隅田川 / 鐘の音 / 殺生石

2010/12/11

「ユネスコによる無形文化遺産 能楽」、略してユネスコ能の第三回公演として、能「隅田川」、狂言「鐘の音」、能「殺生石」を観世能楽堂で。「隅田川」「殺生石」とも、二度目の鑑賞です。

隅田川

シテは喜多流の、というより能楽界を代表する能楽師・友枝昭世師。ワキに美声で知られる森常好師を得ての公演です。前に観たときはあまりに悲しい内容に涙腺決壊寸前まで行ってしまったのですが、この日もやられました。

ワキ・渡守(森常好師)がワキツレ・旅人と言葉を交わして、ふっと幕の方を見るリアルな仕種の後に、シテ・梅若丸の母(友枝昭世師)が登場。物狂の印である笹を右肩に担ぎ、速くなったり遅くなったりと不安定な心の赴くままに歩みを進めて、一ノ松での囃子に溶け込むようなしみじみとしたサシげにや人の親の心は闇にあらねども、子を思ふ道に迷ふとは……。そして一声の後に舞台につつと入って小さく足拍子を踏むと、高揚した囃子に乗ってカケリを舞います。このあたりで既に、見所は友枝師の術中にはまってしまったよう。人買いにさらわれたわが子を追って都からはるばる東国・隅田川に着いたシテが、ワキに自分も舟に乗せてほしいと頼むところから問答となり、都鳥の故事を問う場面ではシテとワキが遠い目をして中正面方向を見ましたが、私が座っていたのも中正面。二人に見つめられて(←錯覚)どぎまぎしてしまいました。ともあれ、子を探す旅路にあることを告げて乗せて賜び給へと手を合わせたシテにワキはすっかり同情し、シテをワキツレと共に舟に乗せて川に漕ぎ出します。

あの向こうの柳の下に人が多く集まっているのは何だ?と問うワキツレにワキは、人買いにさらわれてここまで来た幼い者がちょうど一年前にこの地に倒れ、都の北白川に住む吉田某の子であると名乗った上で、自分の亡骸を道の傍に埋めて墓標として柳を植えてほしいと頼むと、念仏を四五回唱えて息を引き取った、その子を供養する大念仏であると語ってなんぼうあはれなる物語にて候ふぞと話をしめくくりました。このワキによる物語りがひとつの聴き所で、ワキの情感こもった語りを聞いているだけでもこちらは目頭が熱くなってしまったのですが、この間シテは舟の前の方に下居してワキとワキツレの会話を背中でじっと聴いているうちに静かに心を高ぶらせ、やがてワキが語り終えたときに膝の前に立てていた笠をはらりととり落とすと、控えめな所作でシオリ。全てを知ったシテでしたが、対岸に着いてワキツレが下りていった後にワキにそれはいつのこと?その子の年齢は?名は?と改めて問い掛けます。その問い掛けは、最初はワキに背を向けたまま消え入るような声でゆっくりと問うていたのに、問いを重ねるにつれて次第にワキの方に向き直り、言葉の間を詰め、そして語調を強めていきます。そしてついにその幼き者こそ、この物狂が尋ぬる子にてはさぶらへとよ、なうこれは夢かやあらあさましや候と激情を溢れさせ、座り込んでのモロジオリとなります。

驚いたワキは、しかし今は嘆いても甲斐のないことである、その子の墓へ案内しましょうと棹を捨ててシテの後ろに立ち、後ろから支えるようにシテを大小前に置かれた作リ物の塚へ案内します。このあたり、ワキのシテに対する優しい心遣いが感じられて、またほろり。静寂の中、シテは塚に向かってしみじみと語りかけるように謡っていましたが、再び気持ちを高ぶらせて春の草のみ生ひ茂りたる、この下にこそあるらめやと声を震わせ、クレッシェンド。地謡が引き取ってこの土を返して今一度、この世の姿を母に見せさせ給へやと謡うとシテはよろよろと安座してシオリ。もう可哀想で見ていられません。

鎮静した地謡による上歌のうちにワキは鉦と鐘木をとり、シテに渡して念仏を勧めます。ひれ伏して泣いてばかりのシテでしたが、ワキに励まされて鉦を首から下げ、地謡(その場にいて大念仏に参加している人々)との掛合いで南無阿弥陀仏の名号を唱えると、奇跡!その念仏の声に塚の中からの子方の声が重なり始めました。驚いたシテはワキに向かい、今の念仏の声はまさしくわが子の声ではないか、とはっきりと興奮した様子で確認すると、ワキも同調してシテに一人で念仏を唱えるよう勧めました。つまり、子方の声はシテの空耳ではなく、その場にいる全ての人の耳に届いたということになります。もう一度わが子の声を聞きたいとシテは鉦を叩きながら南無阿弥陀仏を唱えると、今度ははっきりと子方の声で念仏が唱えられ、そして黒頭を爆発させ白水衣姿の可愛い子方が塚の向かって右に現れました。あれはわが子か母にてましますかと声を掛けあい(母にて……は地謡)互いに駆け寄りますが、子方はシテの手をかいくぐって塚へ入ってしまいます。そんな……とシテが呆然と泣いているともう一度子方が現れますが、今度は走り寄るシテに背を向けてすぐに塚に消えてしまいました。塚に近づいて見入りながら、打ちひしがれるシテ。しんみりとした囃子と地謡が夜明けの浅茅が原の情景を謡って、シテが塚に背を向け立ち尽くすうちに静かに終曲となりました。

さすがユネスコ能(?)、舞台上の全ての演者の緊密な連携の上でシテ・友枝師の自在の演技が見所を完全に掌握して、すっかり感情移入させられてしまいました。それにしても、作者の観世元雅はどうしてこの救いのない曲を書いたのでしょう。他の物狂ものでは必ず最後は再会→ハッピーエンドとなるのに。なお、子方を出さない演出もこれまで試みられてきており、友枝師自身も子方なしの「隅田川」を多く演じてこられているそうですが、友枝師自身の解説によれば、近頃やはりこれは子方ありが正解ではないかと思うようになった由。

ワキが「正しく此の塚のほとりと見えて候」と言っている様に、母親のみの幻覚ではなく皆にも見えたのです。奇跡が起きたのです。目の前に現れた子方が再び塚に消えるということで、現実に戻った母親の孤独をそそり立て、更に救いがたい深い絶望感を訴えることが出来るのです。今回私は、確固たる意図をもって子方を出す演出でつとめさせていただきます。(友枝昭世師解説)

鐘の音

野村萬・万作兄弟(二人合わせてほぼ160歳、ダブル人間国宝)による楽しい狂言。福々しいお顔の萬師=主人が、息子の元服祝いに黄金造りの太刀を佩かせてやろうと太郎冠者に鎌倉で金の値を調べてくるよう言いつけるのですが、これを「鐘の音」と取り違えた太郎冠者は四つの寺を回ります。まず目付柱で撞いた寿福寺の鐘はじゃ〜も〜も〜も〜と鳴って「たいていの音」、続いてシテ柱の円覚寺はぱ〜〜〜んと薄い音、太郎冠者は気に入りません。笛柱の極楽寺ではみだりに鐘を撞くなという制札を無視して撞いたところじゃがじゃがじゃがじゃがとひどい音がして、どうやら鐘が割れているようです(極楽寺にとっては迷惑な話!)。最後に脇柱の建長寺は境内も美しく、鐘の音もご〜んも〜んも〜んと冴えた良い音がして、この音がいいと太郎冠者は早速復命に戻ります。

待っていた主人は太郎冠者に黄金の値段は「何ほどするぞ」と問いますが、太郎冠者は「?」という顔。それでも聴いてきたばかりの鐘の音を再現してみせると、今度は主人が独り言で「あれは何をぬかすぞ?」「やつは気が違うたそうな!」と苦虫をかみつぶしたような顔です。ついに主人から「黄金の値」と「撞き鐘の音」を取り違えるやつがあるか!と怒られた太郎冠者は、そうならそうと最初に言えよ!と逆ギレしますが、主人に追い出されてしまいました。扇で叩かれて一ノ松まで逃げた太郎冠者は、確かに取り違えた自分も悪いと反省し、鐘の音の話を謡に作って機嫌を直してもらおうと扇を手に舞台に戻ると、それぞれの寺の鐘の音を諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽と涅槃経を引いて舞歌にしてみせます。それを聞いているうちに主人も扇を構えて脇柱のあたりに立ったので最後は許されるのかなと思いきや、おしまいは「何でもないこと、しさりおれ」と叱り留め。

四つの寺を舞台一杯を使って回り、それぞれに異なる鐘の音を語り分ける万作師の演技が抱腹絶倒。ただ、この鐘の音は息継ぎもできずかなり苦しいものらしく、万作師が息を荒くしていたのが印象的でもありました。見所で観ている方は気楽なものですが、舞台上はおかし味の中にも真剣勝負が展開していたということですね。

殺生石

所作や舞の華やかさから「舞金剛」と呼ばれる金剛流による「殺生石」、小書《女体》。前回観た金剛永謹師のシテでの「殺生石」も当然に見応えありでしたが、今回も金剛流の魅力全開でした。

那須野に着いたワキ・玄翁和尚(高安勝久師)とアイ・能力。石の上を飛んだ鳥が落ちて死んだのを見咎めたアイの言葉に、ワキも不審に思い石へ近づこうとしたところへ、いつの間にか上がっていた幕の内から前シテ・里の女(豊嶋三千春師)が石に近寄らないようにと声を掛けます。ややあって橋掛リに現れたシテの姿は、面は泥眼、装束は唐織着流ですが、唐織の柄が大雑把な蝶の文様なのにはちょっと驚きました。その石=殺生石の謂れを語りながら、橋掛リを妖しげなすり足で舞台へ進むシテ。大小前に置かれている巨大な殺生石の作リ物の手前(橋掛リ側)からワキの姿を覗き見るようにして一度身を引いてから、すりすりと石の前に進んで下居します。地謡を主体としてクリ・サシと続き、清涼殿に怪異をもたらした玉藻の前が調伏されるくだりを謡うクセは居クセではなく舞クセ。地謡の高揚に合わせてシテは扇を振るい緩急自在に舞い続けますが、やがて石を見込むと振り返ってワキの前に下居。ひとしきりの物語りの後にワキがおん身はいかなる人やらんと問うとシテは今は何をか包むべきともとは玉藻の前、今は那須野の殺生石の石魂であるとワキに告げるのですが、ここでもシテは妖しさ全開。立ち上がってワキに背を向けると左肩を下げて何やら憑依した風情を示し、ついとワキの方に振り返ってあたかも狐のような足の上げ下げを見せ、作リ物の中に消えました。

玉藻の前の名前の由来、殺生石となった経緯を述べるアイ語りが終わると、アイから受け取った払子(棒にS字状の枠を付けた法具)を構えたワキが石の正面に立ち、祈りをかけて脇座に下がります。そこへ出端の太鼓が入ると、作リ物の中から石に精あり、水に音あり、風は大虚に渡るとシテの声が聞こえ、地謡が詞章を引き取るとともに後シテ・野干の精が、石を一瞬のうちにまっ二つに割り飛ばして中から登場しました。おぉ、鮮やか!石の乗っていた一畳台の上で床几に掛かっているシテの姿は、頭上に九尾狐を戴き、面は霊女、黒垂、白地舞衣、緋大口。常なら小飛出などの獣面になるところを小書《女体》により女性の姿に変えています。そのまましばらくは一畳台の上での激しい所作で鳥羽院に近づき、調伏されるまでの様子を示しますが、やがて野干の精が那須野に落ち延びたところから台の下に降り、軽やかに足を使う舞。そして三浦の介、上総の介に追われ橋掛リを三ノ松まで進み、一ノ松へ戻る途中では両膝を交互に床につく形。両介に討たれた後も野に残ったシテの執心は再び一畳台に腰をかけ、ワキの祈りによって以後は悪事をするまいとワキへ礼をすると、袖をかかげて一目散に揚幕へと下がってゆきました。残されたワキが常座で留拍子を踏んで、終曲。

ひたすら悲しい「隅田川」とは対照的な、筋立てのスケールと動きの大きさを楽しむ「殺生石」に溜飲の下がる思いで附祝言を聞きながら、この日の観能を終えました。

配役

能(喜多流)「隅田川」 シテ・梅若丸の母 友枝昭世
子方・梅若丸 井上大風
ワキ・渡守 森常好
ワキツレ・旅人 舘田善博
主後見 香川靖詞
地頭 粟谷能夫
一噌仙幸
小鼓 曽和正博
大鼓 安福建雄
 
狂言(和泉流)「鐘の音」 シテ・太郎冠者 野村万作
アド・主人 野村萬
 
能(金剛流)「殺生石 女体 前シテ・里の女
後シテ・野干の精
豊嶋三千春
ワキ・玄翁和尚 高安勝久
アイ・能力 野村万蔵
主後見 金剛永謹
地頭 松野恭憲
一噌庸二
小鼓 幸清次郎
大鼓 國川純
太鼓 小寺佐七

あらすじ

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鐘の音

主人は息子の元服に、黄金造りの太刀を差させてやろうと考え、黄金の値段を聞きに太郎冠者を鎌倉へ遣わす。ところが、「金の値」を、寺の鐘の音と思い込んだ太郎冠者。寺々を回って帰宅すると、主人の前で鐘の音を説明するのだが、怒った主人に追い出されてしまう。困った太郎冠者は、謡の好きな主人の機嫌をとろうと寺の鐘の音を謡に詠み込んで主人に聞かせるが、最後は一喝されてしまう。

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