十二夜

2011/01/22

Bunkamura シアターコクーンで、串田和美演出、松たか子主演の「十二夜」を観ました。原作はもちろん、ウィリアム・シェークスピア。

これまで私が観てきた芝居の中で、シアターコクーンでの串田和美といえばコクーン歌舞伎「三人吉三」が連想されるし、松たか子なら野田秀樹の「贋作・罪と罰」や「パイパー」、そして串田和美と松たか子の組み合わせではブレヒト劇「コーカサスの白墨の輪」。ついでに蜷川幸雄による歌舞伎「NINAGAWA 十二夜」なんていうのもあったりして、いろんな切り口でリファレンスできるのですが、この日の「十二夜」は、松たか子と笹野高史に座布団十枚!でした。

舞台上は、遠景に海、その手前に浜(上手に船)、中央に一段高い古びた野外舞台のセット。冒頭に出演者一同によるパレードのような楽隊の演奏がプロローグ的に置かれた上で、概ね原作通りの展開となります。ただし、いくつかの役柄には特徴的な味付けがしてあって、オーシーノはいかにもシェークスピア劇らしい大仰な演技を(作為的に)繰り出しますが、それはむしろ芝居全編の中では浮いていて、自己チューの性格を強調しているよう。そのオーシーノに仕えるヴァレンタインとキューリオの凸凹コンビは、コミカルなコメディアン的役柄。総じてこちらの三人は、いい味を出していました。

一方、恋の三角関係の主役の一人であるオリヴィアはずいぶん冷淡で高慢な女、という出だしだったのにシザーリオ(男装のヴァイオラ)に会うとめろめろで、そのめろめろ度合いが常軌を逸しているのがメリハリがきいてGOODですが、逆にトービー・ベルチ、アンドルー・エイギュチーク、マライアの俗悪三人組は意外に生真面目というか、想定の範囲内。マライアの品のない笑いは興ざめだったし、エイギュチークの片岡亀蔵丈がまるで生きていないのは残念でした。後半になって恋敵(と自分では思っている)シザーリオに決闘を申し込む段になって見得を切ると「松島屋!」と掛け声をもらったり、決闘場面では歌舞伎風の立ち回りを垣間見せたりしてウケていましたが、亀蔵丈の実力(怪優ぶり)を知っているこちらとしては「あぁ、もったいない」と思わざるを得ません。「NINAGAWA 十二夜」での尾上松緑丈の突き抜けた阿呆演技に度肝を抜かれた経験があるので、なおさらです。串田和美自身が演じるマルヴォーリオも熱演ではありましたが、もともとこの「十二夜」の中でマルヴォーリオがひどい目に遭わされるエピソード自体が私としては共感できないのと、体調が悪かったのか串田和美の声が全然出ていなかったのとで、笑えるはずのシチュエーションでも素直に笑うことができませんでした。そんなわけでオリヴィア側は、芝居の大半がこちらで演じられるにも関わらず、何とも居心地の悪い間が続いてしまいます。

そんな中にあって、道化(fool)のフェステを演じた笹野高史は素晴らしい存在感を示していました。登場していきなり始めたのが、劇中劇「サザエとイソギンチャクの恋」。紙芝居のような小道具を持ち出し手袋を上手に使って海の底の悲恋物語を歌ったり、マライアとの会話の途中で喉が詰まったためにマライアからもらったコップの水をぴゅーっと吹き出して最前列のお客にかけてしまって「ライブ、ライブ」と誤摩化したり(わざわざ本当の水を用意しているのだから、これはアドリブではなく計算されたものでしょう)と好き放題。当然、本筋の中でも登場人物たちと絡んで道化らしい融通無碍な立ち居振舞いをしていましたが、そのひとつひとつの仕種の中に風貌からは想像のつかない高い身体能力が感じられました。それに、何しろよく通る個性的な声!

また、主演の松たか子はボーイッシュな姿に彼女らしいピュアな発声と演技で、ストレートに客席を魅了しました。とりわけ中盤、一人になってヴァイオラの心に戻り、自分の心の中にいる双子の兄セバスチャンと交わす対話が圧巻。その最後に、不安に押し潰されそうなヴァイオラが涙とともに激情を溢れさせる場面には、観ていてじんときました。これまでに観てきた松たか子の舞台でも思ったのですが、彼女には、一瞬で舞台上の空気を変える力が備わっていますね。かと思えば、後半では兄のセバスチャンも登場して、セバスチャンを演じる松たか子は表情や口調、仕種に男っぽい要素が絶妙の加減で加わり、彼(?)をシザーリオと誤認したエイギュチークに殴られたセバスチャンが相手に仕返しのパンチの雨を降らせる場面は抱腹絶倒でした。

そしてこの芝居の最大のポイント、舞台上にオリヴィアとセバスチャンが同時に現れる場面が見もの。オーシーノ、オリヴィア、ヴァイオラの三角関係がもつれにもつれて、そして最後の瞬間にセバスチャンが登場することで一気に大団円に向かうこの場面を、「NINAGAWA 十二夜」では予想外の方法で解決しようとしたものの、それはさすがに「苦肉の策」と思わざるを得なかったのに対して、串田和美はどういう手段を用意したのか?というのが実は私のこの芝居に対する興味の焦点だったのですが、ここで松たか子が語ったのは、中盤で語ったヴァイオラの中のセバスチャンとの対話。再び泣き崩れそうになったヴァイオラがひと呼吸おいて口にした言葉は、意外にも「……お芝居に戻りましょう」でした。ただし、その折れそうになった心持ちをかすかに引きずったままで。つまり、いま目の前で展開していた「十二夜」は浜辺の舞台の上で演じられている劇中劇の位置づけにあり、その中でヴァイオラが自分の中のセバスチャンに向けた思いだけが、真実ということなのでしょうか?ならば、二役を演じていたこの女優の中のセバスチャンとは、本当は誰なんでしょう。ともあれここで観客は、冒頭の楽隊や休憩が終わった後に現れたジャグラーの意味(さらに言えば、俳優と楽器奏者がキャスト表の中で同列に混在していることの意味)を悟ることになりますし、この後の松たか子が巧みに立ち位置とキャラクターを変えながらも一人でヴァイオラとセバスチャンの二役を演じることへの観る側の心理的抵抗はこの一言によって解消され、芝居はそのまま大団円へと向かうことになります。

原作でも最後は一人舞台に残ったフェステの歌で終わりますが、ここでも「十二夜」が終わった後の空虚な野外舞台にフェステが一人登場し、歌いながら寂しく去って行こうとするところへ松たか子ほかの役者たちが合流して、全員でのエピローグの歌と演奏へ。賑やかでいて、それでいて何だか不思議な余韻の残るエンディングでした。

翌々日の新聞記事。

女優の荻野目慶子さん(46)が乗ったタクシーが今月22日夜、東京都渋谷区内で追突事故を起こし、後部座席に乗っていた荻野目さんが額に軽傷を負っていたことが、警視庁原宿署幹部への取材でわかった。同署幹部によると、荻野目さんのタクシーは22日午後11時25分頃、渋谷区千駄ヶ谷の都道を走行中、乗客を降ろそうと停車していた前方のタクシーに追突した。荻野目さんは帰宅途中だったという。

我々が見たソワレの後、帰宅途中に遭遇した事故のようです。どうぞお大事に……。

キャスト

ヴァイオラ / セバスチャン 松たか子
オーシーノ 石丸幹二
オリヴィア りょう
マライア 荻野目慶子
サー・トービー・ベルチ 大森博史
船長 / アントーニオ 真那胡敬二
役人 小西康久
ヴァレンタイン 酒向芳
フェイビアン 内田紳一郎
キューリオ 片岡正二郎
ジャグリング 目黒陽介
アコーディオン 小春
チューバ ギデオン・ジュークス
リュート / 司祭 つのだたかし
パーカッション / リコーダー 飯塚直子
サー・アンドルー・エイギュチーク 片岡亀蔵
アルヴォーリオ 串田和美
フェステ 笹野高史