祝初春式三番叟 / 俊寛 / 十六夜清心 / 鷺娘 / 壽曽我対面 / 春興鏡獅子 / 鰯賣戀曳網

2009/01/17

今年最初の観劇は、2010年の建て替えに向けて16ヶ月にわたり続けられる「歌舞伎座さよなら公演」の第一弾、壽初春大歌舞伎。

特徴的な外観で外国人観光客にも人気の高い歌舞伎座の建物も、戦災を経て昭和26年1月に再開場して以来既に58年。このため来年の四月興行後建て替えられることになったそうです。新しく建てられる歌舞伎座の外観については、現在の外観を活かしたいという松竹の当初案に対して石原都知事から「銭湯みたいで好きじゃない」といちゃもんがつき、それを踏まえて発表されたガラス張り縦格子の案に対して今度は歌舞伎ファンの一部から「雰囲気台無し」などと否定的な意見が飛び交っていて、まだ紆余曲折がありそうです。うーん、確かに右図の案はビミョーですが、これはこれですっきりしていて悪くないかも。それよりも、座席のサイズを大きくすることと、客席の角度を強くして三階席からでも花道が見えるようになってくれて、中の売店でお客さんにがさがさうるさいビニール袋を渡さないようになれば、私は文句は申しません。

閑話休題。

祝初春式三番叟

この日最初の演目は、一年の始めを言祝ぐにふさわしい「祝初春式三番叟」。能楽の正式な上演形式である五番立では冒頭に神聖な祝祭芸能である「翁」が置かれることになっており、古くは翁と父尉と三番で式三番が舞われていたのですが、鎌倉時代には延命冠者がふえ、露払いの千歳の舞も加わり、後に父尉と延命冠者が省かれて現在の姿になったのだとか。私は能楽の「翁」はまだ拝見したことがないのですが、歌舞伎で演じられる「祝初春式三番叟」は、数ある三番叟物の中でも「翁」の姿を最も色濃く残していると、筋書の解説に書いてありました。松羽目の美しい舞台にまずは後見の錦之助丈、松江丈が現れて一礼。続いて富十郎丈の翁、松緑丈・菊之助丈の千歳、梅玉丈の三番叟が、いずれも厳粛な雰囲気の中に登場して、直面(ひためん)の富十郎丈の朗々たる第一声とうとうたらりたらりら / たらりあがりららりとう。この詞章の由来には、河口慧海のチベット語説やら法華五部九巻書説やらあるものの、私が観能のアンチョコとしている『林望が能を読む』によれば

古くはドウドウタラリ……と濁って謡っていた。これは、ドンドンという太鼓の音とオヒャラーリというような笛の唱歌の真似であって、ごく単純にいえば、芸能団の乗り込みの前触れとでもいうべきものだから、別段ムツカシイ呪文などではない

とのこと。それはさておき、翁が萬歳楽と舞い納めると、背後に控えている長唄連中も地謡風に低音で共鳴。翁の退出後は三番叟の揉みの段、千歳たちの踊り、三番叟の鈴の段と賑やかに続きますが、いずれの舞にも品格が感じられ、神聖なる一幕となりました。

俊寛

正月向きかどうかは別として、私の大好きな演目。今までにもいろいろな配役で何度も観ていますが、今日の幸四郎丈の俊寛も泣けました。思い切っても凡夫心、遠ざかっていく赦免船に迷いを生じた俊寛がおお〜い!と渾身の叫び声で呼び掛けると、その迫真の姿に沸き上がる拍手。島が回るにつれ浪布が次々に引き剥がされて、幕切れの放心と沈黙とで、絶海の孤島に取り残された俊寛の孤独が心に痛いほど滲みてきました。なお、彦三郎丈の瀬尾は、もっと憎々しいとよかったかも。芝雀丈の千鳥が鄙の海女らしく、かわいかったですね。武士はもののあはれ知るといふは偽り、虚言よ。鬼界ヶ島に鬼はなく、鬼は都にありけるぞや。これまで、「俊寛」を一幕で完結した芝居として観てきた私には、千鳥のクドキやら俊寛と瀬尾の争いへの千鳥の参戦(?)やらが俊寛の悲劇性を薄めるような気がして少々うとましくも思えていたのですが、元来ここは「平家女護島」の二段目。この中でも言及される俊寛の妻・東屋(初段に登場)とこの千鳥の怨霊が、四段目で平清盛をとり殺すというお話になりますので、千鳥にはこれくらいの、都人にはないバイタリティのようなものが必要なのでしょう。一度全段通して、文楽で観てみたいものです。

十六夜清心

菊五郎丈の清心と時蔵丈の十六夜に、吉右衛門丈が俳諧師白蓮。冒頭は例によって争いごとの仲裁に入った町人が取掛証文を読み上げてみたら浄瑠璃ぶれの口上書きで、きっちり最後まで読み上げてからなんだこれは?という愉快な演出です。以下、清元に乗って連綿と清心と十六夜の入水心中まで描かれるのが稲瀬川百本杭の場。続いて短い川中白魚船の場では、薄暗い堀に浮かぶ舟の上で播磨屋が見せる、清濁併せ飲んだような大きさがやっぱりいい。で、百本杭川下の場で、水練の心得が徒になって死ねなかった清心が最初はいかにも気弱の風情なのに、流れてくる三味線の音に迷いを生じ、癪に苦しむ求女を介抱してそこに五十両あることを知ったところから徐々にダークサイドへ引き込まれていく様子がありあり。偶発的に求女を死なせてしまい、その脇差を手に自害しようとするところでも「あぶねーな」といった仕種で、ためらったあげくに腹を一度は突いた途端あいた!と脇差を放り出す軟弱ぶりですが、あらためて脇差を構えたところで鐘の音が遠くから響いた途端、しかし、待てよ。あとはおなじみの黙阿弥調、人間わずか五十年 / 一人殺すも千人殺すも、取られる首はたった一つ / こいつは滅多に死なれぬわえ。ここにきて、遂に人格が切り替わる様子を菊五郎丈が見事に見せてくれましたが、今日はここでおしまいで、真面目に筋を追う見方をしていては不完全燃焼に終わってしまいます。

鷺娘

昼の部の最後は、玉三郎丈の「鷺娘」。観るのは二度目ですが、いつ観ても美しい……。ぼんやりと暗い中に浮かび上がる鷺の姿が、一瞬の引き抜きで鮮やかな赤い振袖になり、その瞬間舞台の照明がオレンジに輝くと、外国人客から「Ooh!!」といった悲鳴のような驚きの声があがっていました。その後も引き抜き、ぶっかえりでの変わり身と、傘を用いた踊りが続き、最後は雪の中に修羅の苦しみを見せて、仰向けに崩れてゆきます。緞帳が下りた途端、それまでと興奮の度がはっきり違う拍手が湧き、いつまでも鳴り止みませんでした。

続いて、夜の部へ。昼の部は三階席からでしたが、夜の部はゴージャスに一階席からの見物となります。

壽曽我対面

やっぱり正月と言えば曽我物、それも「対面」でありましょう。今月の「壽曽我対面」は、吉右衛門丈の五郎に菊五郎丈の十郎、そして幸四郎丈の工藤祐経。その他居並ぶ面々も豪華配役です。五郎の荒事、十郎の和事の対比と、それらを受け止める工藤の大きさがポイントですが、ここでも菊五郎丈の十郎がさすが。何かというとキレかかる五郎を正面からは目で制止し、後ろからはいつでも止めようとにじりよる柔らかい緊迫感が伝わってきました。吉右衛門丈は大熱演、ひっくり返った声でキレまくりますが、播磨屋さんにこの一本調子の役柄はもったいないような気がします。むしろ工藤で観たかったですね。その工藤は吉右衛門丈のお兄さんの幸四郎丈が演じているのですが、もう少し悠揚迫らぬというか、十郎・五郎兄弟を包み込む大きさがほしいと思いました。

この後は勘三郎丈二本。

春興鏡獅子

まず「春興鏡獅子」は、あの勘三郎丈が前シテの小姓弥生では花も恥じらう、という風情を見事に見せるのがいつ観ても不思議。二舞扇の妙技なども見せてひとしきり華やかな舞台でしたが、獅子頭が弥生を引きずり込む場面は、本当に獅子頭に命が宿っているかのよう。中入後の胡蝶sの踊りは、片岡孝太郎丈の子息・千之助くん(8歳)と中村松江丈の子息・玉太郎くん(同)。形は決まっていないけれど、リズム感は抜群。そして後ジテの獅子の精は、一階席なので(←ここ強調)花道の出を横から見ることができましたが、一度でいいからあのふわふわの頭に触ってみたい……という正直な感想はおいといて、前シテとがらっと変わった迫力で舞台上から客席を圧倒。毛振りは激しい中にも優雅さが感じられました。

鰯賣戀曳網

最後は、三島由紀夫作の「鰯賣戀曳網」。理屈抜きに笑えるお芝居で、「春興鏡獅子」とはうって変わってくだけた勘三郎丈が見られます。また、およそ殿様らしからぬ猿源氏にはらはらしながら「背筋を伸ばせ!」「刀は左!」「扇を立てて!」とサインを送る染五郎丈の博労も傑作ですが、軍物語を所望され、竹本に救いを求めたのに断られて開き直った猿源氏による、魚尽くしの軍物語が笑わせながらも聴かせます。また、傾城たちの貝合せの場面では、蛍火の瑠璃の壺から取り出した貝殻を広げて上の句を読んでおもむろにここにありんしたと自分で下の句の貝殻をひろってしまう、玉三郎丈とは思えない(逆に、玉三郎丈ならではかも?)その天然系のおかしさに、客席にユルい笑いが広がりました。その他、足の故障を訴える馬、ぶっとばされてムカつく禿の名演技も以前観た通り。そして全体をまとめたのは、いまや中村屋の芝居に欠かせない存在の彌十郎丈のおおらかさ。

「俊寛」にうるるときて、「鷺娘」に見とれて、「鰯賣戀曳網」にあははと笑った、昼から夜まで歌舞伎漬けの一日。お正月らしい、賑やかでおめでたい雰囲気を堪能できました。

配役

祝初春式三番叟 中村富十郎
千歳 尾上松緑
千歳 尾上菊之助
後見 中村松江
後見 中村錦之助
三番叟 中村梅玉
 
俊寛 俊寛僧都 松本幸四郎
海女千鳥 中村芝雀
丹波少将成経 市川染五郎
平判官康頼 中村歌六
瀬尾太郎兼康 坂東彦三郎
丹左衛門尉基康 中村梅玉
 
十六夜清心 清心 尾上菊五郎
十六夜 中村時蔵
恋塚求女 中村梅枝
船頭三次 中村歌昇
俳諧師白蓮実は大寺正兵衛 中村吉右衛門
 
鷺娘 鷺の精 坂東玉三郎
 
壽曽我対面 曽我五郎 中村吉右衛門
曽我十郎 尾上菊五郎
小林妹舞鶴 中村魁春
近江小藤太 市川染五郎
八幡三郎 尾上松緑
化粧坂少将 尾上菊之助
梶原景時 松本錦吾
梶原景高 片岡亀蔵
大磯の虎 中村芝雀
鬼王新左衛門 中村梅玉
工藤祐経 松本幸四郎
 
春興鏡獅子 小姓弥生後に獅子の精 中村勘三郎
胡蝶の精 片岡千之助
胡蝶の精 中村玉太郎
局吉野 中村歌江
老女飛鳥井 中村吉之丞
用人関口十太夫 市川高麗蔵
家老渋井五左衛門 大谷友右衛門
 
鰯賣戀曳網 猿源氏 中村勘三郎
海老名なあみだぶつ 坂東彌十郎
博労六郎左衛門 市川染五郎
庭男実は藪熊次郎太 片岡亀蔵
亭主 中村東蔵
傾城蛍火実は丹鶴城の姫 坂東玉三郎

あらすじ

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