ジゼル(東京バレエ団)

2010/09/09

五反田のゆうぽうとで東京バレエ団の「ジゼル」(ラヴロフスキー版)を観ました。眼目はもちろん、客演のアリーナ・コジョカルとヨハン・コボー。いつもラブラブなこの二人の組み合わせでの全幕は、昨年「眠れる森の美女」と「くるみ割り人形」を観ていますが、アリーナの英国ロイヤル・バレエ団プリンシパルへの昇進を決定づけた記念すべき作品である「ジゼル」を見逃すわけにはいかないでしょう。……という大義名分があるから、男ひとりでバレエを観にいっても平気。

第1幕、舞台上手に杣小屋、下手にジゼルの家、後方にはうっすら遠く中世ヨーロッパ風のお城。ゴージャスな舞台装置やオーケストラの豊かな響きは、このところ簡潔そのものの能舞台ばかり見ている目には懐かしいというか新鮮というか、やはりこういうのもいいなあと思わせるものがあります。そんな舞台の上にまず出てくるヨハン・コボーのアルブレヒトは、いかにも貴族の青年らしいノーブルな雰囲気を漂わせています。杣小屋に入った彼と入れ違いに登場するのが、森番ヒラリオンを演じる木村和夫。彼にとっては自家薬籠中の役のようですが、私の目には木村和夫は気品がありすぎていまひとつ森番らしく感じられません。

……などと思っているうちに、ジゼル登場。最初はいかにも恥じらう乙女、ヒラリオンがアルブレヒトに追い払われてからは喜びに満ちた明るさを目一杯に表現し、心臓が弱いための儚さもかいま見せながら、それでもどこまでもぶれない軸と重力を感じさせない優美な足捌きで舞台上に輝きます。公爵一行を接待しながらついバチルド姫の衣装に触れて見咎められおどおどするところなどは純朴な村娘ですが、その後のソロ(ジゼルのヴァリエーション)では美しいアティテュードターンに続き、左足ポアントでの軽やかなホッピングから急加速してスピーディーなピケターンで舞台を回り、圧倒的な存在感も示します。小さな身体で踊れる喜びを目一杯に表現して、アリーナ・コジョカル最高!村人たちのパ・ド・ユイット(男性陣のきびきびした跳躍がGood)のときには、舞台の端でフンフンと鼻歌を歌うように小さくダンスしたりしているし。

そのジゼルが、アルブレヒトの正体を知って狂気に囚われる場面は、一転して鬼気迫るほど。魂を失ったように虚空を見つめて花占いの「凶」を確かめ、その様子に不安になって抱きとめようとするアルブレヒトの手をすり抜けて舞台上をさまよい歩きます。表情も含めてこれほど振幅の大きな演技ができるバレエダンサーは、他にはいないのでは?それでもついにはアルブレヒトの腕の中に飛び込んだかに見えたジゼルでしたが、次の瞬間に崩れ落ち、息絶えてしまいました。

幕間にホール横の廊下に出た奥樣方が、婚約者が出なかった、シナリオと違う!と大きな声で語り合っていて他の観客の冷たい視線を集めていました。どうやらバチルド姫のことをアルブレヒトの母親と勘違いしたようですが、もしやそれって、バチルド姫を演じた井脇幸江さんに対して超失礼なのでは?

第2幕、非常に暗いために誰が誰だか区別がつきにくいのですが、その強い意思がはっきりと伝わるミルタの踊りの後に、ぞろぞろとコール・ドが登場。全員が一斉にアラベスクで静止するところでは、その静止を維持するために思い切り力を入れている様子が明らかで浮遊感ゼロでしたが、その後の舞台左右からのアラベスクでの交差はリズムにも乗って美しいものでした。そして墓のあたりに白煙が立ってベールを引き抜かれた後シテ(?)・ジゼルの霊が登場。ミルタの前でアティテュードから高速右回転、そして宙を舞うかのようなファイイ・アッサンブレ。はっと息を飲むジュテから高速シェネ。その後に登場し、悔恨の情に打ちひしがれた様子のアルブレヒトの回りを巡りながら見せるふわっと高いデヴェロッペ。その霊的な浮遊感を引き継いで極めて緩やかに流れる音楽が効果をあげるリフトのなめらかさなど、本当にアリーナには体重がないのでは?と思わせるほど。まさしくジゼルを踊るために生まれてきたかのようなアリーナは、実際、身長155cmと小柄で軽いのですが、彼女を支えるヨハンとのパートナーシップももちろんあるでしょう。ヨハン・コボーはルックスがあまり若々しい貴族という感じではありませんが、ダンサーとしてのすぐれた技巧に加えて卓越した演技力の持ち主。彼の演じるアルブレヒトは、第1幕ではいずれ傷つけることになることにも思いが至らぬままに戯れの心に素直にジゼルに愛を語りかける、いわばお坊ちゃん。それが第2幕では、自分の罪と失ったものの大きさに気づいて心の底から悔い、つまり人間として一回り成長した若者の姿を示しています。

かわいそうなヒラリオンがウィリたちに踊り死にさせられ、ついで犠牲になろうとするアルブレヒトをかばうジゼル。ヴィオラ独奏(←演奏としてはこれだけが不満でした)に乗ったソロからパ・ド・ドゥでのプロムナードはアラベスクから上体を倒し足を180度に上げたジゼルの腰を片手支持。無重力リフトも交えた二人のパ・ド・ドゥの息を飲むほどの美しさにもかかわらず、ミルタはどこまでも冷たく、「もう許してあげて」というジゼルの懇願を拒否しますが、その「フン!」というマイムがなんとも言えず憎々しげで人間っぽく、ついミルタも応援したくなってしまいます。とうとう踊り狂いを余儀なくされるアルブレヒトのソロは、連続アントルシャ・シス。見事な跳躍が続きましたが、そのことが、アルブレヒトが死の寸前まで追い詰められるさまを説得力のあるものにしていました。ついに崩れ落ちたアルブレヒトが死を迎えようとするときに、夜明けを告げる鐘の音。このときジゼルは、これでアルブレヒトは助かるという安堵と、永遠の別れを迎えることになった悲しみとが入り交じった複雑な表情でした。

ラストシーンは、墓の中に消えていったジゼルに別れを告げてその場を立ち去ろうとするアルブレヒトが、ジゼルが残した小さな花を拾い上げてその花びらの数を数える姿。第1幕のエピソードが円環を描いて再現されます。第1幕では凶と出た花占いになすすべもなく泣くジゼルを慰めるのがアルブレヒトの役回りでしたが、最後の場面では絶望に沈むアルブレヒトのためにジゼルが救いを残したという逆転の構図。それは、ジゼル自身の救済でもあったのかもしれません。

カーテンコールは、凄いものでした。誰しもがアリーナ・コジョカルのジゼルに魅了され、お仕着せではない心からの拍手を送っていた様子です。そう言えば、久しぶりにブラボーおじさんの声も聞こえたような……。

キャスト

ジゼル アリーナ・コジョカル(英国ロイヤル・バレエ団)
アルブレヒト ヨハン・コボー(英国ロイヤル・バレエ団)
ヒラリオン 木村和夫
バチルド姫 井脇幸江
公爵 後藤晴雄
ウィルフリード 柄本武尊
ジゼルの母 橘静子
ペザントの踊り 村上美香 - 小笠原亮
岸本夏未 - 井上良太
阪井麻美 - 梅澤紘貴
河合眞里 - 岡崎隼也
ジゼルの友人 吉川留衣 / 田中結子 / 奈良春夏 / 矢島まい / 渡辺理恵 / 乾友子
ミルタ 高木綾
ドゥ・ウィリ 乾智子 / 奈良春夏
 
指揮 井田勝大
演奏 東京ニューシティ管弦楽団