ギリシャの踊り / 中国の不思議な役人 / ボレロ(東京バレエ団)

2009/02/10

2月7日に引き続いて、東京バレエ団によるモーリス・ベジャール追悼公演の最終シリーズ「ベジャール・ガラ」。前から6列目というおそろしく舞台に近いところに席をとれた今日の自分のテーマは、上野水香の「ボレロ」がどこまでシルヴィ・ギエムに肉薄できるか……でしたが、結論から言うと「ボレロ」は勝負にならず(上野水香が悪かったわけではなく純粋にオーラの違い)、一方初めて観た「中国の不思議な役人」が想定外の見ものでした。

ギリシャの踊り

まず最初は、もうおなじみの「ギリシャの踊り」から。この作品はいつ観ても感動しますが、今回とりわけ素晴らしかったのは、パ・ド・ドゥでの吉岡美佳さん。細かいことを言えば、止まるべきところで彫刻のようにぴたっと静止してほしいところが決まらなかったりもしていたのですが、とにかく上品で豊かな表情としなやかなダンスで、このパートのピアノ曲がもつかわいらしさや乙女の心の動き(喜びであったり恥じらいであったり)を十二分に表現しきっていました。

ソロの中島周は精悍な表情と一切の無駄を削ぎ落とした体躯で雰囲気を作り、身体の軸がぶれない回転は見事だったのですが、シューズがきゅるきゅるとひっかかる感じで今ひとつ観ていて乗れず、ジャンプから降りるときにもドシン!と派手な音をたてていたのが気になります。そして、昨年5月に後藤晴雄のソロで観たときと同じ不満を覚えましたが、私の方がもういい加減自分の中からミシェル・ガスカールの残像を取り除くべきなのかもしれません。

ただ、それにしてもテープ演奏の音質の悪さには正直閉口しました。特に娘たちの踊りのパートで低い打楽器が連打されるところは、音が潰れて音楽になっていません。テープが悪いのか、再生環境が手抜きなのか、その両方なのかでしょう。

中国の不思議な役人

これは初めて観ましたが、第一印象は「これは子供たちに見せてはいけない」でした。

舞台上には、打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた、阿片窟を連想させるような暗い広場?部屋?スモークと印象的なライトとで頽廃と犯罪の香りがたちこめます。最初の無頼漢たちの群舞で、前屈みになって両手を垂らし左足を真横に高く上げるポーズが印象的で、これは「ウエスト・サイド・ストーリー」の邪悪版という趣き。そうした中に登場する主要人物は、ダブルのスーツで中国マフィアの雰囲気ぷんぷんの首領・後藤晴雄とキレかけた目を見せる女装姿の首藤康之で、どうやら女は首領の命じるままに客をとり、金を巻き上げる役目を負わされている様子です。まず、ベレー帽に眼鏡、鼻髭の品のいい若い男が女の虜になり、最後は財布を奪われて追い返されてしまいますが、この「若い男」がなぜか井脇幸江さん。倒錯の構図が際立ちます。さらに、どういうわけかジークフリートが神話の世界から抜け出てきたような姿で登場しますが、これもひとしきり女と交わった後で舞台から姿を消してしまいました。

そこへ、人力車に乗って現れたのは、単色の人民服に赤い星の帽子をかぶり、まるで感情のないロボットのような表情の役人=木村和夫。この役人の印象は強烈で、最初は女の誘惑に乗らず座禅などをしたりするものだから女は怒ったり首領に救いを求めたりするのですが、首領はあくまで女を道具としか見ておらず、自分で何とかしろという風。しかし、女と役人との絡みの中で女が帽子を奪って投げ捨てたあたりから役人の女への執着が始まり、それが行き過ぎて無頼漢たちにリンチにあったり、役人の執着に呼応するように感情を高ぶらせていった女にナイフで刺されたり、首領が手にするロープで絞首刑に合わされても、彼の執着心が消えることがありません。こういう非現実的な描写には、木村和夫の端正な顔と身体が実に効果的にマッチしています。黒い下着姿がセクシーな女たちによる癒しもきかず、死にたくても死ねなくなった役人の前に、女は憐憫の表情で金髪のウィッグを投げ、役人は静かにのしかかって「牧神」ムーヴで果てて、ようやくその動きを止めました。

もともとこの作品は、ハンガリーの劇作家レンジェル・メニヘールトの台本にバルトークが曲をつけた1幕のマイム劇。宦官である中国の役人が機能を持たないにも関わらず女性を愛そうとし、殺されようとしても死ねず、最後に女が役人を抱きしめたときにようやく死ぬという退廃的なストーリーをもった作品で、日本ではかつて寺山修司もとりあげています。そしてこちらのベジャール版は、エキセントリックな女を演じた首藤康之、血も涙もない悪の貫禄を見せた後藤晴雄、憑かれたような動きが不気味だった木村和夫といずれもぴたりとはまった配役を得て、非常にシアトリカルな、不気味だけれどもう一度見たくなるバレエ(?)でした。

ボレロ

3日前のシルヴィ・ギエムの印象があまりに強かったため、赤の丸テーブルの上に立つポニーテール姿の上野水香の動きが、どうしても小さく見えてしまいます。実際、何ものかを抱え上げるようにして跳ぶ場面でも高さが出なくて音楽のリズムに合わず、彼女の得意技である左脚でのグランド・スゴンドもそれ自体は美しかったのですが静止が長過ぎて直後の動作がばたばたしてしまいました。そして何より「ボレロ」は、テーブルの上で踊るメロディと周囲を取り囲むリズムの関係性が、誰がメロディを踊るかによって変わってくるのが面白いところなのですが、今日はメロディとリズムとの相互作用があまり感じられません。

しかし、クライマックスのポーズ、ジョルジュ・ドンの場合で言えば胸の前に両腕でV字を作るところで、シルヴィ・ギエムや上野水香の場合は左右に180度開脚してテーブルの上に腹這いになりあごの下に手を組むのですが、このときの彼女の目の表情や肩のラインは一瞬はっとするほど蠱惑的。引き続いてブリッジからきれいに起き上がる姿も隙のない美しい動きで、この一連の動作を見ることができただけでも、この日のゆうぽうとに足を運んだ甲斐はあったと言えるかもしれません。

キャスト

「ギリシャの踊り」 二人の若者 長瀬直義 / 横内国弘
パ・ド・ドゥ 吉岡美佳 / 平野玲
ハサピコ 奈良春夏 / 柄本武尊
ソロ 中島周
パ・ド・セット 西村真由美 / 乾友子
佐伯知香 / 田中結子 / 森志織 / 吉川留衣 / 阪井麻美
「中国の不思議な役人」 無頼漢の首領 後藤晴雄
第二の無頼漢 - 娘 首藤康之
ジークフリート 柄本武尊
若い男 井脇幸江
中国の役人 木村和夫
「ボレロ」 上野水香
平野玲 - 松下裕次 - 長瀬直義 - 横内国広