フェルメール展

2008/08/31

以前読んだ『脳は美をいかに感じるか』の中に、フェルメールの絵画は同一のカンバス上に一つの真実ではなく複数の同等に有効な真実を同時に表現する絵画であるという記述がありましたが、確かにフェルメールと言えばその独特の無気味で神秘的な雰囲気が特徴であり、魅力です。オランダが最も光り輝いていた17世紀のデルフトの町に生まれたフェルメール(1632-1675)が残した、そうした異彩の作品は、わずかに30数点。そのうち7点が集まるという「フェルメール展」を、東京都美術館に観に行きました。かなりの混み具合だという前情報があったので、土曜日にもかかわらず早起きして開館時刻の少し後に着いてみると、幸いなことに待ち時間は0分。男に言い寄られた娘が口元をにっとあげて画面のこちらに困惑した笑みを向けている奇怪な《ワイングラスを持つ娘》のポスターに迎えられて、美術館への階段を下ります。

もちろん7作品だけでは展覧会にならないので、同時代のデルフトで重要な地位を占めるカレル・ファブリティウス、ピーテル・デ・ホーホらの作品を前段に置き、当時のオランダの繁栄と、その中で透視図法、空気遠近法、自然光の効果を追求した特徴的なデルフトスタイルの絵画が発展してきた経過を辿った上で、一気にフェルメール作品の展示に突入します。

たった7点(これでも凄いことですが)なので、展示されていた順番に全部紹介してしまいましょう。並び順は、制作年順であったようです。

《マルタとマリアの家のキリスト》(1655年頃)
フェルメールが宗教画?といきなり意表をつかれます。主題としても画風としても「らしくない」のですが、左手からの光線によって中心にパンかごを持って立つマルタの頭巾や顔に生じる明暗、マルタ、マリア、イエスの3人の心理的な緊迫感などは、後のフェルメール作品にも通じるものがあります。

《ディアナとニンフたち》(1655-56年頃)
フェルメールが神話画?と再び意表をつかれます。これまた左からの光で、5人と一匹の登場人物がみな下を向いたり背を向けていたりするので、なんだか暗い感じ。この暗い中で、女性の肌、衣服、金属の皿、犬の背中といったさまざまな素材の光具合を描き分けているところが目を引きます。
《小路》(1658-60年頃)
フェルメールが風景画?と三たび(以下略)。風景画といっても、ここに描かれているのはデルフトの町の景観。画面下部を道が左右に通り、赤煉瓦の家が正面から描かれ、奥に通じる通路の先に樽に向かう女性。手前にはしゃがみこんで遊ぶ二人の子供、開いた戸口に座っている女性の姿も見えますが、これらの人物は点景に過ぎず、絵の主人公は建物と道路そのものです。穏やかな町の雰囲気が好ましい作品。
《ワイングラスを持つ娘》(1659-60年頃)
チケットに印刷されている作品。屋内で座る赤い服の若い女性が主人公で、彼女に言い寄る男の表情もいやらしいし、画面のこちら(!)に向かって目を見開いている女性の口元がにいっと曲がっているのも変。そんな二人を無視するように奥で物思いにふける影の薄い男の存在も、思わせぶりです。そうそう、フェルメールはこうでなくては。

《リュートを調弦する女》(1663-65年頃)
リュートを調弦しながら、ふと左手の窓の外に気を取られる瞬間の女性を描いています。カーテンの影が壁にとけ込むさまなどは見事。また、背後にある大きな地図にはヨーロッパから北アフリカまでがかなり正確な海岸線をもって描かれており、当時のオランダの貿易立国の様子が窺えます。
《手紙を書く婦人と召使い》(1670年頃)
下に掲げたチラシの表面を飾る作品で、これまた左に窓のある屋内というフェルメールの十八番の構図。もっともこれは左から右へと読み進める西洋文化の条件反射の一部であり、あるいはほとんどの芸術家が右利きで、左側に光があたるように絵画を置いたからで、フェルメールの専売特許ではないようですが。明るい光線のおかげで、女主人の半身はハレーションを起こすほどに白く輝いています。彼女は誰に手紙を書いているのか、手前に落ちているくしゃくしゃの紙は書き損じの手紙か意に染まなかった誰かからの手紙なのか、背後で女主人が手紙を書き終えるのを待っている召使いは窓の外に何を見ているのか、など見ていると疑問が尽きません。左端のカーテンも、普通に考えれば窓に付属するものですが、なんだか画面の中とこちら側の鑑賞者との間を仕切るカーテンのようにも見えてきます。なお、この作品はぎりぎりになって出展が決まったようで図録には載っておらず、逆に図録に載っている《絵画芸術》(1666-68年頃)は絵画の保護上の理由から出展が中止されています。ま、《絵画芸術》は2004年の「栄光のオランダ・フランドル絵画展」で見ていますから、自分としてはかえってラッキー。
《ヴァージナルの前に座る若い女》(1670年頃)
これはフェルメール作品であることが判明した最も新しい作品。カンヴァス布の特性や青い顔料としてラピス・ラズリが使われていることなどが鑑定の決め手となったそうですが、小品であることもあり、ドラマ性は希薄。

フェルメール作品以外でも、興味深いものは多々ありました。例えばデルフト新教会を描いた一連の作品の中で、ヘラルト・ハウクヘーストの《デルフト新教会の回廊》(1651年頃)は一種エッシャーを連想させる幾何学的な構図が面白いし、カレル・ファブリティウスの《楽器商のいるデルフトの眺望》(1652年頃)はまるで合成によるパノラマ写真みたい(この絵は元は透視箱の中の半円筒状の銅板に貼付けられていた模様)。さらに心惹かれたのは、ピーテル・デ・ホーホの《女主人への支払い》(1658年頃)。描かれているのは、カーテンで仕切られた部屋の手前で酒手の支払いを巡って渋い顔をする男性と、手振りも交えて彼を追いつめる女主人、カーテンの向こうには二人の客及び女給仕。光は奥の窓から入っていますが、逆光になるはずの手前の二人の顔も画面のこちら側の何らかの光源によって薄明るく、その絶妙の明度が二人の存在感を際立たせています。そして何より素晴らしいのは、菱形のタイルが敷き詰められた床の明暗の度合いや反射具合です。こればかりは、ぜひ自分の目で確かめてみて下さい。

イヤホンガイドはちょっと変わっていて、番号を入力するのではなくタッチペンでガイドシート上の絵にタッチすると、解説が流れる仕組み。なかなかおしゃれです。

また、フェルメールの作品にはイメージ曲がセットになっていて、ガイドシートの「♩」マークをタッチすると聴けます。そんなの聴いているヒマがないだろうと思っていましたが、フェルメール作品に限っては、絵そのものの他にディテールを解説した説明図が各作品ごとに掲示されているので、本図を観るときは解説、説明図を観るときはイメージ曲、と使い分けることができました。

それにしても、この展覧会の図録は凄い。展覧会監修者のピーター・C・サットン氏の「フェルメールとデルフトスタイル」と題する70ページにも及ぶ文章はそれだけでひとつの論文ですし、作品解説も今までに見た図録の中で群を抜く情報量があります。この展覧会を観たら、ぜひ図録も入手して熟読玩味することをお勧めします。