鱸庖丁 / 雷電

2010/09/11

国立能楽堂の普及公演で、狂言「鱸庖丁」と能「雷電」。最初に馬場あき子先生の解説があって、お話の内容は菅原道真がなぜ天神様と呼ばれるようになったかという由来。「北野天神縁起」を引用して、太宰府に左遷された菅公が天拝山に登り、無実であることを明かしたいがために死して天神(『周礼』大宗伯職の「天神・地祇・人鬼」から)になることを願ってかなえられて、まず比叡山に師の法性坊を訪ねたという話がこの能につながるという説明でした。その後、政敵藤原時平の一族を次々に頓死させた菅公の祟りは94年間の長きにわたったそうで、後シテがどこまで菅公の恨みを激しく見せてくれるかお楽しみに、と締めくくられました。

鱸庖丁

常座に立ったアド・甥は、伯父はたらしよい人となめてかかっている様子。いかにも私は嘘つきです、という表情の善竹富太郎師はふっくら体型でよく通る声です。案内を乞われて甥を愛想良く迎えた善竹十郎師のシテ・伯父は、頼まれていた鯉を獺おそ=かわうそに食べられてしまったと言われても動じず、見所に向かって「やつの申すことは百にひとつも真はござらん」とお見通し。ここはひとつこらしめてやろうと、祝儀にもらった鱸をふるまうという名目で甥を呼び止め、奥に向かって鱸を持ってこいと命じておいて、出てくるまでの間に庖丁と魚箸で鱸を捌く様子を扇と指で見せたり、焼き物、和え物、さらには酒といった段取りのシミュレーション。この間の、打ち身(刺身)作りの故事を仕方で荘重に語り、あるいは扇を用いての庖丁捌きや茶筅捌きがこの狂言の眼目のようです。さんざん期待させておいて、最後に鱸のご馳走は「ほうじょう」=嘘という虫に食べられてしまったと言い放つと、甥は自分の嘘が見抜かれていたことを悟って「面目もござらん……」と恐縮。

甥の獺と嘘、伯父の庖丁とほうじょうがそれぞれ掛詞という手の込んだ仕掛けが施されていますが、言葉が慣れないので一見でこの狂言の面白さを理解するのはちょっと難しいものがあります。

雷電

上述の通り「北野天神縁起」に記された天神伝説が土台にあり、そこから生まれた廃曲「菅丞相」を翻案したのがこの「雷電」だそうですが、直接の典拠は「太平記」とされています。菅丞相といえば文楽・歌舞伎の「菅原伝授手習鑑」が思い浮かびますが、あちらは庶民向けに菅丞相の周辺の人々の悲劇にフォーカスしているのに対し、こちらは菅原道真その人の祟りがモチーフ。

囃子方がまだ座ってもいないうちに幕が上がり、ワキ・法性坊(高井松男師)とワキツレ・従僧が入場。そのままワキは正先に出て、一息おいてから比叡山延暦寺の座主、法性坊の僧正と名乗った上で、仁王会を執り行おうと思うと述べて、一ノ松に控えていたワキツレたちと共に脇座へ納まります。そして、月が照らす比叡山の様子を謡うところから囃子方が静かに入って、いかにも秋の夜の風情。その間に橋掛リに前シテ・菅丞相(今井清隆師)の亡霊が登場しました。ざんばらな黒髪の下の面は怪士あやかし、亡霊らしい痩せて凄まじい表情の男性の面で、小柄なシテ・今井清隆師の低く、しかしよく通る声がゆったりと静寂の中に響くと、いかにも憂き世離れした感があります。戸を叩く音に訝しむワキ、重ねて叩くシテ。舞台中央に迎え入れられたシテとワキの問答は「キミは筑紫で亡くなったと聞いたけど、弔いは届いたかな?」「はい、届いていますよ。ありがたいことです」とフレンドリー。なるほど法性坊座主は、菅原道真の師匠なわけですね。されば尊きは師弟の約切なるは主従睦まじきは親子の契りなりこれを三悌といふとかや中にも真実志の深き事は、師弟三世に若くはなしとシテとワキの対話もしっとりと進み、抑えめの地謡が師弟の恩愛を謡うところはじっくり居クセ。ところが、我この世にての望みは叶はず、死しての後梵天帝釈の憐れみを蒙り、鳴る雷となつて内裏に乱れ入り、我にうかりし雲客を蹴殺すべしと急に物騒な話になり、ついては僧正にお召しがあっても参内しないでくれとシテがワキに頼みます。ワキはたとひ宣旨ありとても、一二度までは参るまじと請け合いますが、その言葉も終わらぬうちにシテは上からかぶせるようにいや一二度にては叶ふまじ、勅使度々なりといふとも、構へて参り給ふなよと念押し。そう言われても帝の恩を受ける身、勅使が三度来たら断れないと答える師に弟子は突然キレてその時丞相が姿、にはかに変はり鬼のごとしと口調が変わり、立ち上がって扇を取り出すと正先に出て足拍子。一気に緊迫した舞台上、本尊の前に置かれた柘榴を噛み砕いて、というところで首を振って妻戸に吐きかける型。ワキが慌てず洒水の印を結ぶと煙のうちに、立ち紛れでシテは常座でくるりと回転し、橋掛リを下がってゆきました。

ワキ、ワキツレも下がって、間狂言はアイ・能力が一連の仔細を述べ、法性坊へ勅使が立ったことを述べると、その参内へお供するように触れて去ります。

後場。一畳台がふたつ持ち込まれ、舞台の前に並べられました。向かって右が紫宸殿、左が清涼殿。ついで登場したワキは、中入前の黄色系から茶系の装束に替え、袈裟を身に着けて盛装風。一度後見座に立ち寄って何やら支度をしてから数珠を手に紫宸殿に上がりました。そして強い調子で普門品を唱えればそれまで黒雲に覆われていた内裏は晴れて明るくなったものの、何程の事のあるべきぞと、油断しける所にと謡われたところで力強い太鼓の響きが入り、高揚した地謡が不思議や虚空に黒雲覆ひと謡うところへ後シテ・雷が黒布を被いて前屈みに登場し、ゆっくりと一ノ松へ進みます。その気配にワキが向き直ると、シテはすっくと立ち上がって正体をあらわしました。赤頭にこの世のものとは思えない強烈なインパクトのある異形の面「雷」、黒地に金の箔の法被、オレンジ色の半切袴。おまけに派手な赤い打杖を手にしています。そのド迫力の姿に内裏は紅蓮の闇のごとく雷の震動にさらされますが、ワキは昨日までは君恩を蒙る臣下だったではないかと制止します。しかしとっくにキレてしまっているシテは打杖でワキを指し、あら愚かや僧正、我を見放し給ふ上は、僧正なりとも恐るまじと聞く耳持ちません。

そして一ノ松から見所までも震動するほどの足拍子を鳴らすと、舞台に乱入。ワキとの立ち回りとなって、一畳台に飛び乗り、あるいはくるくる回転し、足拍子を轟かせ、打杖を振るいとダイナミックに暴れ回ります。あの装束は見た目よりも重そうで、その上に視界が限られている中でのジャンプはかなり大変そう。それだけ奮闘しているのに、法力によるものか僧正のいるところには雷を落とすことができず、数珠を揉みながら迫るワキに追われたシテはついに左袖で顔を隠すと、右足を前に投げ出すように左膝をついて(この型は初めて見ました)ギブアップ。これまでなれや許し給へやと平伏しますが、帝は天神の贈官を下され、シテは生きての恨み、死しての悦びこれまでなりやと悦びつつ橋掛リに進み、一ノ松で左袖を掲げた型で終曲となりました。

終演時刻は予定時刻を10分ほど(?)回りましたが、それでも1時間ほどの短い曲。だいたいこのタイプの曲は後場のダイナミックな部分があっという間に終わってしまって「えっ、もう終わり?」となることが多い(ex. 「龍虎」など)のですが、この曲の場合は前場にも「怪士」面がもたらす緊迫感とキレた前シテによる派手な動きがあって、菅原道真の無念と怨念とが一貫して舞台上に溢れていました。

うーん、それにしても学問の神様と崇められる菅原道真が、実はこういう暴虐キャラだったとは……。

配役

狂言(大蔵流)「鱸庖丁」 シテ・伯父 善竹十郎
アド・甥 善竹富太郎
 
能(金剛流)「雷電」 前シテ・菅丞相
後シテ・雷
今井清隆
ワキ・法性坊 高井松男
ワキツレ・従僧 工藤和哉
ワキツレ・従僧 舘田善博
アイ・能力 善竹大二郎
主後見 松野恭憲
地頭 金剛永謹
寺井宏明
小鼓 幸正昭
大鼓 高野彰
太鼓 徳田宗久

あらすじ

鱸庖丁

淀の辺りに住む男は、伯父から官途成(任官のお披露目)の際に用いる鯉を買ってくるよう頼まれていたが、ようやく手に入れた鯉を川中の橋杭につないでいたら獺おそに半身を食べられてしまったと真っ赤な嘘をつく。しかし一枚上手の伯父は嘘を見抜いて仕返しに一計を案じ、ご祝儀に鱸をいただいたのでお前にもご馳走してやろうと甥を引き止めると、鱸の食べ方を懇切丁寧に指南。そして最後に、鱸はほうじょう(嘘)という虫に食べられてしまったと言い、明るい内にとっとと帰れと甥を追い出す。

雷電

延暦寺座主法性坊僧正が百座の護摩を焚き仁王会を執り行おうとしていると、讒言によって太宰府に左遷され、忿怒のうちに死んだ菅原道真の亡霊が現れる。道真の霊は生前の師恩に感謝し、自分は雷となって内裏に行き復讐するが、祈禱をせよとの宣旨があっても師は応じてくれるなと懇願する。僧正が、勅使から三度要請されたら参内すると答えると、道真の霊は鬼のごとき形相となり、本尊の供物の柘榴を噛み砕いて妻戸に吐きかける。柘榴は火炎となって燃え上がり、道真の霊は煙のうちに消え失せる。
僧正が内裏に召され祈禱していると、道真の怨霊は雷神と化して現れ、生前の仇を蹴殺そうと荒れ狂う。しかし、僧正の千手陀羅尼の力で雷神の怒りも弱まり、帝から天満大自在天神と贈官を賜って、黒雲に乗って虚空に消え失せる。