振鉾 / 青海波

2009/02/11

国立劇場で、舞楽「振鉾 《一節・二節・三節》」及び「青海波 《序「輪台」》《破「青海波」》」。

雅楽の演奏に舞が合わさったものが舞楽で、中でも「青海波」は『源氏物語』の「紅葉賀」に光源氏と頭中将が舞う場面が出てくることで有名です。ただ、篳篥の東儀秀樹がポップスの世界に出たことで雅楽はずいぶん身近な存在となったとはいうものの、それでも雅楽をちゃんと聴く機会というのはなかなかありません。そこで、たまたま国立劇場で右のチラシを見つけたのを機にチケットを買い求めたのですが、実はこの「青海波」の舞を入れての通し上演は明治19年以来約120年振りのことだということは、当日会場でパンフレットを読んで初めて知りました。

国立劇場大劇場に入ると、まず舞台上の左右に聳える巨大で装飾的な太鼓の姿にびっくり。よく見ると左右はデザインが異なっており、左の太鼓は三巴、朱や緑、青の彩りも美しい装飾は龍で、上の日輪は金。右の太鼓はそれぞれ二巴、鳳凰、銀。太鼓の隣には、鉦鼓も置かれていて、初めて見る私にはこれだけでもう雅楽ワールドに足を踏み入れた気分。舞台の中央には、朱塗りの高欄で囲まれ緑の布を敷いた舞台もしつらえられており、その後方には楽人が演奏する楽屋も一段高く設けられています。

振鉾

「振鉾えんぶ」は、舞楽上演に先だって場を清めるために行われる舞で、もとは周の武王が殷の紂王との戦いに際し黄鉞・白旄を持って戦勝を祈願した姿を舞に残したものと言われています。まず楽人が登場し、客席に一礼して着席。楽人も左右に分かれており、《一節》は紅袍を右肩袒(かたぬぎ)とした左方の舞人が左から登場し、舞台に登ると左側の楽人の笛に乗り、金鉾をもってひとしきり舞ってから降台。続く《二節》は銀鉾を持つ緑袍の右方舞人の舞、そして《三節》は二人の舞人が同時に登場し、舞台の上で交差するように進んで位置についてから、左右両方の楽人の合奏で連れ舞となります。鉾を斜めに構え、首を素早く振って鉾先を見やる仕種などがいかにも様式的。また左右の太鼓の音はずしんと腹に響く迫力のあるものでした。

「振鉾」は15分ほどで終わり、いきなりここで15分間の休憩。メインの「青海波」は80分かかります。

青海波

唐から伝来した曲で、序の「輪台」、破の「青海波」の二曲を合わせて一曲とするもの。『源氏物語』の中には

木高き紅葉の蔭に四十人のかひしろいひ知らず吹き立てたる物の音どもにあひたる松風、まことの深山おろしと聞こえて吹きまよひ、色々に散りかふ木の葉の中より、青海波のかかやき出でたるさま、いと恐ろしきまでに見ゆ。

とあって四十人もの垣代が斉奏するさまが描かれており、折々の天皇家もこの豪華な「源氏物語に描かれた青海波」を再現することでその権威を示したことがパンフレットの解説に記されていますが、現代の宮内庁式部職楽部ではそれだけのスケールは出せないため、今日の上演は簡易版。それでも、左から笛、篳篥、笙各四人を一番右の鞨鼓が率いる管方が居並び、光がさしてくる様子を示す笙の持続和音に強い動きを示す篳篥や笛が重なる中を、盛装した舞人六人、垣代舞人四人、垣代楽人四人が歩み寄って舞台の周りを回る(大輪)さまはたいへんに豪勢です。垣代の方の楽器構成は、管方の前に左から笛、篳篥、笙、舞師。その一列前は箏二人と琵琶二人。また、舞台下手の太鼓と鉦鼓も使用されますが、それらの中に眼鏡をかけている人が多いのが意外と言えば意外。伝統芸能で眼鏡というのはかなり違和感がありますが、楽人の場合は特に規制もない様子です。

さて、まず「輪台」は紅袍の四人の舞人によるゆったりと雅びな舞。袍の袖を掲げ、あるいは足を摺り上げる動作に終始します。琵琶や箏も奏されますが、生の琵琶の音を聞くのはこれが初めてですが、意外に大きな音量でした。ひとしきり舞った後に垣代の二列目最も上手に座っている舞師が漢詩を歌う「詠」となります。

千里万里礼拝 奉勅安直鴻臚

……舞人も楽人も一切の動きを止め、この詠に聞き入る形になりますが、聞こえてくるのは今にも死んでしまうのではないかと心配になるほどか細いかすれ声。詠には一音ごとに抑揚が決められているのですが、知らない人が聞けば、命が尽きかけて声が震えているのだとしか思えないでしょう。ともあれ、詠が終わって舞師が合図すると笙が再び音を奏で、舞が舞われます。最後には舞人が横一列に並び、順次下がって、続いて「青海波」となります。

「青海波」は右肩を袒いだ緑袍の舞人二人で舞われますが、舞人がかぶっている甲の形が「輪台」とは異なっており、それは先日観た能「源太夫」で源太夫の神がかぶっていたものと同じ形でした。二人の舞は、袖をはためかす腕の動きも拍子を踏む足の動きも「輪台」のそれに比べてよりダイナミックかつリズミカル。例によって途中に息も絶え絶えの詠が入るものの、舞と楽とが一体となったパフォーマンスが展開し、最後に舞台上で正面を向いた舞人が右膝をつき左袖を前にかざした姿で舞を終えると、舞人及び垣代は管方の演奏に乗って再び舞台の周りを回って退場し、やがて管方の演奏も終了となりました。

初めての雅楽は、想像していた通り他の古典芸能とはひと味もふた味も違って、悠久の時を感じさせる不思議な世界でした。ただ、あまりに悠久すぎてどこが見どころ聴きどころなのかよくわからなかったのも事実。雅楽の舞は型の美しさにポイントがあり、何らかのストーリーがあるわけではないという点も、私が日頃親しんでいる他の舞台芸術との顕著な違いであり、鑑賞上の戸惑いを感じた理由かもしれません。それでも、「越天楽」はじめ未体験の著名な曲もいくつかあるので、機会を得てもう少し雅楽体験を積んでみることにしようと思います。