朝比奈 / 葛城

2009/02/20

国立能楽堂の定例公演で、狂言「朝比奈」と能「葛城」。

朝比奈

とにかくわかりやすく、楽しい狂言でした。まずは囃子方、そして後見が切戸口から入場。囃子方の配置は能と同じですが、笛と小鼓は橋掛リの方を向き、大鼓と太鼓はこれに向かい合う形で、いずれも舞台に直に座しています。そして、ごく短い笛の一吹きで次第の囃子となり、赤頭に武悪面、貧相な括袴で細い竹杖を持った閻魔王(若松隆師)が登場し、地獄の主閻魔王、地獄の主閻魔王、囉斎にいざや出でうよと気合の入った次第を語ると、後見による地取のリピートあり。そこで改めて、これは地獄の主、閻魔大王ですと自己紹介するのですが、狂言での「○○です」という言い方は、以前林望先生の解説で聞いた通り、下品な、かつ尊大・高慢な物の言い方です。そして、仏法が広まって人々が賢くなりみな極楽往生してしまうので、罪深い者が墜ちるべき地獄はすっかり飢餓状態(つまり構造不況)なものだから、今日は自ら地獄と極楽の別れ道である六道の辻まで出向いて、適当な罪人が通ったら地獄へ送ろうと考えていると語ります。ついで道行があって六道の辻に着き脇座前に座っていると、一声の囃子で登場したのは白衣・白鉢巻の死装束で背に七ツ道具を負い、太竹を杖に突いて見るからにいかめしい朝比奈三郎(山本東次郎師)。この朝比奈三郎というのは、鎌倉時代初期に和田義盛が幕府に反旗を翻して滅びた和田合戦で豪勇を示した武将なのですが、そうとは知らない閻魔王は人間の臭いにクシクシクシと鼻を鳴らして立ち上がります。

正先で朝比奈と一瞬向き合って、よしこいつが獲物だとばかりに閻魔王が正中で踏む足拍子は、座席まで響いてくるほど勢いのあるものでしたが、朝比奈はまるで動じません。朝比奈がおのれは何者ぢゃと問うのに答えて閻魔王が名乗ると、閻魔王のみすぼらしい様子に驚いた朝比奈は、娑婆では閻魔王と言えば辺りも輝く体と聞いていたのにそうは見えないなと凄く失礼なことを言います。しかし閻魔王は、昔はそうだったんだけど近頃は……と不況の現状を解説し、気を取り直してもうひと責め、朝比奈を責めようとします。朝比奈の後ろに回り込み、杖を背中について押してみたり、反対側から足の下に杖を差し入れて梃子のように持ち上げようとしたりしても効きません。目付柱の前で一度はがっくり項垂れた閻魔王は、とうとう朝比奈の杖突く太竹にしがみついてなんとか動かそうとするのですが、朝比奈が太竹を振るうともんどりうってしまいます。やっと相手が朝比奈三郎であることを知った閻魔王は、ここで諦めては地獄の名折れと三たび責め、杖を魔女が空飛ぶときに使う魔法の箒のように股にはさんでこちへ来い、こちへ来いと揚幕前まで誘うのですが、最後はまたしてもひっくり返されて舞台上を前転。脇座に座り込んだ閻魔王は、正味ではあはあと息を荒くしていました。このあたりで地謡四人が切戸口から入場し、囃子方の後ろに並びます。

もはや戦意を失いつつも、行きかけた朝比奈にせめてものこと和田合戦の物語りを求めた閻魔王は、朝比奈から床几を持てと言われて葛桶に座り聞く態勢に入ったところ、朝比奈に突き飛ばされて座を奪われてしまいます。どこまでもかわいそうな閻魔王……。それでも朝比奈の戦物語りは勇壮で面白く、時折どん!と足拍子が入ると閻魔王は両耳を塞いでびっくりしてはいるものの、ついつい話に引き込まれてホーンと間の手を入れたりしていました。ところが興が乗った朝比奈が、戦のクライマックスで五十嵐小文治をつかまえて……というところで聞き入っていた閻魔王の首根っこをつかまえ、右に左に引き回し、とうとう投げ捨ててしまいます。閉口してもう聞きたくないという閻魔王に朝比奈は、それならば浄土への道しるべをするかと要求。閻魔王に極楽への案内を求める朝比奈もどうかと思いますが、当然これを断った閻魔王を朝比奈は睨みつけ、地謡が朝比奈腹に据ゑかねてと謡うのに合わせてびくびくしながら立ち上がった閻魔王に七ツ道具を結びつけた太竹を担がせると、閻魔王はよろよろと揚幕へ退場。そして朝比奈は、常座で華麗な旋回を見せて浄土へとてこそ急ぎけれで留拍子を踏みました。

葛城

雪深い葛城山中が舞台。葛木山は大和の国にあり、役小角が修行した修験道の霊場です。まず登場したのは、出羽の羽黒山から吉野の奥にある大峰を目指すワキ・山伏(殿田謙吉師)とワキツレ二人。次第の詞章は神の昔の跡とめて、神の昔の跡とめて、葛木山に参らんですが、この跡とめてあ〜ととめてと、味わい深い抑揚をつけて謡われます。ワキ一行が葛木山に着いたところで雪に降られ、岩陰でやり過ごそうとするところへ、揚幕を持ち上げ鏡ノ間の中から前シテ・里の女(宇高通成師)がなうなう山伏達は何方へおん通り候ふぞと細く震えるような声で呼び掛けました。ワキと問答を交わしながら橋掛リに現れたシテは、白い水衣に白い雪綿で覆われた笠をかぶり、雪の山中のイメージが広がります。シテはワキ一行を庵に誘い、ワキと共に笠は重し呉山の雪、沓は香ばし楚地の花と抑揚を合わせて謡いますが、この楚地の花や続く地謡の不香の花を手折りつつも雪のたとえで、白雪に覆われた山道の情景描写が美しく展開するところ。

やがて柴の庵に着き、シテがこれに標(しもと)の候ふを焚きて、おん篠懸を乾させ参らせ候らはんと言うのを聞いて「標」の名の由来の問答が始まり、古き大和舞(雅楽のひとつ)の歌として古今和歌集に載る「標結ふ葛城山に降る雪の 間なく時なく思ほゆるかな」を引いての地謡を聞きつつ、シテは脇座に下居するワキの前に枝を置き扇で煽いで火を熾す形。ここからは舞グセとなり、扇をかざしてのひとしきりの舞の後、正中に着座します。そうこうするうちに夜になったため、勤行を始めようというワキに対してシテはついでに自分のためにも祈り加持してほしい、この山の名にし負ふ、蔦葛にて身を縛めて、なほ三熱の苦しみあり、この身を助けおはしませと懇願して、自分は葛城の神の尽きぬ苦しみの姿であるとほのめかして、神隠れ=中入となってしまいます。

ここで、先ほどからアイ座に控えていたアイ・里人が進み出て、ワキの尋ねに応じ、葛城明神は役小角に葛城山と大峰山をつなぐ岩橋を架ける仕事を命じられたものの、醜い容貌を恥じて夜しか仕事をできなかったために成就せず、役小角の怒りを買って蔦葛に縛られたという故事を語ります。

ワキとワキツレは立ち上がって向かい合い上歌を謡い、さらにワキは正面を向いて合掌して、これも抑揚の特徴的な一心敬礼を唱えると、太鼓のリズミカルな出端の囃子に乗って後シテ・葛城の神が現れました。後シテは、頭上に紅葉した蔦葉を飾った天冠を戴き、面は増。光沢のある長絹に緋大口。右手には紙垂をつけた榊の枝を持った、たいへん気高い姿をしています。しかし、設定としては醜い容貌に強いコンプレックスを持っている模様。そのまま常座に出たシテは勤行にいそしむワキと掛け合い、月明かり、雪明かりで顔が見えることをいったんは恥じるものの、気を取り直し神楽歌始めて、大和舞いざや奏でんと舞い始めます。通常はここに序之舞が置かれますが、今日は《神楽》の小書によって神楽が舞われます。この神楽は、極めて強い大鼓と太鼓&小鼓とが交互に掛け合うリフレインの上にひゃら〜りと笛が奏され、両手を広げ、榊を振り、あるいは袖を返しつつ舞台上を縦横に巡って……とたいへん動きの大きな、美しい舞。囃子方の高揚とシテの神遊の舞の素晴らしさに聴いているこちらも心が踊る思いで舞台上にどこまでも引き込まれていきますが、さらに地謡の高天の原の岩戸の舞を受け、《神楽》の際に挿入されるという短い破之舞となって、シテは揚幕前まで下がってひとしきり舞った後、左袖を頭上にかざして一気に橋掛リから舞台の正先へ進出し、いったん下がって拍子を踏みました。そして最後の地謡に入り、シテは面なや面はゆやとワキを覗き込んで、榊を左肩にして顔を隠す形。橋掛リを下がり、揚幕の前で振り返って拍子を踏み、袖を頭上に担いで岩戸の内にぞ入り給ふと後ろ向きに揚幕の内に下がっていきました。これをワキは脇座から一歩進んだところで合掌の姿で見送り、最後に太鼓の留撥で終曲。

さて結局のところ、葛城明神の「三熱の苦しみ」は癒されたのでしょうか?修羅物などの最後によくある、法の功徳によって成仏がなった、といった昇華の筋立てにはなっておらず、結局は身を恥じて岩戸に隠れてしまいました。「三熱の苦しみ」とは元来、龍や蛇が受ける三種の熱苦。一は熱風や熱砂が皮肉や骨髄を焼き、二は悪風吹き荒んで居所・衣飾を失わせ、三は金翅鳥に襲われて子をも奪われること。しかし解説によれば、中世の神仏習合思想では転じて「神が人間に代わって受ける苦しみ」をさすのだそうで、葛城明神は罪深い人間に代わり、自ら緊縛の責めに遭い続けることによって、身をもって菩薩道を実現している、というのがこの能における「三熱の苦しみ」の真意なのだとか。とすれば、いっときの供養と舞に苦しみを和らげられはしたものの、葛城明神はこれからも葛の縛めを逃れることなく、苦しみを負い続けなければならない定めにあるのでしょう。

ところで「葛城」では、最後にシテが揚幕の中へ後じさりにしずしずと下がろうとするところで拍手をしかけた方がいましたが、これはもちろんマナー違反。まだ能は続いているのですから。能において拍手はしてもいいのか、するとすればどこでするのか、については、「能楽師・柴田稔 Blog」(2006年11月27日)に記されていることが参考になるでしょう。ちなみに私もこのブログを読むまでは、拍手はどうすればいいんだろう?と思っていましたが、今は拍手をせず、なるべく余韻に浸りたいと思うようになりました。それだけに、囃子方が引き揚げる途中、つまりまだ舞台上が無に帰していないうちに帰り支度を始める音が客席から響き出すと(この日もそうだったのですが)とても残念な気がします。

配役

狂言(大蔵流)「朝比奈」 シテ・朝比奈三郎 山本東次郎
アド・閻魔王 若松隆
地頭 山本則俊
 
能(金剛流)「葛城 神楽 前シテ・里の女
後シテ・葛城の神
宇高通成
ワキ・山伏 殿田謙吉
ワキツレ・山伏 舘田善博
ワキツレ・山伏 野口能弘
アイ・里人 遠藤博義
主後見 松野恭憲
地頭 今井清隆
一噌幸宏
小鼓 幸正昭
大鼓 白坂信行
太鼓 前川光長

あらすじ

朝比奈

このごろ仏法が広まり人々が賢くなって、みな極楽往生してしまうため、地獄はすっかり干上がってしまう。困った閻魔王は、地獄と極楽の別れ道・六道の辻で亡者を待ち受けるが、そこにやってきたのは怪力無双で知られた朝比奈三郎。閻魔が躍起になって追い落とそうとしても、少しも動じない。あきらめた王が、朝比奈が名を挙げた和田合戦のありさまを尋ねると、この武勇談でさらに勢い込んだ朝比奈は、閻魔王に極楽への道案内をさせる。

葛城

雪深い葛城山中で道に迷った山伏一行は柴採りの女人に助けられるが、谷間の庵で山伏をもてなす女は「三熱の苦しみを助けてほしい」と訴えると、自らは葛城明神であるとほのめかし、消え去る。夜、山伏の供養に引かれて出現した葛城明神は大和舞を舞い奏でるが、夜明けが迫るとともに身を恥じて岩戸に隠れてしまう。