呼声 / 蝉丸

2011/07/13

国立能楽堂の定例公演で、狂言「呼声」、能「蝉丸」。

呼声

これは文句なしに楽しい狂言でした。無断外出した太郎冠者を怒る主人、というパターンは「文蔵」「二千石」などでもおなじみのシチュエーションですが、ここでは太郎冠者の復命ではなく、居留守を使う太郎冠者と何とかして太郎冠者を家の外に呼び出そうとする主人・次郎冠者との駆け引きのおかしみと、その中で謡われる各種の音曲の謡い分けがポイントになります。

まずはぶすっとした顔で出てきた主人、次郎冠者、太郎冠者。主人は太郎冠者の勝手にひとしきり文句を述べた後、次郎冠者を呼び出して太郎冠者の家へ向かいます。太郎冠者の方は橋掛リの狂言座あたりに座っていて、次郎冠者が脇座あたりから正面に向かって「ものもう、案内もう」と定番の呼び掛けをすると、常座まで出てきて扇で顔を隠しながら居留守を使います。「太郎冠者はいないようです」と言う次郎冠者に主人は「あの声は太郎冠者ではないか、それでは自分が作り声で」と交代して、妙に太くゆったりした作り声で呼び掛けると、太郎冠者はそれでも主人の声だと察してやはり作り声になって居留守。ならば今度は私がと次郎冠者が平家節で「太郎冠者殿うちにござるか、うちにござればお目にかかろ」と謡います。平家節は、のびのびとした謡で抑揚に特徴がありましたが、これはかつて琵琶法師が平曲を語るときの節回しだったそうです。太郎冠者もさるもの、同じく平家節で居留守を返すのですが、このやりとりが終わると太郎冠者と次郎冠者は扇の陰から互いにチラ見をして、大笑い。相手も平家節で返してきたと報告を受けた主人もなぜか大喜びで、このあたりから主人も次郎冠者も太郎冠者を呼び出すという本来の目的を忘れ、太郎冠者とのやりとり自体がおかしくてたまらなくなってしまうというナンセンスのおかしみが出てきました。よしよし次は、と主人がこぶしを細かくきかせる小歌節で呼び掛けると、太郎冠者は「こりゃだんだん難しくなってきた」と言いつつもまんざらでもない様子で、同じく小歌節で返答。その次は次郎冠者の番になり、「しゃきしゃき」と掛け声を絡めた踊り節を軽快に謡うと、太郎冠者は「面白くなってきた」と足拍子まで入れて大喜びです。最後に主人と次郎冠者が二人揃って足を交互に上げながら踊り節を謡い、太郎冠者もこれに答えているうちに三人は扇をかざしたまま舞台上をリズミカルに回り始めました。しかも、だんだん足拍子がダイナミックになり、かつ謡のスピードもどんどん上がってきて尋常な状態ではなくなったところで、高速でぐるぐる回っていた三人うちの次郎冠者がふっと反対方向に向かい、ぶつかりそうになってあわてた太郎冠者が逆回りになったところで主人と鉢合わせ。とうとう居留守が使えなくなった太郎冠者は詫びると「許させられ、許させられ」と逃げていき、これを主人と次郎冠者が「やるまいぞ」と追い込みました。

蝉丸

蝉丸と言えば、百人一首の

これやこの行くも帰るも分かれては 知るも知らぬも逢坂の関

の歌で有名ですが、実はその実像がよくわかっていないようです。今昔物語には、逢坂の関に住む蝉丸が琵琶の名人であることを聞いた博雅三位が、蝉丸の演奏を何としても聴きたいと思い逢坂に3年間通い続け、遂に秘曲「流泉」「啄木」を授かったという説話が載っていますが、その蝉丸は皇子ではなく雑色であったことになっています。ともあれ、蝉丸は山城と近江の境をなす逢坂の関の明神として祀られ、また坂の神=逆髪という符合も、世阿弥の『申楽談儀』に「逆髪の能」と見えるこの曲が逢坂山の芸能集団の蝉丸・坂神信仰との関連を示しているそうです。

江戸時代には謡としてのみ謡われ、能としての上演がなかったというこの曲は、現在では通常は逆髪をシテとし蝉丸をツレとするのですが、この日は《替之型》の小書により逆髪と蝉丸の二人がシテの扱い。常は脇座に置かれる藁屋の作リ物も、蝉丸に焦点を当てるために笛前に正中を向いて斜めに置かれて、そしてここで盲目の皇子・蝉丸と、物狂いの皇女・逆髪の姉弟の悲劇が展開します。

次第の囃子は、蕭条たる笛、重々しく打たれる鼓。ワキツレ・輿舁二人がかかげる輿の屋根の下を深緑の狩衣姿の若々しくも憂いを帯びた盲目の青年(面は専用面「蝉丸」)である蝉丸(木月孚行師)が進み、後ろからワキ・清貫(森常好師)が続きます。正先に蝉丸が立ち、その後ろに蝉丸を頂点に三角形を作るようにワキツレが並び、さらに常座にワキが立ってひとしきり見所を見下ろした後で、次第定めなき世のなかなかに憂き事や頼みなるらん。とりわけしみじみとした地取の後に、ワキとワキツレが美しい抑揚を伴う謡の中で延喜第四皇子、盲目の蝉丸を逢坂山に捨て置くようにとの帝の命を受けたことを述べます。いたわしいとは思いつつもワキたちは蝉丸を連れて東雲の都路を発ち、やがてワキが二三歩行き来する道行の型を示して逢坂山に着きました。ワキの着キゼリフ、そしてワキの勧めに応じて作リ物の横に床几にかかった蝉丸の第一声はいかに清貫。この一言の中に。蝉丸の気品、若さ、そして運命を受け入れようとする覚悟と不安といったあらゆる感情がこめられます。平伏したワキに蝉丸はさて我をばこの山に捨て置くべきかと問い、そのことを認めつつ帝はなぜこのようなことをなさるのかとうろたえるワキに対して、もとより盲目の身と生まるる事、前世の戒行拙き故なりと諭すように語りかけて、この世で過去の業を償えば来世に報われるという慈悲の勅諚であると語りますが、しかしこれは自分に言い聞かせているようにも思われます。ここで蝉丸は出家することになりますが、この曲では舞台上での物着。床几から降りて下居した蝉丸のもとへ後見二人がやってきて狩衣を脱がせると、その下には墨染の水衣。前後から角帽子を手際よくかぶらせて、後見二人は下がってゆきました。安座した蝉丸は、剃髪した姿に漢詩を、蓑(実物は出てきません)や笠、杖を受け取るとそれぞれに古歌を引いて自ら気を引き立てようとしますが、一礼したワキがワキツレと共に心を残しつつ去ってゆくと、笠・杖を手に立ち上がって正先に杖を突き、落胆のあまり伏し転びてぞ泣き給ふと地謡が謡う中、ついに笠も杖も取り落として舞台後方へ後ずさり座してのモロジオリとなってしまいます。皇子の身に生まれながら、盲目だからというだけで何と哀れな境遇……。

ここまでが前場で、舞台上に残された蝉丸のところへアイ・博雅三位が訪れ、蝉丸を大事に見舞うと作リ物・藁屋の中へ案内し、何かあれば呼ぶようにと言い残して去りました。

後場、揚幕から現れたシテ・逆髪(角寛次朗師。面は増髪)は《替之型》により縫箔、緋長袴で高貴な身分の女性であることを示し、一筋の鬢を左前に垂らして手には狂い笹を持った姿で一ノ松での一声。蝉丸が若さをたたえつつも全体に静謐な印象の謡であるのに対し、逆髪は気品を保ちながらも芯の強さと物狂いの気迫のようなものを感じさせます。橋掛リから幕を見ていかにあれなる童共は何を笑ふぞ、私の髪が逆様なのがおかしいというのか、しかしあなた方が貴人である私を笑うのも逆様、地に埋もれた花の種から高い梢に花が咲き、月の影が水底に沈むのもみな逆様ではないかと順逆の理を説くあたりはかなり理屈っぽい感じですが、こうした理知的な主張(反論)をする物狂いというのは「柏崎」「隅田川」などでおなじみのパターン。しかし、ここから舞台せましと激しく回り足拍子を踏むカケリとなって狂乱の態を示し、さらに橋掛リを一杯に使っての道行では、地謡の上歌を聞きながら笹を手に視覚的にも鮮やかな、それでいて痛々しい舞。最後に一ノ松を見込んで、水面に映る自分の浅ましい姿に打ちのめされて後ずさり水を鏡と夕波の現なの我が姿やとシオリになります。ここまで、逆髪の激情があくまで品を失わずに表現されて見事でした。そのとき、藁屋の中から蝉丸が囃子を伴わず静かに我が身の境遇を謡い始め、今昔物語にも見える歌世の中はとにもかくにもありぬべし 宮も藁屋も果てしなければをゆったりと詠うと、逆髪は藁屋から聞こえる気高い琵琶の音に不思議な懐かしさを覚えて舞台へ進み入ります。その気配に博雅の三位かと問う蝉丸、その声を聞いて弟の蝉丸であることに気づいた逆髪。なう逆髪こそ参りたれ、蝉丸は内にましますかと呼び掛ける姉の声に蝉丸も驚いて立ち上がり、藁屋から外に出てきました。姉の逆髪は笹を取り落とし、盲目の弟に駆け寄ると互ひに手に手を取りかはし弟の宮か姉宮かと手を互いに差し出して共に下居しシオリ。この劇的な場面、舞台上の二人のシテも囃子方も地謡も、全てが一体となったようでした。

クリ、サシときて、クセは二人が下居のまま向かい合い、武田志房師率いる聞き応えある地謡をじっくりと受け止める居クセ。共に皇室に生まれながら盲目、逆髪の宿業によって都を出なければならなかった互いの身を嘆き合いますが、見所で聞くこちらもこの後に別れが待っていることを知っているだけに、クセの謡がいつまでも続いて欲しいという気持ちになってきました。しかし、やがて姉の逆髪はこれまでなりやいつまでも、名残は更に尽きすまじ、暇申して蝉丸と立ち上がります。別れを惜しむ弟の蝉丸に逆髪は背を向けて泣くような声で留るをさこそと夕雲の、立ちやすらひて泣き居たり。そのままシオリながら去ってゆく逆髪、その方向に見えない目をやって見送る蝉丸。逢う坂という地名とは裏腹の別れを思い切れない逆髪は二ノ松を過ぎたあたりで振り返りかすかに戻る様子を見せましたが、ついに姉は二ノ松でシオると後ろを向いて幕の内へと消えてゆき、残された蝉丸も常座に杖を突いてシオリ、そのまま立ち尽くす中に泣く泣く別れおはしますと静かに留められました。

この別れの後、逆髪は物狂いのままに彷徨を続けるのでしょうし、蝉丸は逢坂山に一人留まり孤独のうちに生きていかなければならないことになるのでしょう。この曲は姉弟の哀しい別れで終わっていますが、終曲の場面での二人は、それぞれに自分の運命を受け入れ、これからも生き続けていこうとする覚悟を示してもいるような、そんな余韻の残る舞台でした。

配役

狂言(大蔵流)「呼声」 シテ・太郎冠者 茂山千三郎
アド・主 茂山千五郎
アド・次郎冠者 茂山逸平
 
能(観世流)「蝉丸 替之型 シテ・逆髪 角寛次朗
シテ・蝉丸 木月孚行
ワキ・藤原清貫 森常好
ワキツレ・輿舁 舘田善博
ワキツレ・輿舁 森常太郎
アイ・博雅三位 茂山七五三
主後見 観世恭秀
地頭 武田志房
一噌庸二
小鼓 幸清次郎
大鼓 亀井忠雄

あらすじ

呼声

無断外出をした太郎冠者に腹を立てた主人は、次郎冠者を連れて太郎冠者の家へ向かう。主人と次郎が太郎の家に呼び掛けても、中に居た太郎は居留守を使って出てこない。「隣の者だが留守を預かっている」と答えた声が太郎のものであることを見破った主人と次郎は、いろいろな音曲で呼び掛けて太郎を誘い出そうとする。太郎も同じ音曲の節で返事を返していたが、踊節で問答を交わしているうちに浮かれて踊り出し、主人につかまえられてしまう。

蝉丸

延喜帝の第四皇子蝉丸は生まれつき盲目の身であったので、帝は侍従の藤原清貫に命じて蝉丸を逢坂山に捨てさせる。清貫は蝉丸を哀れと思いつつ、蝉丸を輿に乗せて逢坂山に連れて行くと、蝉丸を出家させ、蓑、笠、杖を渡して都へと帰って行く。一人残された蝉丸は琵琶を抱いて泣き伏す。孤独に沈む蝉丸のもとを博雅三位が訪れ、藁屋の中に入れて今後の助力を約束する。一方、蝉丸の姉である逆髪は黒髪が逆さまに生え、心が乱れている。その姿を見て笑う童たちに順逆の理を説きつつも、狂乱の態のうちに都を出て彷徨う逆髪は、逢坂山で蝉丸と邂逅し、手を取り合って再会に涙を流す。二人は宿業を嘆いて境遇を慰め合うが、やがて別れの時となり、名残を惜しみつつ逆髪は泣く泣く去ってゆき、蝉丸は声の聞こえる方を見送って立ち尽くす。