聖なる怪物たち(シルヴィ・ギエム&アクラム・カーン・カンパニー)

2009/12/19

シルヴィ・ギエムとアクラム・カーンの「聖なる怪物たち」を、東京文化会館で観ました。アクラム・カーンは、バングラデシュ系イギリス人。インドの古典舞踊カタックとコンテンポラリー・ダンスをまたがる活動をしているダンサーであり、振付家でもあります。その彼と、やはり近年はコンテンポラリーに舵を切っているシルヴィ・ギエムとがコラボレーションして産まれたのが、この作品。

舞台上は白を基調とし、洞窟の中を思わせるような複雑な曲線を背景として、上手にヴォーカルが二人、下手に手前からヴァイオリン、チェロ、パーカッション(主としてカホン、時折バスドラムやハイハットなど)。そして、あらかじめ公表されていた台詞〔こちら〕にあるように、全体がいくつかの場面に分けられています。メモもとらずに舞台に見入っていたので既に記憶があやふやですが、心の中に残されている断片的なイメージをつなぎ合わせて舞台の様子をできるだけ再現してみます。

  1. A seed was planted
  2. the story of Krishna's hair / first part
  3. the story of Krishna's hair / second part
  4. the story of Sally
  5. -
  6. émerveillé

最初に、ヴァイオリンとチェロの気怠いオリエンタルな旋律に乗って、上手後方に立った二人のダンサーーが金属音を響かせる装身具を操りながら緩やかなポーズを動かしていましたが、やがてカホンが入ると舞台上に高揚感がみなぎってきます。アクラムによる最初の台詞はシルヴィのクラシック・バレエとの関わりの始まりに言及したもの。キーワードはyou just go and search for your own answers。そして女性ヴォーカルをバックにしたシルヴィのダンスは、長い四肢を駆使したダイナミックさを備え、ときにベジャール風の軌跡や太極拳のような呼吸を取り入れながら、たとえばグランド・スゴンドで上がった足先が蛇の頭のようにくねくねと動いたり、アラベスクで後ろに出した足がそのまま真上に上がっていったりとシルヴィならではの身体能力が随所に発揮された印象的なもの。シルヴィがバレエ界において様々な振付家と出会いながら獲得してきた身体言語の数々が、披露されているようです。

ついでアクラムの二番目の台詞はなぜか、髪が薄くなってきたアクラムがカタックを踊り続けるためにヘアスプレーを買う話。先ほどはシルヴィの回想でしたが、今度はアクラムの回想です。こうした笑いを誘う話をしながらも、台詞の最後の方で両腕は別の生き物のような動きを示し始め、そして最後のI felt as if I was going to be thrown out of the classical world.と語った次の瞬間、アクラムの身体ががくっと落ちたと思うと、ヒンズーの神が憑依したかのようにカタックが踊られます。カタックというのは初めて見ましたが、ダンスに一部マイムや祈りを織り交ぜたような動きで、足首につけた鈴を鳴らしながらの打撃系足技も見どころですが、特に厳しい足捌きが生み出す高速旋回はもの凄い迫力です。

アクラムの髪の悩みは続きます。そして彼はSo do I go towards the image that people imagine Krishna to be or do I go into myself to find Krishna.と煩悶した末に、I felt I was going to be a monster so I decided to go that way.と決意を固めるのですが、ここで出てくる「monster」の意味合いが、いまひとつわかりません。プログラムに載っているテキストによれば、「Monstres Sacrés」は19世紀フランスで演劇界の偶像を示す言葉として使われるようになったのだそうですが、ではシルヴィやアクラムは観客の期待を最優先する道を選んだのかと言えば、文脈からするとむしろ表現者としての自分のエゴを通す道を選んでいるように思えるのです。ともあれ、アクラムが踊っている間後方に下がって水を飲み、髪を梳いて後ろでまとめていたシルヴィがここで呼び掛けます。

S : Akram, I think you are a beautiful, bald Krishna.(客席に笑い)
A : Thank you, Sylvie, you too.
S : Bald?!(怒って詰め寄る)
A : (あわてて)No. ... But you are beautiful too, and very tall.

なるほどシルヴィは女性ダンサーとしては異例なくらい背が高く、かたやアクラムはむしろシルヴィより低いくらい。その二人が正対して手を組み合い、そのままの姿で弦の響きに乗って流れるように動く「ウェーブ」。互いに位置を変え向きを変えながら、時に相手を包み込むように優美に、時に激しく動き回っているうちに二人の関係に変化が起こり、アクラムがシルヴィを拒絶し始めます。執拗に追求するシルヴィに対してついにアクラムの頭突きによる威嚇が始まり、シルヴィは舞台中央に投げ出されて荒い息。

そのままの姿勢でシルヴィは、イタリア語を習い始めた頃のことを語ります。イタリア語訳のチャーリー・ブラウンの本。その中のサリーという少女がシルヴィのお気に入り。シルヴィも、英語のレッスンを受けていたときにサリーと皆に呼ばれていた。そこで上手に控えていたアクラムから茶々が入ります。

A : Do you know how they called me?
S : Shuboh?
A : Yes, do you know what it means?
S : (口ごもって)You told me but I don't remember.
A : It means BEAUTIFUL.
S : (ばつの悪い間と客席に広がる笑い)... Anyway.

サリーの話はシルヴィ自身の話につながり、ダンスに没頭している自分を省みて、それでもSo, what I do is not wrong, it is not negative. So if it is not negative, it is positive.と結論づけると、「ソウイウコトデス」と日本語で締めくくってイタリア語の即興が続きます。一緒に観ていたY女史(←シルヴィ・ギエムのファン)はイタリア語がわかるのでシルヴィの台詞を聞きながら笑っていましたが、アクラムはI don't speak Italian.とキレ気味。しかし、ここから女性ヴォーカルの技巧的なスキャットに乗った二人のコミカルでロボットのようなダンス。

第5場にはタイトルが与えられていませんが、照明が落とされた舞台上に這うような姿勢でフリーズしているアクラムがAm I right?といった悲痛な自問を重ねながら淡い照明の中心にゆっくりと進み、そしてシルヴィと二人で叙情的な男性ヴォーカルの下で穏やかなダンスを踊ります。シルヴィがアクラムの腰に足を絡めて身体を浮かせ、二人が両腕を波打たせる優雅な姿はこのページの下の方にあるチラシの写真にも示されている通りで、シルヴィに究極の体幹能力がなければ成り立たないはず。そして恐らくここが、この作品のクライマックスということになるのでしょう。

最後の台詞は、シルヴィから。émerveillé(驚嘆)という言葉についてのアクラムとの対話。It is just being able to realise when something is simply beautiful.それがémerveilléだと言われてもアクラムにはわかりません。たとえば、男の子が目の前にあるクリスマスツリーに目を奪われている状態……でもアクラムはイスラム教徒として育てられたので、この譬えは失敗。あぁそうでした、と絶望したシルヴィが言いたかったのは、自分はそうしたポジティヴに心を動かされる力を今でも持っているし、いつまでも持ち続けたいということです。アクラムにémerveilléの発音練習をさせながら下手奥に移動したシルヴィはタオルをとってそのひとつをアクラムに渡しますが、それで顔を拭いているアクラムに「それはあなたにではなく、床のためよ」。汗で濡れた床を拭くためのタオルだと聞かされてげんなりのアクラムにシルヴィは「アブナイ」と解説してひとしきり足先のタオルで床を拭いて、そして最後の明るい曲に乗ったダンスへ。縄跳びのポーズで宙に浮いたシルヴィの姿は、強靭なバネのよう。明るい表情で踊り続けた二人に、最後のワンフレーズでミュージシャンたちがフェイントを仕掛け、えっ?と振り向いた二人を尻目に留めの音符が鳴り響いて、舞台は暗転しました。

全体を通して、古典の世界からキャリアをスタートさせながら自分の可能性を今に至るまで押し広げ続けてきたシルヴィとアクラムのポジティヴなメッセージが伝わってくる作品でした。演奏陣も独特の作品世界を構築することに貢献しており、舞台装置も印象的。それにしても、既に40代の中盤にいるシルヴィ・ギエムのこの身体能力の高さにはとにかく脱帽です。そして、コンテンポラリーの世界でさらなる創造力を発揮しようとしているシルヴィの今後に、あらためて期待を持たせてくれた公演でした。本国イギリスではDVDも出ているので、日本で販売されれば手に入れて再度観てみたいものです。もちろん、二人が再び来日して再演してくれることがベストなのですが。

(2011年追記:日本版も販売されています。)

キャスト

ダンサー アクラム・カーン
シルヴィ・ギエム
 
ヴァイオリン アリーズ・スルイター
チェロ ラウラ・アンスティ
パーカッション コールド・リンケ
ヴォーカル ファヘーム・マザール
ジュリエット・ファン・ペテゲム