定家 / 悪坊 / 道成寺

2010/10/24

金剛流の「道成寺」は、凄いらしい。

……という話を聞いたのはずいぶん前のこと。そこで時折金剛流のサイトをチェックしていたところ、今年の秋に先代宗家金剛巌師の十三回忌追善能があり、その中で「道成寺」を現宗家の嫡男である金剛龍謹師が披くことを知り、これは京都まで観に行かねばなるまい、と6月に申し込みました。

思い切り蛇の鱗文様のチケットを手に京都に向かったのは、公演前日の10月23日。この日は大原、そして翌24日は嵯峨野と京都の東西の謡蹟巡りをしてから、金剛能楽堂に着いたのは開演15分前の12時45分頃。中に入ってみると、狭いロビーの奥に先代宗家の遺影が飾られており、焼香の列でかなりの混み具合でした。その横をすり抜けるようにしてようよう席に辿り着き見回してみると、座席数は中程度ながら橋掛リが異様に短く感じる、こじんまりとした舞台でした。もっとも、普段見慣れている国立能楽堂の橋掛リの長さの方が異常に長いという説もあるので、どちらがどうと一概には決めつけられませんが……。そして鏡板の黒々とした様子は、この舞台の年輪を感じさせます。この建物自体は平成15年に新たに建てられたものですが、舞台は130年余の昔から使われた旧金剛能楽堂のものをそのまま移したのだそうです。

定刻になって客席の照明が落ちると、そこだけぼおっと明るい舞台が薄暗がりの中に浮かび上がるように照らし出されて、連吟「海人」からスタート。舞台中央に前4人、後ろ5人が中正面の方を向いて斜めに居並び、最初に後列中央の豊嶋三千春師がさては疑ふところなしから、ついでその左隣の松野恭憲師があらありがたの御とぶらひやな以降をそれぞれリードして、朗々と謡われました。ええ謡や、と聞き終えたところで後ろの席の年配の方が連れに「観世流と全然違う」と感想を漏らしていたのを小耳にはさみましたが、私にはどこがどう違ったのかさっぱりわからず。

定家

現宗家・金剛永謹師による「定家」は、ワキに宝生閑師を迎えて充実の舞台となりました。ワキ・旅僧(宝生閑師)が時雨に降られて脇座へ向かうその背中へ、鏡ノ間から前シテ・里の女(金剛永謹師)が呼び掛けるその声は、この世のものとは思われぬ雰囲気をたたえた低い声。そして橋掛リに現れた姿は紅無唐織着流で、手には数珠。ただし無紅とは言っても秋の花々が散らされた模様が上品ながら華やかです。そして、一見して名品であろうと思わせる風格のある面を掛けたシテの立ち姿は本当に美しく、そして一分の隙もありません。儚げでいて深みのあるよく通る声は、定家の執心が葛となって式子内親王の墓に這い纏い互いの苦しみ離れやらずと謡われるところでとりわけ深みを増し、あたかも過去からの声が響いているかのようでした。そして地謡のクリのうちに前シテが作リ物の後ろを回って常座の側から前へ再び現れたときには、その姿は異界の人。そのまま正中に下居して玉の緒よの歌を織り込んだサシに続く長大な居クセも、シテの存在の求心力が舞台上の緊迫感を失わせません。ついに妄執を助け給へやとワキに懇願する女は旅僧の問いについに我こそ式子内親王と名乗りつつ立ち上がると、ワキをじっと見下ろし、ついと振り返ると背を作リ物に預け、もう一度苦しみを助け給へとワキに語りかけてから作リ物の中へ、定家の妄執に引き込まれるように姿を消しました。

アイは長裃の盛装。ここでふと気づきましたが、囃子方もやはり長裃で、地謡は袴こそ短いものの、やはり裃姿となっています。アイ語りが終わり、地謡による夕べも過ぐる月影に以下の上歌に続いて暗い大小の鼓、儚げな笛による習ノ一声で空気が変わると、作リ物の中からシテの夢かとよ闇の現の宇津の山、月にも辿る蔦の細道が深く響きわたり、シテとワキ(観世流ではシテと地謡)による掛合いの謡、そしてついにワキの目の前で作リ物の引回しが下ろされると、後シテ・式子内親王が床几に掛けていました。出立ちは白地に金の箔の長絹、紫色の大口、そして面は遠目にはよくわかりませんが、若い女性の表情をしていますから泥眼かもしれません。そのまま作リ物の中のシテと外のワキとの間で掛合いの謡となり、旅僧の読経によって葛の呪縛が解かれた様子が強い地謡により謡われるとともにシテは作リ物を出て、恥じらいながらも序之舞を舞い始めます。金剛永謹師の序之舞は、優美でありながらも足拍子などが意外な力強さで、その神々しさはいつの間にか舞台の柱と梁とが鳥居のように見えてくるほど。しかし、シテは自分の舞う姿の醜さを面なの舞の有様やなと恥じると扇で顔を隠し、作リ物に正面から入って左へ出、再び正面に回ったところで作リ物の柱に背をつけて仰向き悶えるさま。せっかく法華経の徳によって葛の呪縛から一度は逃れたのに、再び墓の中に戻ると定家葛が這いまとわり、右手から作リ物に入ったシテはもはや出ようにも出られない様子です。そのまま作リ物の中に膝をつき扇で面を隠して、そのまま静かに終曲となりました(埋留)。

やはりさすが宗家、素晴らしいの一言でした。これで、シテやワキが橋掛リを下がってゆくときに見所から無粋な拍手が湧かなければ完璧だったのですが……。

悪坊

登場人物は傘を持って旅をする気の弱そうな出家、長刀を持ち黒髯豊かな無頼の武者という感じの悪坊、そして悪坊の定宿の主人の三人。したたかに酒に酔った悪坊に絡まれてなくなく定宿に連れ込まれ、腰まで揉まされてしまう出家の困り顔が前半の見どころですが、それにしても悪坊の酔態はこれまで観たことがないほどのリアルさ。ざざんざ〜と気分よく狂言小謡を謡いながらふらふら歩き、呂律も回っていない様子は、「8時だョ!全員集合」で自転車に乗った警官姿の加藤茶がゆらゆらと登場する様子を連想してしまいました(古い!)。一方の出家も、ごろんと横になった悪坊に腰を打ってくれと言われて最初はこわごわ、しかし次第に顔つきも口調も「コノヤロー」みたいに変わってくるあたりは現代的なギャグ。それでも出家は、ついに寝込んでしまった悪坊の小袖と自分の質素な衣を取り替え、長刀や刀も奪って「おそろしや」と逃げてしまいます。その後に酔いが覚めてむくりと起き上がった悪坊は、日頃の大酒乱暴を釈迦か達磨がたしなめるために出家の姿をして近づいたのだろうと意外にも素直な改心。ま、このオチはちょっと説教くさい感じがしますが、これもまた悪坊という、乱暴ではありながらどこか憎めないキャラクターの振幅の大きさのあらわれなのでしょう。

仕舞三番は、「清経」「江口」「融」から。そしてお調べの笛の音が鳴り響いて、いよいよ「道成寺」の始まり。囃子方も地謡も、最正装である素袍・侍烏帽子での登場です。

道成寺

観世流でこれまで二度観たときは、先に鐘が狂言方の後見によって吊り下げられてから、ワキ・ワキツレ・アイが名ノリ笛とともに登場しましたが、この日はまずワキ・住僧(福王和幸師)とワキツレ二人が登場しました。福王和幸師は若く長身、しかもイケメン。眼光鋭い名ノリは声量もあってよい声ですが、もう少し力を抜いてもいいかも。そして鐘供養を行う旨を述べると能力を呼んで鐘を鐘楼に上げるよう命じます。そこで二人の能力は揚幕の内に下がり、えいとうえいやあの掛け声と共に薄い緑色の鐘を担いで出てきますが、二ノ松あたりで何と重い鐘ではないかなどとへこたれかけました。それでも頑張って鐘を舞台に持ち込んだ二人は、鮮やかな濃い緑の綱を解くと竹竿二本を使って綱を舞台中央上部の滑車に通そうとします。一度では決まらず、私の隣の席のおばさま方ははらはらしていましたが、なんとか成功。能力二人の掛け声に合わせ、鐘後見(金剛永謹師)の手によって高々と引き上げられました。

ワキへの報告、女人禁制の触れ(凄い気迫!)、そして静寂のうちに能力が笛前に着座すると、強烈なヒシギから習ノ次第となって揚幕が上がると、前シテ・白拍子(金剛龍謹師)はすすすと一気に登場し、それからゆっくり舞台へ。壺折にした紅無唐織は銀地に黄や茶の菱形の文様で、その下の丸紋尽の黒い縫箔腰巻は「道成寺」の定番です。舞台に進んだシテは、笛前に座した能力を見下ろすようにして次第作りし罪も消えぬべき、鐘のお供養拝まん。これまた深く、聞かせる声です。能力とのやりとりの後、烏帽子を受け取って物着となり、大鼓によるアシライを聞きつつ後見座で金地の烏帽子をつけたシテは、立ち上がって足拍子。ゆっくり橋掛リに出て二ノ松で振り返り、高欄からきっと鐘を見つめたところで大鼓が爆発。シテは一気に舞台に走り込み、鐘をちらと見上げて背を向けサシ、さらに次第花の外には松ばかり、暮れ初めて鐘や響くらん。そしてここからいよいよ乱拍子となるのですが、これが観世流とまるで異なっていました。これまで観た乱拍子ではシテは舞台上を大きく三角形に回りながら小鼓と間合いを計り合いますが、この金剛流の乱拍子はシテが目付柱の近くからまったく動きません。小鼓の掛け声や打音に合わせて、爪先を上げ、ひねり、戻し、下ろす。手を広げ、一度沈みこんで、足拍子。かかとを上げ、足を引き……といった一連の動作が正面に向かって行われると、小鼓の低い「おぉ〜」という掛け声に合わせて左45度を向いて、次の段。次は90度回って鐘の方向を向くと、足拍子を踏むときに鐘がわずかに下ろされて、観ている方はぎくり。ゆらゆら揺れている鐘は、それ自体が意思を持ってシテを見下ろし、引き込もうとしているようにも見えます。さらに90度、続いて45度回って脇正面方向、そして六段目で再び正面を向くと足拍子の連打があり、道成の卿からの謡が乱拍子の続くままに謡われます。長い緊張の果てに、ついに囃子方全開の急ノ舞となり、激しい舞の後のさるほどにさるほどにで憑かれたように何かを探すような所作を見せると、顔を上げて一度距離を確かめるように鐘に触れて、金の扇で烏帽子を真後ろ=目付方向へ一気に飛ばし、目付から笛柱への対角線上で鐘の縁の下からダイヴするように(!)鐘の真下へ飛び込む瞬間に、鐘が落ちました。落とすタイミングが少し早かったのか、鐘の内側が飛び込んだシテの腰に当たって鐘はぐらりと斜めに傾きましたが、なんとかそのまま落下。しかし、シテは大丈夫だったんでしょうか?

大音響に驚いた能力二人は、鐘が落ちて熱く煮えたぎっていることにさらにびっくり。そしてワキにどちらが報告するかで例によってコミカルな押し付け合いが始まるのですが、こちらはシテが鐘の中でのびてはいないか、腰を傷めてうずくまっていたりはしないかと、気が気ではありません。しかし、仕方なくワキに報告することになったオモアイの方がワキとやりとりをしているときに、鐘の表面の布がかすかに動いているのが眼にとまりました。してみると、中では今シテは変身作業中。どうやら無事だったようです。ワキがワキツレたちに鐘にまつわる物語を語り、ノットとなって三人で数珠を揉みながら鐘に向かって祈り続けると、鐘はうっすら持ち上がって内側から回り始めます。いったん鐘は下ろされ、さらにワキたちの祈りが続けられると鐘の中から激しく鈸の音が鳴り響き、地謡が高揚する中でついに鐘が引き上げられました。後シテ・蛇体は激しい形相の般若面を見せると、一度は両手をついてうずくまる形になりましたが、かまわず迫りくるワキをきっと見上げて立ち上がり、ここからはワキとのバトルになります。橋掛リに差し掛かるところで鱗落とし、幕前から反撃してワキたちを舞台に押し込んでの足拍子(「柱巻キ」はなし)、さらには激しく膝を突いての安座、跳んで宙で回っての下居、そこから膝を進めての抵抗とさまざまな型が示されて、最後は橋掛リを走ると見事な跳躍で揚幕の中へ飛び込みました。

金剛龍謹師の「道成寺」披キは、鐘入リに波乱があった点を除けば、金剛流ならではの華麗かつダイナミックな型の数々に目を見張らされた不思議体験でした。しかし、そうした自分にとっての「物珍しさ」の向こうに、若い龍謹師の能楽師として練り上げられ、鍛え上げられた力量と姿勢が感じられて、京都まで観に来た甲斐があったと感じさせられた舞台でもありました。ワキやアイや囃子方も若手がそれぞれに気迫を見せてくれて、力強く見応えのある「道成寺」であったと思います。

配役

能「定家 墓ノ囃子 前シテ・里の女
後シテ・式子内親王
金剛永謹
ワキ・旅僧 宝生閑
ワキツレ・従僧 則久英志
ワキツレ・従僧 御厨誠吾
アイ・所の者 茂山七五三
主後見 廣田泰三
地頭 今井清隆
杉市和
小鼓 曽和博朗
大鼓 石井喜彦
 
狂言「悪坊」 シテ 茂山千五郎
アド 茂山あきら
アド 松本薫
 
仕舞 清経キリ 今井清隆
江口クセ 廣田泰三
豊嶋三千春
 
能「道成寺」 前シテ・白拍子
後シテ・蛇体
金剛龍謹
ワキ・住僧 福王和幸
ワキツレ・従僧 喜多雅人
ワキツレ・従僧 永留浩史
アイ・能力 茂山正邦
アイ・能力 茂山宗彦
主後見 豊嶋三千春
鐘後見 金剛永謹
地頭 松野恭憲
杉新太朗
小鼓 曽和尚靖
大鼓 河村大
太鼓 前川光長

あらすじ

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悪坊

西近江から東近江へ参る旅の出家が、酔った柄の悪い男に呼び止められ、一緒に行くことになる。その男は自分の定宿に出家を連れ込み、出家に腰を揉ませている間に眠ってしまう。その隙に出家は宿屋の亭主に男の正体を聞くと、男は悪名高い悪坊だと言う。出家は一足も早くそこから逃げようとするが、そのついで自分の持ち物と悪坊の持ち物をすり替えて逃げてゆく。目が覚めた悪坊は自分の異変に気づき、このように出家の姿になったのは釈迦か達磨が出家に姿を変えて現れ、自分に改心しろと言っているのだと思い込み、仏道の修行の旅に出る。

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