デオン(エオンの騎士)の両性具有とも言える生涯を歌舞伎の女形(オンナガタ)に例えた造語です。カナダの演出家であるロベール・ルパージュの舞台をロンドンで見たギエムがコラボレーションを希望し、そこにギエムにいくつかの作品を振り付けているラッセル・マリファントが加わって、ルパージュの提案に基づきエオンの物語を三人で創作することになったもの。その創作の過程は、ギエムの日本文化に対する愛情と共に映像作品『オン・ジ・エッジ』に描かれています。

定刻を10分ほど押したところで、会場が暗転。暗がりの中にブルーの光、スモーク、そして剣を振るう男。剣の軌跡に合わせてフラッシュが焚かれ、嵐の音は会場をびりびりと震動させるほど。いつの間にか剣士の姿は白いコスチュームに身を包んだギエムと入れ替わり、ギエムの長い語りとなります。舞台の左右の袖には電光字幕が設置されていましたが、語りの内容はこのページの下の方に引用したエオンの生涯を、より詳しくしたものでした(プログラムの中に全文あり)。

このプロローグで物語の全体像を提示した後に、舞台上では印象的なシーンのいくつかが展開していきます。テーブルの上の、巨大な人形。その頭部は文楽の首かしらである「娘」を思わせ、白い振袖の着物の中から出てきたマリファントがその顔を見込むさまは、女性(母)から生まれた男性(エオン)が、自分の内なる女性を見つめているよう。音楽もオリエンタルな響きで、このあたりは歌舞伎 / 文楽に対するオマージュと言えそうです。続いて、3台のテーブルが斜め平行に並べかえられてギエム、マリファント、ルパージュの3人が天板の上に助走をつけて飛び乗って滑ったり、素早くテーブルの下に潜り込んだり。そうした無邪気な子供らしい動きの随所にギエムならではのはっとさせられる身のこなし(振り上げた足の高さなど)が見られて、この楽しげな場面は「エオンナガタ」における最初の躍動的な見どころとなります。ひとしきりのスピーディーな動きは、3人がテーブルを立て天板が音をたてて滑り落ちたときに暗転となり、枠だけになったテーブルをはさんで向かい合うマリファントの身体から生理を象徴する赤い布をギエムが引き出す(これも歌舞伎にヒントを得たと思われる)シーンへと続き、ここからエオンは、男と女の二つの性を生き始めることになります。

聴罪司祭の問い掛け、太鼓の響き、そして二つ目の見どころとなる棒を使った3人の殺陣。有能な剣士でもあったエオンの姿を示すこの場面、わずかにルパージュの動きが他の二人に劣るものの、驚くほどのスピードで繰り広げられる際どい打ち合いは、最後にギエムが倒されて明滅。続いてルイ15世の手紙の場面は、エリザヴェータ女帝のロシア宮廷へ女装スパイとして入ることを命じられたエオンの姿を描き、巨大な赤い扇(これも和風)を襟に差したルパージュと二つの金の扇を遣うマリファントが共に妖しい雰囲気を漂わせます。背後の透光幕の向こうでシルエットとなったマリファントの姿はギエムと入れ替わり、立て掛けられていた白い着物を羽織って幕の前に現れたギエムの着物をはためかせてのダンス。太鼓の響きを効果的に使った音楽をバックに、ブレヒト幕を巧みに用いてギエムとマリファントが激しく踊り、そして雷鳴。

巨大な文楽人形の語りは、4つの耳と4本の手、4本の足と2つの性器をもつ第三の性が神の怒りに触れて二つに切り離され、その日以来、人間のそれぞれの半身は失われたもう一方の半身をたゆまず探し続けているという寓話。その語りが終わるとともに、人形の身体の中から不安げに登場するギエムと、そのすぐ背後にひっそりと寄り添うマリファント。ギエムは着物の襟をかき寄せるようにしていますが、背後から伸びるマリファントの腕に絡めとられる緊迫したやりとりにひきつけられます。

……と、ここまでは美しく、あるいは激しく、そしてどこまでも象徴的な場面が連続していたのですが、このあたりから史実を追うために舞台上の表現は具象化してきます。紗幕の向こうで演じられる、王の交代(ルイ15世→ルイ16世)を示す少々コミカルなマイム。不気味な頭巾を被ったルパージュとマリファントが担ぐ二本の棒を馬に見立てて騎乗したギエムの落馬、二本の棒になぶられるギエムのエオンの印象的な動き。続いてエオンの性を揶揄する唄の背後に流れるのは、バグパイプを連想させる持続音。つまりここは、エオンが特命全権大使として赴任しているロンドン。テーブルの上に置かれた椅子を小道具に、ギエムのエオンがルパージュのボーマルシェを誘惑するかのような際どい対話が始まると、ギエムの完璧な女優ぶりに驚かされます。やがてルパージュはマリファントと入れ替わり、椅子を使って絡み合うようなダンス。

その後に続く手紙を書く場面が、これまた素晴らしいギエムのソロとなりました。テーブルを前に置いて、刃がゆらゆらと弾力をもって揺れる剣の柄をペンに見立てたギエムは、ボーマルシェへの手紙をしたためているうちに次第に怒りにとらわれ、テーブルの周囲や上を大胆に使い剣を振るって激しく動き回ります。その見る者を圧倒する迫力は、ここだけを取り出してもソロ作品として十分成り立つほど。中盤の見どころです。最後に怒りにまかせてテーブルを引っくり返したとき、そこに忽然と現れたボーマルシェの姿にエオンも観客も虚を突かれ、次の瞬間、ギエムにかぶせられた網目状のものはスカートの形になってエオンを囚われの身とします。

契約書への不本意な署名を強いられ、逆さのテーブル=船に乗ってフランスへ帰国するエオン。しかし祖国では、フランス革命の嵐の中で手錠の国王が処刑のときを待っており、その姿を見ながらいかにも愉快げにギロチンの唄を歌う市民の姿がありました。このコミカルな唄を歌うのがギエムというのが、これまたびっくり。貴族の首をはねるギロチン、ああ愉快、みたいなひどい唄なのですが、爆笑がおこってもおかしくないコメディエンヌぶりです。それに、かすかに照れながら歌い演じているような気配もあって、そういうギエムはとても可愛い!と思えました。

失意のうちにロンドンに戻ったエオンは、その剣技を見せ物として糊口を凌ぐことになります。ルパージュが演じる、着飾ってはいるが醜い老婦人エオンは、対戦相手のマリファントと棒と鉄輪を使った立ち合いで見事な捕縛術を見せ喝采を浴びますが、楽屋(背後に金屏風)に戻って静かに化粧を落とすと、英国王に向かって窮状を訴える手紙をしたためます。そのままテーブルを傾け、その上に覆い被さってゆくルパージュの姿はマリファントと入れ替わり、斜めに傾いたテーブルの上でのマリファントの様々なポーズが晩年を迎えたエオンの苦悩を物語るかのよう。静謐で哀しみに満ちたシークエンスの後にテーブルが倒されるとその天板は鏡になっており、そこに現れたギエムと、鏡をはさんでギエムと同期した動きを示すマリファントの姿は、エオンの引き裂かれた二つの性を象徴しています。横置きから縦置きにかわったテーブル / 鏡にすがって座り込むギエムの背後に現れた老エオン=ルパージュの手によって、ギエムの身体がテーブルの長辺を無重力状態のようにせり上がり、頂点から向こう側に姿を消すマジック!この浮遊がどういう仕掛けになっているのか、まったくわかりませんでした。ついでマリファントをも棒で突き上げ、同じように鏡の向こうに追いやると共に、エオンは死期を迎えます。

舞台の奥の幕の間からせり出してきたベッドの上に自ら横たわり、生を終えたルパージュのエオン。上手からギエム、下手からマリファントが扮する医師が登場し、エオンを解剖してその性を確認します。目を見合わせる二人の医師。ベッドの上から降りてきた電灯が左右に揺れ始め、その振幅は徐々に大きくなってギエム(女)とマリファント(男)の間で行き来すると、再び振幅を小さくしていって最後にエオンの身体の上に止まり、そして暗転。エオンの人生の、そして「エオンナガタ」の終幕となりました。

ちょっと戸惑ったような最初の拍手は、次第に熱のこもった歓声に変わっていって、舞台上では三人の演者が上気した顔で客席からの歓呼に応えていました。観る者の戸惑いを呼んだ部分があったとすれば、それはバレエダンサーとしてのギエムのための作品ではなかったからでしょう。実際のところこの作品は、ギエムとマリファントという二人のダンサーの舞踊言語を用いたルパージュの演劇作品、という見方をするのがよいように思えました。そういう意味では、以前ギエムがアクラム・カーンと組んだ「聖なる怪物たち」とも全く違いますし、逆にギエムもマリファントも、ダンサーの枠を飛び越えて女優 / 男優として十分な力量を発揮してくれたと思います。とはいえ、言うまでもなくマリファントとギエムの引き締まった身のこなしは、ダンスシーンのどの一瞬をとっても隙のないものでした。一方ルパージュにとっての誤算は、自分も演じ、踊ることになってしまったことだとプログラムの中で本人が語っていましたが、確かにマリファントやギエムとはおよそ釣り合いのとれない太め体型ながら、冒頭に出てくるテーブル上でのスピーディーなダンスも巧みにこなしていましたし、もちろん演技の部分は問題ありません。ブレヒト幕と暗転を多用した場面転換でエオンの波乱万丈の人生を彩る数々のエピソードを過不足なく90分のストーリーに織り込んだ脚本の巧みさや、照明と音響の効果や独特のセンスで仕上げられた衣裳と最小限の小道具によってひとつひとつの場面を印象的なものとしていた演出も、特筆すべきこと。武術、文楽人形、着物、太鼓、扇、屏風といったジャポネスク趣味も、二つの性の間を行き来したエオンのそれぞれの側面を示す上で効果的。ただ、最後に救いのない話で終わってしまったのが、見終わってつらいところでもありました。いっそのこと、エピローグ的にまた殺陣を見せてくれていたらと一瞬思わないでもなかったのですが、そうなるとエオンの性に決着をつけてしまうことにもなってしまいそうで、やはりそれではつまらなかったかもしれません。

初日ということでところどころうまくいっていない点もあって、たとえば冒頭の剣舞とフラッシュとが完全には同期していなかったり、棒を使った三人の殺陣がちょっと息が合っていなかったり、ギエムの手紙の場面で字幕が完全にずれてしまっていたりといったことはありましたが、それは20日までの間に修正されていったことでしょう。ともあれ、ギエムが言うところの「ダンスのあるスペクタクル」の日本初演に立ち会うことができて、幸いでした。

ところで、YouTubeにアップされているこの「エオンナガタ」のプロモーション映像の中でとりわけ印象的な、ルパージュを照らしていた白い光から青と赤の光の帯が分かれて左右の闇の中からギエムとマリファントが現れる場面を、実際に観た舞台では見た記憶がありません。もし再現されなかったのだとしたら、何らかの技術的な制約があったのでしょうか?この色はフランス国旗のトリコロールを示すとともに、エオンの性が男と女に分離することを象徴する重要な意味を持っていたと思うのですが。

キャスト

シルヴィ・ギエム
ロベール・ルパージュ
ラッセル・マリファント

NBSのフライヤーに記述された「エオンの騎士とは何者か?」

ロシアに渡った女装のスパイ
1728年、フランス、ブルゴーニュ地方のトネールに生まれたエオン・ド・ボーモン。ルイ15世の個人的な秘密外交機関「王の機密局」の一員となったエオンは、王命を受け、女装してロシアに潜入。美貌の女性リア・ド・ボーモンとして、ロシアの女帝リザヴェータに接近、フランスとロシアの国交を回復させるという重要任務を見事に果たした。
竜騎兵隊隊長
若い頃から剣の修行に励んだエオンは、優れた剣士としても知られる。七年戦争では、竜騎兵隊隊長として活躍。
イギリス
七年戦争の後、ルイ15世の命を受け、大使館付き秘書官としてイギリスに渡ったエオン。時に男性として、時に女装をして縦横無尽に活躍し、ルイ15世に貴重な情報を送っていた。ロンドンでは彼の性別が話題となり、彼が男性か、女性かという賭けが行われていた。
ボーマルシェ
「フィガロの結婚」などで知られる劇作家ボーマルシェは、ルイ15世亡き後、「王の機密局」を廃止したルイ16世の命を受けて、機密書類を握るエオンと接触。当時身を守るために「本当は女性」と公言していたエオンに恋心を抱いていたとも。交渉はエオンが自分の正しい性「女性」として生きること、機密書類を渡すことを条件に、フランスへの帰国を認め、年金を与えることで「妥協和解」が結ばれたが、それが履行されることはなかった。
マリー・アントワネット
無条件でフランスに帰国し、ルイ16世により生涯を女性として生きることを命じられたエオン。フランスの王妃マリー・アントワネットは、そんな“哀れな騎士”に同情し、お抱えの衣裳係ローズ・ベルタンに女装一式を誂えさせた。
哀れな晩年
再びイギリスに渡ったエオンは、フランス革命により年金もなくなり、女友達と二人赤貧を洗う生活を送る。勲章やルイ15世から下賜された王の肖像画入り嗅ぎ煙草入れまでも質入れするほどに。悲惨な窮乏生活の中、1810年5月21日、82歳でその数奇な生涯を終えた。
本当の性別
死後、エオンの遺体は解剖され、彼が正真正銘「男性」であったことが証明された。しかし、彼の身体はまるみを帯びており、髭もなかったという。