フランダースの光

2010/09/23

雨のため予定していた山行が中止となったため、ふと思いつきで自宅から徒歩10分のBunkamuraへ傘をさして行ってみました。ザ・ミュージアムで開催中の「フランダースの光」展を、事前にあまり調べもせずに(なにしろ「休日が空いてしまったから」という不純な動機だったので)見たのですが、これがなかなかに充実した展覧会でした。

この展覧会は、ベルギーのフランダース地方の都市ゲントの郊外にある村シント・マルテンス・ラーテムに19世紀末から20世紀初頭にかけてできた芸術家のコロニーから生み出された作品89点を、時代を追って「象徴主義」「印象主義」「表現主義」の各様式ごとに紹介するものです。非常に質の高い作品が並んでいる中で、特にひかれたのは二人の画家でした。

最初の「象徴主義」のコーナーで存在感を発揮していたのが、ヴァレリウス・サードレール。最初に出てくる《シント・マルテンス・ラーテムのレイエ川》(1903年)こそ真っ青な夏空に浮かぶ積乱雲が画面下半分いっぱいに広がるレイエ川の水面に映される明るい色調ですが、画家が作風を変えるようになった1904年以降の作品である《静なるレイエ川の淀み》(1907年)、《冬の果樹園》(1908年)、《冬の平原》(1911年)、そして《冬景色(大)》(1926年頃)はいずれも、画面の上半分から上3分の2を空にあて、その息が詰まるような暗い上辺から薄明るい地平線へと変化するグラデーションの下に、静かに横たわるラーテムの景色を緻密に描いています。人の気配がないフラットな大地の上に覆いかぶさるような空の大きさが空間の広がりを強調し、もの寂しい心象風景の中に高い精神性が感じられます。

続いて「印象主義」のコーナーのみどころは、質・量共に他を圧倒していたエミール・クラウス。この展覧会のタイトルである「フランダースの」を最も体現している画家です。1887年頃の作品《ピクニック風景》ではまだ自然なタッチですが、その後パリで印象派の画家たちと交流をもった彼の作風には印象派風の筆触分割技法が加わり、《野の少女たち》(1892年)、《レイエ川沿いを歩く田舎の娘》(1895年頃)、《刈草干し》(1896年)などはいずれも光の効果を画面に定着させる印象派ならではの美質が最大限に発揮されています。《ピクニック風景》も含めて彼の絵はほとんど例外なく光の方向に向かって(つまり逆光で)描かれており、たとえばチケットやチラシの表面に大きくとりあげられている《刈草干し》では、刈草の先端や女性の髪、手にした麻袋(?)に置かれた白色が背後からの日差しを見事に表現していますし、地面からの照り返しによってうっすらと見てとれる女性の表情の自然さも特筆すべきものです。ここにも見られるように、クラウスの絵の堅実な構図と精緻な描写は、会場に展示されていた他の印象派風絵画の、時に視覚的に疲労を覚えさせる点描画などと比べてとても目に優しく、そのことがそのまま画家の対象に対する愛情を感じさせることにもつながっています。

最後の「表現主義」のコーナーには、私の感性に合う作品はありませんでしたが、上述のサードレールとクラウスの作品に触れることができただけでも、十分満足。思いついてBunakmuraに足を運んで正解でした。

会場を出てから図録(右)を買ったら、その日の図録購入先着100名にB3サイズのポスター進呈中とのことで、きれいなポスター(下)をいただきました。図録の表紙の絵は、ギュスターヴ・ヴァン・ド・ウーステイヌの《春》(部分)、ポスターはエミール・クラウスの《ピクニック風景》。

ところで、画家たちはなぜラーテムの村に活動の場を求めたのか?という疑問がわきますが、会場での解説は膨張する都市の喧噪を離れて田舎の中に芸術家が制作の場を求めたと記しています。それはそうなのかもしれませんが、絵画は制作者(画家)と購入者(画商・客)の両方を考えなければ片手落ち。ラーテムの村で描かれた農村風景の絵画を欲していたのは、その膨張する都市に住む都市生活者だったのではないでしょうか。そう考えると《ピクニック風景》の、川の向こう側にピクニックにやってきた都市生活者を川のこちら側から眺める村の人々という構図も、何やら意味ありげです。

Bunkamuraでの絵画鑑賞となれば、「ドゥ マゴ パリ」での企画ランチがつきもの。ゲント地方の郷土料理というワーテルゾーイをいただきました。魚介と野菜を生クリームで煮込んだ、クリームシチューのようなメニューで、生クリームのなめらかさと独特の塩味がたいへんおいしい一品でした。