奈良の社寺巡り(薬師寺・唐招提寺・興福寺・東大寺)

2009/11/23

4月に大阪へ文楽を観に行ったときは、翌日は京都の謡蹟を訪ね歩いたのですが、今回は奈良の寺院を見て回ることにしました。朝、なんば近くのホテルを出て近鉄線に乗り、大和西大寺で乗り換えて西ノ京で降りて、まず向かったのは駅からすぐの薬師寺です。

薬師寺

薬師寺は天武天皇の発願で藤原京に建立され、後に平城京に移転したもの。金堂の前に三重塔をふたつ擁する独特の伽藍が有名ですが、仏像にも見るべきものは少なくありません。そのいくつかは2008年の「国宝 薬師寺展」で拝見していますが、本来のお堂の中で見ると、また印象が異なるものです。8時30分の拝観開始を待って境内に入り、順路に沿って白鳳伽藍の中を回廊の外周に沿って進むと、まず出会うのが東院堂。1285年に建てられたこの建物自体も国宝ですが、中には白鳳時代の作である聖観音菩薩像〈国宝〉が諸仏を従えて立っておられます。ついで回廊の中門をくぐると、目の前に金堂、左に西塔、右に東塔。もともと薬師寺の伽藍内の諸堂は1528年の兵火で東塔を除き悉く失われ、この東塔と江戸時代に建てられた仮金堂・講堂からなる寂しい姿をしていたそうですが、1967年に白鳳伽藍復興が発願され、金堂、西塔、中門、回廊、大講堂が順次復興された経緯をもっています。したがって白鳳時代に建てられた東塔〈国宝〉がここからの見どころとなるわけですが、あいにく来年からの解体修理に向けて調査のための足場ががんじがらめに塔を囲んでいました。ま、西塔も東塔と概ね同じ形をしているのでそちらで東塔の姿を想像するしかありませんが、裳階をつけて六重に見える三重塔の均整のとれたかたちは「凍れる音楽」と呼ばれるにふさわしい美しさです。金堂の中には、白鳳時代の薬師三尊像〈国宝〉。薬師如来の左右に立つ日光・月光菩薩〈国宝〉は、「国宝 薬師寺展」の主役だったもの。何度見ても、その優美なお姿にはため息がもれます。金堂の裏手には大講堂が建ち、こちらの中には弥勒三尊像〈重文〉や東南アジア風の仏足跡〈国宝〉、万葉仮名が読み取れる仏足跡歌碑〈国宝〉。

8時半の開門を待って中へ。まずは東院堂〈国宝〉。

さらに進めば、西塔・金堂・東塔が立ち並びます。金堂も塔と同じように裳階をもっていて優美。かたや東塔は、ご覧の通り、檻の中。

大講堂。中には、弥勒三尊像や仏足石など。

さらに順路をたどって、少し離れた玄奘三蔵院伽藍に足を伸ばしました。こちらには玄奘三蔵訳経像と舎利を納めた玄奘塔。この塔の額に書かれている「不東」の文字は、目的を達するまでは長安に戻らないという玄奘三蔵の不屈の決意を示したものです。さらに大唐西域壁画殿の中には、平山郁夫画伯が描いた玄奘三蔵の求旅の壁画。金色の朝日に照らされつつ長安を出て、荒涼とした嘉峪関、荒涼とした高昌国、白雪が輝く天山山脈を通り、バーミアンを経てデカン高原の夕べ、そして銀の月が照らす夜のナーランダで終わる連作でした。

玄奘三蔵院伽藍から白鳳伽藍を遠望。東西の塔がちらりと見えています。そして八角形の玄奘塔には、昭和17年に南京で見つかった玄奘三蔵の舎利が分骨されて納められているのだとか。

唐招提寺

続いて、薬師寺から徒歩10分のところにある唐招提寺へ。周知の通り鑑真和上が晩年を過ごした寺で、これまた2001年の「国宝 鑑真和上展」での出開帳で鑑真和上坐像やいくつかの仏像にはお目にかかっていますが、境内に足を踏み入れるのはもしかすると初めてかも。入口の南大門をくぐると、すぐ目の前が金堂〈国宝〉。2000年からの解体修理を終えて、つい先頃落慶法要を終えたばかりです。大棟の左右の鴟尾は「天平の甍」として有名ですが、本物は新宝蔵に移されています。堂内に入ることはできず、正面の開口部から覗くだけですが、そこには国宝の仏像がぞろぞろ。中央の本尊・廬舎那仏坐像、右の薬師如来立像、左の千手観音立像はいずれも大きく、特に千手観音立像のゴージャスな姿は見応え十分です。また、三尊の周囲を固める梵天・帝釈天立像、四天王立像は「国宝 鑑真和上展」でも拝見したものです。

境内に入ると、正面にいきなり金堂〈国宝〉。

屋根の曲線がきれいな金堂。中はこれでもかというくらいの仏像の数々。そして最上部の鴟尾が、有名な「天平の甍」です。

金堂の裏には、少し背の低い横長の講堂〈国宝〉が控えています。少し地味な印象ですが、これは平城宮の東朝集殿を移築したものだそうで、平城宮の遺構としては唯一のもの。中には鎌倉時代の阿弥陀如来〈重文〉、奈良時代の持国・増長二天〈重文〉。

こちらは金堂の裏に建つ講堂〈国宝〉。もとは平城宮の東朝集殿を移築したもの。

さらに境内唯一の重層建造物である舎利殿(鼓楼)〈国宝〉、校倉造りが珍しい経蔵・宝蔵〈共に国宝〉を眺めて、コンクリート造りの新宝像でオリジナルの鴟尾や「唐招提寺のトルソー」を見てから、鑑真和上御廟の前で手を合わせました。

舎利殿と経蔵・宝蔵〈いずれも国宝〉。

鑑真和上御廟。艱難辛苦を乗り越えて、よくぞ日本へ来て下さいました。

薬師寺が真っ平らな土地に左右対称の幾何学的な伽藍配置で開放感たっぷりに造られているのに比べ、こちらは豊かな木々の中に建物が落ち着いた佇まいを見せ、しっとりした風情が感じられました。

垂仁天皇陵

唐招提寺から徒歩15分くらいで、垂仁天皇陵をかすめます。

平城宮

ぽつんと建っている朱雀門。この頃にはすっかり青空が広がりました。柱の間から遠くに見えているのは大極殿ですが、その間に近鉄の線路が通っていて今のところは近づけません(地下化の計画あり)。

興福寺

バスで近鉄奈良駅まで移動。すぐそこが藤原氏の氏寺、興福寺です。

東金堂〈国宝〉で薬師三尊像〈重文〉、文殊菩薩座像・維摩居士座像・十二神将立像・四天王立像〈いずれも国宝〉を拝見してから、ひとまわり境内を回ってみました。折しも来年は平城遷都1300年の節目の年ですが、興福寺では長期計画で伽藍の復元を進めようとしており、ちょうど境内のど真ん中は中金堂再建工事のためのフェンスに囲まれた状態でした。しかし、実はこの寺に来た目的は、阿修羅像と再会するため。国宝館にはこの日も巨大な千手観音像〈国宝〉や力感あふれる金剛力士像〈国宝〉、ユーモラスな表情の天灯鬼・竜灯鬼像〈国宝〉、リアルな表情の法相六祖坐像〈国宝〉……要するにこれでもかというくらいの国宝が展示されていたのですが、東京と福岡を巡回していた八部衆・十大弟子像〈国宝〉は10月中旬から今日まで、ここ興福寺の仮金堂内に置かれているのでした。

東金堂と五重塔。ぐっと気温が上がって、暑いくらい。寺に着いたときは、仮金堂前の行列は「待ち時間120分」。こりゃダメだと諦めていたところ、私の目の前で係のお姉さんが「120分」を「90分」に書き換えました。さらに東金堂や国宝館を回ってもう一度見ると「70分」。これは時間がたてば行列の時間は短くなるのかしらん、と期待しつつ北円堂に回って、そちらの行列に先に並ぶことにしました。

南円堂。外国人観光客の姿も大勢見受けられます。中門跡は今のところ礎石だけですが、回廊や南大門とともに再建予定。

ここを下れば猿沢池ですが、そちらには下らずに向かった先は北円堂です。行列20分での見どころは「興福寺国宝展」で圧倒されつつ拝見した無著・世親菩薩立像〈国宝〉。南都焼討によって多くの寺宝を失った興福寺が運慶一門を用いて作らせたのがこの二像で、鎌倉時代のリアリズム彫刻の頂点とされています。もちろん、同じく運慶一門の手になる弥勒如来坐像〈国宝〉や、平安ごく初期の木芯乾漆造である四天王像〈国宝〉も見逃せません。

八角形の北円堂の中をぐるりと廻り見て、あらためて仮金堂前の行列に参戦。日差しのきつさには閉口しましたが、それなりに列が進んでくれるのが慰めになりました。どうにか60分程の待ち時間で堂内に入ると、そこには中央の釈迦如来坐像、左右を固める薬王・薬上菩薩立像〈重文〉のさらに周りに四天王像〈重文〉、八部衆・十大弟子像〈国宝〉が立ち並び、八部衆のひとり阿修羅立像は特別に中央の釈迦如来坐像の真ん前に、オレンジ色の淡い光を当てられてぼんやりと浮かぶように立っていました。その神秘的な姿は「国宝 阿修羅展」で見たときと変わりませんが、こうして大勢の仲間たち(本来は四天王にとっては敵かも)と共に堂宇の中で見る阿修羅は、また格別の雰囲気です。とは言うものの、行列は次々に押し込まれていて、阿修羅や他の仏像の前にいられたのはほんの10分程度でしたが……。

東大寺

奈良に来た目的を果たして満足ですが、まだ少し時間があるので、東大寺まで足を伸ばすことにしました。興福寺から東の方へ坂道を登って、途中で北へ折れて進むと巨大な南大門〈国宝〉。阿吽の仁王像に睨まれながらこれをくぐって、回廊から大仏殿〈国宝〉に入りました。この盧舎那仏像〈国宝〉は何度か見たことがありますが、何度見ても大仏様はでかい。向かって左の虚空蔵菩薩坐像〈重文〉と一緒にばしばし写真を撮りましたが、さすが大仏様は大きいだけでなく、写真撮影に関してもおおらかなのでした。

大きな南大門〈国宝〉。さすが東大寺、入口からしてスケールが違います。そしてド迫力の木造金剛力士像〈国宝〉。こちらは阿形。

大仏殿〈国宝〉全景。上から二段目の屋根状のものは、裳階です。もちろん中には、盧舎那仏像〈国宝〉。左は虚空蔵菩薩坐像〈重文〉。平城京造営時のオリジナル大仏は金メッキがされており、そのときに使用された大量の水銀による汚染が平城京を数十年で放棄する原因のひとつとなった、という説を読んだことがあります。

観光客をもてなす奈良市民のみなさん(?)。……といったところで奈良での日程を終了し、京都での知人との会食に向かいました。まあそれにしても、奈良は仏像の宝庫だと再認識。このページにいくつ〈国宝〉と書いたでしょうか。京都は若い頃に訪れるべき都市ですが、奈良は歳をとってからゆったりと時間をかけて歩き回りたい場所だという気がしました。