空海と密教美術展

2011/08/13

旧友A女史から、上野の博物館 / 美術館のタダ券が手に入ったが一緒にどうか?と誘いを受けて、いそいそと東博へ。

炎天下の東京国立博物館では、ゲートのところで係員さんが「館内に入る前に水分補給を!」と盛んに呼び掛けていました。それくらいこの日は暑く、入口から平成館までの短距離でもレンタル日傘が活躍していたようです。なにせ、この展示のキャッチフレーズが「この夏、マンダラのパワーを浴びる」というくらいですから、暑いのもむべなるかな。これで館内満員につき行列!ということになっていたらどうしよう……と心配になりましたが、暑さのせいか予想外に人出は少なく、すんなりと平成館に入ることができました。

でもって、公式サイトによればこの展覧会の見どころは次の通り。

  • 密教美術1200年の原点 - その最高峰が大集結します。
  • 展示作品の98.9%が国宝・重要文化財で構成されます。
  • 全長約12mの「聾瞽指帰(ろうこしいき)」をはじめ、現存する空海直筆の書5件を各巻頭から巻末まで展示します。
  • 東寺講堂の仏像群による「仏像曼荼羅」を体感できます。
  • 会場全体が、密教宇宙を表す"大曼荼羅"となります。

うーん、最後の項目は少々強引という気がしないでもないですが……それはさておき、この展覧会の会場は次の5部構成になっており、この順番に何周でも回ることができます。

  1. 空海 - 日本密教の祖
  2. 入唐求法 - 密教受法と唐文化の吸収
  3. 密教胎動 - 神護寺・高野山・東寺
  4. 法灯 - 受け継がれる空海の息吹
  5. 仏像曼荼羅

まず第一章は、空海(774-835)の肖像画、そして波濤を越えて唐へと渡る姿をカラフルに描く「弘法大師行状絵詞」に続いて、儒教・道教に対する仏教の優位性を説いた自筆の書「聾瞽指帰」〈国宝〉が若き日(24歳)の空海の気概を示して迫力あり。長い年月の中で紙巻は大きな弧を描くように反ってしまっていますが、そのままの形に展示されていました。あまりにも洗練された「紫紙金字金光明最勝王経」〈国宝〉、文字の配列も字体も極めて精緻な「不空羂索紙変真言経」〈国宝〉など、美術品としても超一級の価値を持つ経典の数々が惜しげもなく並べられて、最初のコーナーだけでも見応え十分です。

続いて第二章では、唐の都・長安でサンスクリットや胎蔵法・金剛界法の密教奥義を学んだ空海の公式帰国報告書である「御請来目録」〈国宝〉と、空海によって海を越えてもたらされた密教法具の数々が並びます。砲弾型の木材を三つに分けて蝶番でつなぎ中をくり抜いて諸尊を緻密に配した「諸尊仏龕」〈国宝〉や、細かい透かし彫りのカバー付きの「釈迦如来および諸尊像龕」〈重文〉もユニークで、当時の唐の先進的なデザインに目を見張りますが、驚いたのは等身大以上の大きさの「兜跋毘沙門天立像」〈国宝〉。こんなサイズの木像を、当時の遣唐使船で日本へ持ち帰った運搬技術に感心させられました。まだ日通も創業していなかったというのに……。

第三章は、日本における密教揺籃期の拠点となった神護寺・高野山・東寺に伝わる絵画、書、仏像、工芸を紹介するコーナー。胎蔵界・金剛界の結縁灌頂(812年)の参加者名簿である「灌頂歴名」の筆頭に最澄の名前を見ることができたのも興味深かったのですが、上述の「御請来目録」において空海が「密教は奥深く、文章で表すことは困難であるから、かわりに図画をかりて悟らないものに示す」と記したように、経典以上に雄弁に密教の教義を人々に伝えていたであろう品々がその後に並びます。見た目に美しいのは鎌倉時代の精緻な線画「五大力菩薩像」〈重文〉などで、その線の美しさは思わずミュシャを連想したほどですが、このコーナーの白眉となるのは、くすんで絵柄も判然とはしなくなっているものの、その巨大さと膨大な世界観で見る者を圧倒する「両界曼荼羅図(高雄曼荼羅)」〈国宝〉でしょう。一方、「細字金光明最勝王経」〈国宝〉の超細密な文字列はあたかも活字のように秩序だった美しさを示しているのに対し、空海が「大日経疏」の要文を抜き書きした自筆草稿である「大日経開題」は文字も粗く、行間や余白への書き込み、塗抹訂正などの跡が残って、空海の学究としての真摯な姿勢をまざまざと見せつけるものとなっています。

9世紀以降の仏像等を集めた第四章において、馬に乗った「法界虚空蔵菩薩坐像」〈国宝〉、孔雀に乗った「蓮華虚空蔵菩薩坐像」〈国宝〉(いずれも東寺)、「五大明王像」〈重文〉、「薬師如来および両脇侍像」〈国宝〉(醍醐寺)などを見て、最後のコーナーは東寺講堂内の立体曼荼羅(五大明王・五智如来・五菩薩・天部(四天王・梵天・帝釈天))21体の中から8体を選んで小サイズの立体曼荼羅を再現したもの。さすがに東寺講堂の密集感がもたらす迫力は削がれてしまっていますが、例えば「持国天立像」〈国宝〉の忿怒の形相の迫力、六面六臂六足の異形の姿も禍々しい「大威徳明王騎牛像」〈国宝〉の存在感、あるいは超然と落ち着いた表情を示すイケメンの「帝釈天騎象像」の静謐といった一体一体の個性が間近に感じられ、これはこれで何ともありがたい限り。

どのコーナーも、これでもかと言うばかりに国宝・重文を繰り出し、質・量ともに極めて充実した展覧会でした。会場に足を運ぶまでは仏像が目当てで、経典などはスルーしようと思っていたのですが、実際に接してみればそれは大きな誤り。墨跡も鮮やかな文字のひとつひとつに古人の思いが詰まっているようで、これは猛暑のさなかに上野まで足を運ぶ価値、十分にアリです。もちろんその「価値」の源は空海が残した知の体系の膨大さであり、それはとりわけ空海直筆の書5点に端的に示されるわけですが、実は空海が長安で学んだのはたったの二年間(804-806)。唐に派遣される学僧のひとりに選ばれた時点で(恐らくは徹底した語学研修も受けて)相応の学識を積んでいたのでしょうが、わずか二年間の学習の中で密教の奥義を修め、師の恵果から多数の法具・図画と共に日本での密教流布を託されたといいますから、まさに天才です。その同時代人の中で抜きん出た知性と、冒頭に置かれた「聾瞽指帰」に示された求道の強固な意思とが、1200年の時を超えてこの日の会場に結集したひとつひとつの展示品に体現されていたと考えることができるでしょう。

さて、この展示でのグッズ売場は、いつもの展覧会の売店と趣きが違って密教系らしい不思議な雰囲気に満ち満ちていました。なにしろ三鈷杵や羯磨をかたどった「法具根付」「法具ペンダント」といった妖しげなグッズが、これまた妖しげな照明の中に時空を超えた光を放っているのです。

いや、「妖しい」といってはバチが当たるかもしれません。多分「ありがたげ」というべきところなんでしょうが、それにしても……やはり妖しい。