フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展

2011/03/21

連休三日目は雨。そこで足を運んだのは、時間ができたら見に行こうと思っていたBunkamura ザ・ミュージアム「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」です。

この展覧会は、フランクフルトのシュテーデル美術館の改築に伴い、一時的に所蔵品が貸し出されたもの。銀行家だったヨハン・フリードリヒ・シュテーデルの遺言によって19世紀初頭に設立されたこの美術館は、オランダ絵画とフランドル(ベルギー)絵画の良質なコレクションを保有しており、中でもフェルメールの《地理学者》(1669年)が今回の展示の目玉ということになります。

展示の構成は、次の通り(「である調」の解説は、Bunkamuraサイトからの引用です)。

歴史画と寓意画
神話や聖書の物語に基づく歴史画の分野は、壮麗でダイナミックな17世紀バロック美術をまさに体現している。フランドルの巨匠ルーベンスは、生き生きとした人物描写と輝く色彩で人々を魅了し、オランダの巨匠レンブラントは、人物の感情の高まりのクライマックスを抑制のきいた緊張感のある構図のうちに凝縮させた。また元来、写実的な細密描写を得意としたフランドルやオランダの画家たちは、物語の舞台を構成する風景描写や豊かな彩りを添える風俗画的、静物画的要素にも大いに手腕を発揮している。この写実の技は、抽象的な概念を人物や事物で表現する寓意画の分野にも豊かな展開をもたらした。
肖像画
オランダの画家たちは台頭する裕福な市民の姿を、人物に焦点をあてた簡潔な構図で描いた。当時多くの画家がこの分野を手がけ、日々の糧としていたが、なかでもハールレムで活動したフランス・ハルスは、人物の感情の動きをわずかな筆の動きで即座に捉える卓越した技で人気を博し、レンブラントに学んだフェルディナント・ボルは、明暗を効果的に用いて、人物のもつ生命感を描き出した。一方フランドルでは人物を装飾的な背景や身分を表す持物とともに描く宮廷風な肖像画が好まれていたが、オランダでも17世紀後半になると、上流市民層の間でこうしたフランドル風の肖像画がしばしば描かれている。
風俗画と室内画
都市や農村の日常生活を描く風俗画や室内画は、16世紀後半以降幅広いテーマを生み出した。フランドルの画家ピーテル・ブリューゲル(父)が描いた、農民の姿を生き生きと捉えた作品は次第に農民風俗画という新しいジャンルを生み出した。居酒屋の情景を風刺をこめて描いたフランドルの画家ブラウエルはこのジャンルの新たな方向性を示し、一方オランダのヤン・ステーンは賑やかで騒々しい庶民の姿を時には教訓や寓意とともに描き出した。さらに17世紀後半のオランダでは、都市に暮らす一般市民の家庭での一こまや裕福な室内の情景など、台頭する市民社会を背景にした作品が数多く登場している。
静物画
「静物画」は17世紀をとおして多種多様な分野へと発展を遂げる。このジャンルの成立に貢献したヤン・ブリューゲル(父)の華麗な「花の静物画」では、博物学的な情熱が追求されるとともに、実際には咲く地域も季節もばらばらな花々が装飾的に構成されており、異国の珍しい品を描いた他の静物画と同様、富を誇示する調度品としても好まれた。貿易大国となったオランダでは、描かれる事物のレパートリーが格段に広げられ、裕福な商人の邸宅や商会を飾るステータス・シンボルとして人気を博した。一方豪奢な品々を描いた静物画は現世の富や快楽の虚しさの概念と結びつけられ、しばしば「ヴァニタス(虚栄)」のテーマを明確に読み取ることができる。
地誌と風景画
「風景」は17世紀になると宗教画や神話の舞台としてではなく、独立した主題として浸透し、次第に専門分野へと細分化していった。16世紀末のアントワープではスペイン軍により包囲され町を離れることを余儀なくされた市民にとって都市景観が故郷を思い起こさせるものとして繰り返し描かれた。一方、北海に面した地理から直接影響を受けたオランダでは、海景画の分野が発展し、自然の猛威をふるう海と文明社会との間の緩衝地帯ともいえる海岸の砂丘が新しい主題として登場した。風景は1650年頃にはオランダで最も重要なジャンルとなり、画家たちは身近な風景を特定可能な「自分たちの」土地として、それぞれの感性によって、誇りを持って描き出したのである。

引用は、ここまで。この中で「風俗画と室内画」の項の「裕福な室内の情景」のひとつが《地理学者》です。

ネーデルラントの絵画と言えば風俗画や静物画の方がなじんでいる感がありますが、最初の「歴史画と寓意画」のコーナーにも、見応えのある作品が並んでいます。まずは、カーレル・ファン・マンデルの《洪水以前》(1600年)。一見すると前景で絡み合う二組の裸体の男女の淫らさに目がいくのですが、そこから二組の間を抜けて奥に視線をやると、そこではひっそりとノアの箱舟が建造されようとしていることに気づき、そこでこの絵の主題が明らかになるという仕掛けが巧みです。また、ルーラント・サーフェレイの《音楽で動物を魅了するオルフェウス》(1610年)は、その構図の見事さもさることながら、ゾウ、ライオン、ダチョウ、ラクダといったおよそヨーロッパには似つかわしくない動物たちが、主人公であるはずのオルフェウス以上の存在感をもってリアルに描かれていることに驚きます。解説によればこれは、ハプスブルク家の宮廷動物園に集められた動物たちを写生したものだとか。そして、ルーベンスの《竪琴を弾くダヴィデ王》(1616年頃-40年代後半)。ルーベンス自身は特定の人物として設定されていない老人の頭部(工房が制作する多様な作品に手本として流用するためのもの)として描いたものですが、ルーベンスの死後にヤン・ブックホルストが左と下に板を継ぎ足してタイトルの通りの絵に仕立て直したもの。ともあれ、ルーベンス自身の筆になる頭部の赤みががった肌、白髪や肩の白い毛皮の柔らかい質感、その肩にかけられた黄金の飾りの硬質な輝きには目を奪われます。しかし、このコーナーでの圧巻と言えば、レンブラントの《サウル王の前で竪琴を弾くダヴィデ》(1630-31年頃)でしょう。描かれているのは、旧約聖書に描かれたイスラエル王サウルとダヴィデの話。レンブラントらしい陰影の中に、スポットライトを浴びたように浮かび上がるサウル王。左下の暗がりに沈んで表情を見せることなく竪琴を弾く若いダヴィデを見下ろすその表情は嫉妬と殺意に歪み、槍を持つ右手は固く握りしめられて、次に訪れる暴力の瞬間を暗示しています。その、サウルの理性が激情に圧倒されようとする瞬間の緊張が、見事な光の効果によって画面に写しとられています。

肖像画のコーナーでは、発注者であるオランダ市民たちの経済的成功という歴史的・社会的背景と、顧客の要望に応じつつも自分らしい筆致の中に技巧の冴えを示そうとした画家の挑戦とを見てとることができます。オランダの貴族出身の裕福な夫婦の姿を堂々と描いたフランス・ハルスの《男の肖像》《女の肖像》(1638年)をはじめ、自信に満ちたオランダ市民たちの姿が次々に登場しますが、暗い画面の中に赤い服を着てつばの広い帽子をかぶったバーレント・ファブリティウスの《自画像》(1650年)が、マイケル・ジャクソンにそっくりで笑ってしまいました。

さて、いよいよ「風俗画と室内画」のコーナー。アドリアン・ブラウエルの《苦い飲み物》(1636-38年頃)でのユーモラスな表情、ヘラルト・テル・ボルヒの《ワイングラスを持つ婦人》(1656-57年頃)でのガラス、金属、木材、陶器の質感の描き分けの素晴らしさ、ヘリット・ダウの《夕食の食卓を片付ける女性》(1655-60年頃)の蝋燭の灯りの中に展開する物語性なども印象的ですが、別格の存在感を示すのは、フェルメールの《地理学者》(1699年)です。この作品、サイズは思ったよりも小さく、柵に囲まれて少し離れたところから見なければならないこともあって、ぱっと見たところではそうインパクトのある絵には思えませんでした。そこで、しばらくはこの絵の周辺に配置された小道具、つまり《地理学者》の中に描かれた地球儀や世界地図、コンパスと定規などといった、貿易立国オランダを象徴するギミック類の実物を見て回って、それからあらためて絵の前に立ったのですが、すると今度は、絵の中心に立つ地理学者の表情に目が止まった途端、そこから目を離せなくなってしまいました。当時「ヤポンス・ロック」と呼ばれ裕福な市民のステータスを示した日本の着物(またはその模造品)をゆったりと着て、コンパスを手に地図に見入っていたらしい上品な顔立ちの彼が、ふと顔を上げて何か物思う表情をしています。彼はそれまで何を調べていて、そして今どんな光景を脳裏に描いているのかと考えてみると、そこに無限の可能性があり得るように思えます。まさに同一のカンバス上に一つの真実ではなく複数の同等に有効な真実を同時に表現するフェルメールの絵画の特質〔出典〕を、この作品も十分に体現しているようです。

十分にフェルメールを堪能してから、続く「静物画」のコーナーへ。細密で写実的で、それでいて(季節の違いや、器に入りきらないボリュームによって)実際にはあり得ない組み合わせをある意図のもとに緊密に構成した静物画は、見た目の技巧の裏に何らかのメッセージを含んでいるようです。しかし、そうした画家の腹黒さ(?)を抜きにしても、明るい花々、みずみずしい果実、生々しい魚介類、そして器となる金属や石のひんやりとした光沢は、ただ眺めるだけで十分に感嘆させられます。

最後に「地誌と風景画」のコーナー。大半が低地で占められたフランドル地方らしい大地や空の広がり、海洋国家ならではの海と船というモチーフに続いて、経済的に発展する新興国家の都市の姿が、たとえばパウルス・コンスタンティン・ラ・ファルグの《都市から見たライデンのハールレム門》(1781年)に描かれた運河の水面に見事に投影されていて、そこにこの展示会で接することができた数々の絵画が生まれた環境を見てとることができました。

Bunkamura ザ・ミュージアムでは、2011年12月23日から2012年3月14日まで「フェルメールからのラブレター展」が開催されるそうです。ここに出展されるフェルメール作品は、《手紙を読む青衣の女》《手紙を書く女》《手紙を書く女と召使い》の3点。《手紙を書く女と召使い》は、2008年に「フェルメール展」で見ていますが、ともあれこの展覧会も大いに楽しみです。