塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

三打祝家荘(中国国家京劇院)

2009/09/26

この日の二演目目は、水滸伝に題材をとった『三打祝家荘』。本はといえば延安時代の毛沢東が音頭をとって、人民教育のためにゲリラ戦のノウハウを盛り込んで1945年に初演されたといういわくのあるものだそうです。中国文化部に直属する唯一の京劇団である中国国家京劇院(旧称:中国京劇院)を観るのは、2002年の「扈家荘 / 盗仙草 / 秋江 / 閙天宮」という多彩な演目以来の七年ぶりということになります。

まず、梁山泊の好漢たちが聚義庁に勢揃いしている場面から幕開け。そのゴージャス感には会場がどよめきましたが、なにせ人数が多く、靠旗を背中に立てた武将もいたりして舞台が手狭です。そこへ馳せ参じてきた石秀たちから、祝家荘が梁山泊を掃討しようとしていることを告げて、出陣が決まります。ただし、いきなり強襲しようとした晁蓋を制して宋江は、まず「勇敢かつ慎重な者」を遣わして内情を探らせてから、と石秀及び楊林を派遣しました。なるほど、まずは情報収集が大事という教えですな。しかも石秀は、祝家荘に市が立つ日を選んで柴売りに化けており、ブルーのつばの広い帽子(草帽圏)も鮮やかに、完璧な変装です。ところが、楊林の方は猪突猛進の強情もの。先輩風を吹かせて慎重な石秀の苦言やアドバイスに耳を貸そうともせず、予想通り祝家荘に捕われてしまいます。適材適所が大事……ということは、楊林は反面教師?それとも晁蓋・宋江の任命責任?

かたや祝家荘も、祝朝奉の息子の邪悪三兄弟(祝龍・祝虎・祝彪)が黒赤白のトリコロール、それに武術師範の欒廷玉までも豪奢な衣装と派手な瞼譜で暑苦しく、さらに頭目の祝小三・副頭目の祝老五(二人とも数十年の芸歴を持つベテラン)がいて、おまけに祝小三にはもれなくヤンキーっぽい部下の二混子(常に腰を落とし肩を怒らせて顔をしょぼしょぼさせた変なヤツ。虎の威を借りる系)までついていて、こちらも大変な人数です。ただし、前半のストーリーの核心は石秀による探索活動の駆け引きなので、武将たちよりも祝小三(と二混子)の方が存在感を示します。

首尾よく潜入した石秀は、祝家荘に住む鍾離老人と近づくことができ、さりげない会話のうちに祝家荘の陣容を聞き出すことに成功します。さらに泣き落としまで使って祝家荘の迷路の秘密をつかんだ石秀でしたが、そこへやってきたのが祝小三。楊林を捕らえた褒美の酒ですっかりいい気分になっており、鍾離老人の家の中(といってもマイムでそれと示されるだけ)をふらふらうろうろ。ここで石秀役の趙永偉が、桌を使ってアクロバティックながら美しい動きを見せます。桌の上で回ったり飛んだりしながら、祝小三に見つからないように次々に位置や姿勢を変えていき、最後に祝家荘方の目印である白い羽根を一瞬で奪い取ると、鍾離老人に正体を明かして礼をいいつつ去って行きます。短打武生・趙永偉の面目躍如といったところ。

そして押し寄せた梁山泊軍が祝彪・祝虎に撃退される短い場は槍や剣での激しい立ち回りと体術の冴えが見られて溜飲が下がりますが、引き揚げてきた石秀が合流して撤退。

後半は、欒廷玉と面識のある孫立の一家が祝家荘に潜伏する内外呼応の計が話の中心となります。孫立と共に敵地に向かうのは、聡明で口のうまい義弟・楽和、間抜けで色黒の孫新、孫立の妻でおっとりした楽氏、牝虎にたとえられる女傑・顧大嫂。これらの性格の異なる役柄の違いを、短い会話の中で的確に印象づける脚本と演出が巧みです。そして、楽和は馬丁、孫新は侍従、顧大嫂は女中に扮するわけですが、ここでも大事なのは事前の練習。顧大嫂が楽氏に「奥方様」と呼び掛けるとおっとり楽氏は「また、からかって」と照れてしまうし、ちょっと頭のねじの抜けたところがある孫新は孫立のことを旦那様と呼ばなければならないのに兄貴としか呼べず、顧大嫂をやきもきさせます。

さて、首尾よく祝家荘に入った孫立一家、顧大嫂はただちに諜報活動に取り組み、案の定ドジをしかけた孫新の窮地も救います。顧大嫂の抜け目の無い目の動きが、いかにも「私はスパイです」という感じ。また、楽和は賭け事好きの祝老五に金を用立ててその歓心を買うことに成功しますが、一方、油断のならない祝小三は、楽和の手が白くてきれいだという二混子の何気ない言葉から楽和を怪しいとにらみ、かまをかけてきます。これを巧みにしのいだ楽和は、梁山泊軍と示し合わせた上で祝小三を陥れ、その職を解かせて、祝老五を後釜に据えることに成功。孫立も梁山泊軍と一戦切り結んだふりをして石秀を捕虜として祝家荘に引き入れ、牢屋に捕らえられている楊林や時遷たちと合流させます。そして翌日は祝朝奉の誕生祝、酒好きですきだらけの性格の祝老五をたぶらかすのは楽和にとってはいとも簡単なことで、とうとう城門を開け跳ね橋を下させます。最後は、雪崩を打って攻め込んできた梁山泊軍と守勢の祝家荘軍の激しい戦い。祝彪が振るう槍と複数の剣のきらめくような動きに、時遷の素手での立ち回り、そして刀を持った楽和は相手の槍の動きに乗って猛烈なスピードで回転し、迫力のある闘争シーンを見せてくれました。

喜劇かつミュージカル仕立て(?)の「徐九経昇官記」に続けて観たせいもあるのでしょうが、全体にストイックな台詞劇という印象が強く、さらに2時間余りの中にこれだけの多彩な人物とストーリーを盛り込むと筋を追うのに精いっぱいとなってしまった点があるのは否めませんでした。とはいえ、主要登場人物の性格分けは上手に書き込まれた戯曲という印象があり、特に石秀役の趙永偉の、文武両方に優れた演技と存在感の大きさにはひきこまれました。司鋅・黄占生の老優二人も味がありましたね。後は、最後の闘争シーンに「飛んだり跳ねたり」があればもっとよかったかな。何しろ、今回のフェスティバルの四演目の中で最も派手な立ち回りが含まれるのがこの「三打祝家荘」だったのですから、とことん突き抜けた立ち回りを見せてもらいたかったようにも思います。それにしても、紅軍の兵士たちはこの演目を、メモをとったりうんうんと頷いたりしながら学習したのでしょうか?だとしたら、演じる方もやりにくかったことでしょう……。

配役

石秀 趙永偉
楽和 徐孟珂
宋江 黄炳強
晁蓋
祝朝奉
魏積軍
鍾離老人 甄建華
楊林 趙永墩
祝小三 司鋅
祝老五 黄占生
李媽 呂慧民
李逵 劉海生
時遷 石山雄太

あらすじ

祝家荘の領主・祝朝奉と三人の息子は、武術師範の欒廷玉とともに梁山泊を掃討しようとしていた。折しも楊雄、石秀、時遷は梁山泊に加わるべく道を急いでいたが、時遷は祝家荘に捕われてしまう。梁山泊に到着した石秀たちから事情を聞いた晁蓋と宋江は祝家荘と一戦を交えることとするが、まず石秀と楊林を内情調査のため祝家荘に送り込んだ。石秀の意見に耳を貸さない楊林はすぐに怪しまれて囚われの身となるが、石秀は祝家荘の鍾離老人と懇意になり、迷路の秘密を教わって宋江の元に戻ることに成功する。祝家荘は手強く、さらに捕虜を捕られた梁山泊は内外呼応の策をとることとし、欒廷玉と旧知の孫立や、その義弟・楽和たちを祝家荘に送り込む。楽和は持ち前の社交術で祝家荘に内紛の種を蒔き、ついに正体を現して城門を開けさせると、梁山泊軍は祝家荘に攻め込む。