塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

二人三番叟 / 口上 / 義経千本桜 / お祭り / 七つ面 / 恋飛脚大和往来 / 弁天娘女男白浪

2009/01/25

歌舞伎座が豪華配役によるフルコースなら、こちら新橋演舞場の「初春花形歌舞伎」は海老蔵丈+獅童丈+澤瀉屋一門を左團次丈が貫禄で支える構図です。

二人三番叟

まずは千歳、続いて翁之舞ですが、先日の富十郎丈の翁とは異なり、面を掛け、詞章は全て竹本に委ねて厳かに舞いました。なおこのうち鳴るは滝の水の詞章は、このところ通勤の電車内で読んでいる『平家物語』の中で清盛の葬送の夜に

六波羅の南にあたッて、人ならば二三十人が声して、「うれしや水、なるは滝の水」という拍子を出してまひをどり、どッとわらふ声しけり

とあり(巻第六 築島)、解説にはこれは「延年舞」の歌詞であると記されていましたが、延年と猿楽のどちらが起源かというと諸説ある模様。それはともかく、タイトルの通り、三番叟を二人で踊るところがこの演目のポイントで、何しろ身体能力の高さが売り物の澤瀉屋のこと、デーモン小暮閣下そっくりの市川右近丈と猿弥丈の三番叟は轟音の足拍子で揉みの段から入りますが、一つ一つの所作が気持ち良いくらいにびしびしと決まって惹き付けられます。ついで黒式尉の面を掛けてひとしきり舞ったのち、さらに面を取って物凄い運動量の舞を舞い続けるのですが、徐々におかしなことになってきて、片方が疲れてよれよれになってくるともう一方が「しっかりしてくれよ」といった顔で鈴や足拍子で励ますものの、疲れた方は柱に寄りかかったり、ついには帰ろうとしたり。それを励ましなだめ、それでも最後は二人でしっかりと舞い納めました。神聖とされている「翁」に由来する三番叟をこんなにコミカルにしていいのかな?という疑問もないわけではありませんが、正月だからいいか……。

口上

江戸三座(中村・市村・森田)で初春の儀式として行われた「仕初め」では、狂言名題や役人替名を記した巻を座頭が読み上げていたそうで、このときに成田屋の俳優に限っては「にらみ」を見せることができたそうです。今回の「口上」はこの「仕初め」を一幕にしたもので、裃姿も凛々しく登場した海老蔵丈、えへんと咳払いの後に朗々と巻を読み上げ、ついで背後の障子が開いて遠近感がデフォルメされた座敷が広がると、肩を脱ぎ三方を左手で捧げ、右肘をぐっと張って気合もろともにらみます。これでこの一年、無病息災となるでしょうか?三階席、それも左端だったから御利益が薄いかも。その三階席左端であったことを悔やんだのが、次の「義経千本桜」です。

義経千本桜

三段目、いがみの権太を主人公とする「木の実」「小金吾討死」「すし屋」の場です。新橋演舞場は、花道の様子はこの席でもモニターで見られるようにしてくれているのですが、舞台下手はそうした工夫がありません。そしてこの芝居では、例えば「木の実」で小金吾が刀を抜きかかるのを権太が足で止める有名な見得や、「すし屋」での首実検の際の権太の緊張、身代わりに差し出す女房・倅の顔を上げさせる極まり、こいつ、小気味の良い奴という梶原の台詞など、じっくり表情を見たい場面がことごとく下手で行われるのです。やっぱり、チケット代をケチってはいけないということですね。ともあれ、海老蔵丈の権太は江戸系の菊五郎型、粋な小悪党という設定ですが、随所に海老蔵丈らしい台詞回しが聞かれて、よくも悪くも何をやっても独特の味。「木の実」で小金吾をはめる場面では、ねえぞねえぞ……とひとしきり騒いでから、一息おいて旦那、御冗談なすっちゃいけませんと最初卑屈に入る具合がなんともイヤな奴。それが「すし屋」で父に刺され、虫の息で本心を表わし、女房・倅を縛るときにいかな鬼でも蛇身でも、これえられたものじゃねえたまったもんじゃ……ではない)と血を吐くような告白になるところでは感情移入させられました。獅童丈の梶原は、やっぱり貫禄という点ではいまひとつ。これまで観てきているのが富十郎丈だったり我當丈だったり段四郎丈だったりしましたから、比較はちょっと酷かもしれません。

お祭り

清元に乗って華やかな歌舞伎舞踊の一幕。最後に打ち揃って客席に手ぬぐいを投げ入れるのですが、海老蔵丈は大遠投で三階席に届かせて喝采を浴びていました。

七つ面

夜の部の出だしは、歌舞伎十八番「七つ面」。赤富士の背景、上手に紅梅、下手に白梅、海老蔵丈の面打ち師赤右衛門。翁、猿、荒事の若衆、公家荒、関羽、般若、恵比寿の七つの面を巧みにとっかえひっかえ、翁之舞から猿の形態模写、関羽と般若の痴話げんかまでテンポよく舞って、最後は面打ち師仲間が集まって七福神に見立てた勢揃い。歌舞伎十八番にしては荒事の色彩がなく、洒落た一幕でした。なお、ちょうどこの月は国立劇場で團十郎丈が「象引」を演じており、昭和50年代以来上演が絶えていた歌舞伎十八番の演目を親子それぞれが復活させるということで話題を集めました。

封印切

「すし屋」の梶原ではいまひとつだった獅童丈でしたが、「恋飛脚大和往来」の「封印切」で初役の忠兵衛は大チャレンジ。藤十郎丈の芸を頂点とする近松丸本物の和事歌舞伎に獅童丈がどう取り組むのかと興味津々で観て、そして最後は獅童丈の意気に喝采でした。裏にひっくり返ってかすれ気味の声で、おまけに慣れない上方言葉ではどうなることかと最初は思っていましたが、第三場・元の井筒屋で八右衛門に追い詰められていくところから忠兵衛の性格の弱さが自分と梅川の身の破滅へとつながっていくプロセスをしっかり見せて、ことに懐の中で金包の封が切れているのに気付きぶっと吹いて動揺したものの、もはやこれまでと観念して次々に封を切り、小判をぶちまけていく場面は鬼気迫るものがありました。その後、忠兵衛がおえんにこれまでの厚意を謝してそれとなく別れを告げるところも泣かせます。幕切れは忠兵衛と梅川が手に手をとって、ほとんど足腰立たぬ風で花道を下がっていきました。

しかし、この場を支えたのは何といっても八右衛門を演じた猿弥丈。いかにも上方の嫌みな金持ちという感じで、仲居たちにまでぞんざいにされてげじげじの八っさん、燗冷ましの八っさん、あぶら虫の八っさん、総スカンの八っさんなどと揶揄されても大して応えた様子もなく、おえんが井筒屋ではネズミまでが忠さんと言うと忠兵衛に肩入れするとネズミがニャーニャー言うかい!と反撃。このへんのコミカルなやりとりも最高ですが、八右衛門のあることないこと取り混ぜた悪口雑言にこらえきれなくなった忠兵衛が階段から下りてくるとあっ!忠兵衛と仰天していったんは低姿勢になりながら、梅川の身請けの金を用意できない忠兵衛を徐々に追い込み、ついに金のないのがお前の因果や、このド甲斐性なしめ!と本性を現して忠兵衛を封印切に追いやるところなどは「そうだそうだ」と思わず拍手したくなるほど。

なお、ふと筋書の後ろの方を見てみたらこの演目の英文解説が載っていましたが、タイトルはなんと「The Courier For Hell」!言うまでもなく、歌舞伎「恋飛脚大和往来」の原作となる近松の浄瑠璃「冥途の飛脚」に由来する英訳ですが、「封印切」の「Breaking the Seals」は直訳だからいいとして、「Hell」の方は事情を知らない外国人が見たら怪談物かと思われるのではないでしょうか。

また梅川の身請金は250両とありますが、これは今のお金に直したら1両=8万円とすればだいたい2000万円といったところ。忠兵衛は最終的に300両を畳の上にぶちまけていますから2400万円、大したものです。しかしそうすると、「木の実」で権太が小金吾に言いがかりをつけた革篭の中の祠堂金も「弁天娘女男白浪」で弁天小僧たちが浜松屋から受け取った膏薬代も20両ですから160万円くらいで、ちょっと高過ぎるような気がするのですが……?

弁天娘女男白浪

海老蔵丈が弁天小僧を演じるところが眼目ですが、浜松屋の女装の件は……やっぱり菊之助丈で観たいかも。海老蔵丈だとドスが効き過ぎ。知らざぁ言って聞かせやしょうには大向こうから「待ってました!」「成田屋!」と掛け声が飛びましたが、浜の真砂と五右衛門が……以下の厄払いでの台詞は、鼻に抜け時に裏返る海老蔵丈特有の語り調子ではなく、黙阿弥の美文をリズムに乗せてそのままに語らせてほしいところです。獅童丈の南郷力丸はこれということもないのですが、左團次丈の玉島逸当実は日本駄右衛門が煙管をかちかちとやる音を合図に弁天小僧に切り上げを促す場面、タイミングが合わずうまく芝居が渡っていないように感じました。しかし、稲瀬川の勢揃いと名乗りはこの三人に段治郎丈・春猿丈を加えて白浪五人男の面目躍如。そして大詰の極楽寺屋根立腹の場でのダイナミックな殺陣、悲壮感溢れる立腹からがんどう返しと見どころが続いて、最後は山門上で貫禄を示す日本駄右衛門と対峙する青砥左衛門藤綱を海老蔵丈が二役で勤める贅沢に、客席も大喜びでした。

配役

二人三番叟 三番叟 市川右近
三番叟 市川猿弥
附千歳 市川弘太郎
千歳 市川笑也
市川段治郎
口上 市川海老蔵
義経千本桜
木の実・小金吾討死・すし屋
いがみの権太 市川海老蔵
梶原平三景時 中村獅童
若葉の内侍 市川笑也
女房小せん 市川笑三郎
娘お里 市川春猿
主馬小金吾 市川段治郎
母おくら 市川右之助
弥助実は三位中将維盛 市川門之助
鮓屋弥左衛門 市川左團次
お祭り 鳶頭 市川海老蔵
鳶頭 中村獅童
鳶頭 市川右近
鳶頭 市川猿弥
鳶頭 市川段治郎
芸者 市川春猿
芸者 市川笑三郎
芸者 市川笑也
芸者 市川門之助
七つ面 元興寺赤右衛門 市川海老蔵
恋飛脚大和往来
封印切
亀屋忠兵衛 中村獅童
傾城梅川 市川笑三郎
槌屋治右衛門 市川寿猿
丹波屋八右衛門 市川猿弥
井筒屋おえん 市川門之助
弁天娘女男白浪 弁天小僧菊之助 市川海老蔵
青砥左衛門藤綱
南郷力丸 中村獅童
鳶頭清次 市川右近
忠信利平 市川段治郎
赤星十三郎 市川春猿
浜松屋幸兵衛 市川右之助
日本駄右衛門 市川左團次

あらすじ

義経千本桜

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恋飛脚大和往来

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弁天娘女男白浪

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