聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝

2010/01/10

上野の森美術館で、会期終了間近の「聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝」展へ。チベット密教を中心に、チベット美術・文化の優品をポタラ宮やノルブリンカ(歴代ダライ・ラマの夏の離宮)などから招来したもので、日本でこのようにチベット文化を総合的に紹介する初めての展覧会だそうです。そんなわけで、会場に着いたときにはエントランスにはご覧のような行列ができていましたが、会場を出るときにはこれがさらに4倍くらいに伸びていました。

エントランスには、五色のタルチョ。チベットの景色というとこれがつきものですが、それぞれの旗に経文が印刷されており、風に乗って仏法が広まるという意味があるのだそうです。

チベット文化を総合的に紹介、ということですからチベットの歴史についてある程度の知識が必要。それは会場の要所に上手に解説されており、理解の助けとなっています。ここでは最小限、以下の点を紹介しておきましょう〔出典〕。

  • チベットの統一がなったのは、7世紀初めの吐蕃王国。ソンツェンガンポ王の名前は、世界史の授業で習った人が多いでしょう。中国では唐の時代にあたり、開化政策の一環としてその唐とネパールとから迎えた二人の妃の勧めにより王が仏教に帰依したことが、チベットでの仏教興隆の始まりです。
  • チベットにはインドから直輸入された大乗仏教が根付き、特にイスラム教の侵攻によってインドから駆逐された後期密教が残されていることが、チベット仏教の特色となっています。
  • チベットはモンゴルの進出に際し外交交渉と宗教的権威をもって対し、以後、元朝から清朝までその政治的影響を受けつつ仏教教団が実効統治する体制が確立しました。

さて、展覧会の構成は以下の通りです。

序章:吐蕃王国のチベット統一
第一章:仏教文化の受容と発展
第二章:チベット密教の精華
第三章:元・明・清との往来
第四章:チベットの暮らし

まず、上述のソンツェンガンポの仏教帰依を示す《魔女仰臥図》とソンツェンガンポ及び権臣ガルトンツェンの立像で展示の幕が開きます。ソンツェンガンポは穏やかかつ凛々しい顔立ちで座しており、王が観音菩薩の生まれ変わりとされたことから頭頂部に阿弥陀如来の顔が覗いています。

続く「仏教文化の受容と発展」のコーナーでは、まずはインド風の装飾が美しい《弥勒菩薩立像》(11-12世紀)が目を引きます。ふだん中国風の衣装や顔立ちのみ仏に慣れている我々には、ちょっとインパクトのあるお姿。そして、サキャ派祖師像群である《ナイラートミヤー坐像》《ヴィルーパ坐像》《ダマルパ坐像》《アヴァドゥーティパ坐像》《タクパギャルツェン坐像》(16世紀前半)が等身大で居並ぶ様は壮観です。女尊ナイラートミヤーは額の三眼、口元に覗く牙、髑髏冠や髑髏首飾りが異形。ヴィルーパとダマルパの白目を剥いた両目は自信に満ちあふれ、ベンガルの王族出身アヴァドゥーティパは内省的な表情を浮かべ、白髪僧衣のタクパギャルツェンは権威を示します。密教では師から弟子へ教義を伝持する師資相承が重視されるため、サキャ派教義の根幹をなすラムデー(道果説)の継承者がこうして祀られることになるわけです。

「チベット密教の精華」のコーナーでは、極めて精巧で豪華な彫像の数々を拝むことができます。その代表格は、チラシにもなっている《十一面千手千眼観音菩薩立像》(17-18世紀)。昨年興福寺で見た巨大な千手観音像のイメージがあったためにもっと大きなものを想定していたのですが、実物は総高77cmと思ったよりも小振りです。それでも、まるで歯車のように左右に並ぶ手は992本。これに前面の8本を合わせて本当に1,000本の手がついています。また頭上にマハーカーラの忿怒面を載せているのが、強い印象を観る者に与えます。もうひとつのチラシに採用された《カーラチャクラ父母仏立像》も強烈です。四面三眼二十四臂の忿怒尊カーラチャクラが四面八臂の明妃ヴィッシュヴァマーターを抱く姿は、ヒンズー教のタントラ、シャクティ信仰から影響を受けた後期密教の特徴のひとつである無上瑜伽が造形化されており、慈悲(男尊)と智慧(女尊)の合一によって到達できる悟りの世界を象徴するとされています。元来こうした父母仏の姿は在俗信者に見せるべきでないとされている(したがって堂内では錦の衣をまとう)そうですが、その精緻なつくりと完璧な造形感覚は性的な感興を呼び起こすものではなく、チベット仏教美術のまさに精華と呼ぶにふさわしい美しさを備えています。図録の解説にもこれだけの大きさと完成度を示す作品は他になく、チベット密教彫刻の最高傑作と言っても過言ではないと記されていますが、むべなるかな。この父母仏のモチーフは、他の各種立像やタンカ(仏画)にも繰り返し表わされ、15世紀の明で作成されポタラ宮に納められた立体的な《蓮マンダラ》の花弁の中央にも座位で示されます。

「元・明・清との往来」のコーナーで、元の帝師とされたパクパの坐像や玉製の印、さらに明や清からもたらされた文物を眺めた後、「チベットの暮らし」のコーナーでチャム(楽舞)のユーモラスな面や装束、ドゥンチェンと呼ばれる巨大な笛などの楽器、トルコ石の青が美しい服飾品、そしてチベット医学を図案化したタンカが展示されて、映像コーナーで終了です(というわけで、当然というか何というか、近現代史には踏み込みません)。

上述の他にも、巨大な経典や仏具などが多数展示されていて、この展覧会はかなり見応えあり(写真と解説が充実している図録の購入を勧めます)。特に経典は重要で、河口慧海らがチベットに入ったのも、原典に最も近いチベット大蔵経に接することで仏教の根幹を学びたいと考えたからです。そして、ところどころに展示されたパネルの写真や、最後の映像に映し出された、五体投地やマニ車に示される信仰のありよう、ポタラ宮の美しさと空のどこまでも深い青さ!天空に最も近い国、チベットならでは景観でしょう。映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を観て以来、チベットは憧れの地のひとつなのですが、心安んじて訪れることができる日は来るのでしょうか……と思ったら、現在も普通にツアーが出ているそうです。ちょっと意外でした。

ところで、会場の入口すぐのところに籤を引く箱のようなものがあって、そこに手を入れて引き出したのが、右の緑のお札。私の守りがみは「勝利の女神ペルデンラモ」で、その説明を見ると、

おどろおどろしい姿をしてさまざまな障害を打ち負かしてくれる女神。最後には勝利へと導いてくれる。勝負事に強い守り神。

【乗り物】ラバ。チベットで身近な動物。
【敷き物】人の生皮。教えに従わない人を食べてしまう。
【持 物】ドクロ杯。儀式のための特別な水を入れる容器。
【飾 り】生首の首飾り。悪い心の征服を意味する。
【足 元】殺した悪の血の湖。

……私、スプラッタ系は超苦手なんですが。

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なお、会場の外では「FREE TIBET」を唱える人たちがチラシや写真などでアピールを行っていたことを付け加えておきましょう。ネットでの情報によれば、彼らの中には上記父母仏立像をもって「公然わいせつ」だと息巻く人もいたようでこれには正直驚きましたが、アピール自体は穏健・整然と行われていたと感じました。