すし屋 / 身替座禅 / 生きている小平次 / 三人形

2008/06/22

6月の歌舞伎座夜の部は、奮発して一階席。そうしたらなんと一番前の列で、しかも右端に近い方になってしまったので、役者の台詞よりも目の前の三味線の唸る声の方が大きく、ツケ打ちのばしばしという音などは耳に痛いほど。そんな席から観たこの日の演目は、次の通り。

すし屋

丸本物「すし屋」は、もちろん「義経千本桜」の一幕。吉右衛門丈のいがみの権太を間近で観たくて一階席にしたくらい、自分にとってはこの日のメインイベントですが、その期待にたがわぬ骨太な出来でした。まずはお里と弥助(=維盛。染五郎丈が初役というのは意外)が夫婦ごっこをしているところへ帰り合わせた権太が割り込んで、弥助に奥の母を呼んで来いと言います。ここで弥助とお里は目配せ手配せで呼ぶの呼ばぬのとサインのやりとりをするのですが、一度は早く呼びに行けと怒られた弥助が権太の後ろ(死角)で再度お里とサインの交換をした次の瞬間、何の合図もなく権太・弥助・お里の三人が同時にばらけてそれぞれの動きに入ったのに驚きました。さすが!

続いて、奥から出てきた母に泣きまね芝居をして金を無心し、戸棚の鍵を手慣れた手つきで解錠するくだりは、理屈抜きで笑えます。この後のお里が弥助を大胆にかき口説く場面、さらには若葉の内侍と六代の来訪を受けて身分違いの恋を諦めるクドキは、芝雀丈がGood job。そこへ目の前に何人もの黒衣がだだーっと乱入してびっくりさせられているうちに、彼らがてきぱきと薄縁(うすべり)を片付けると、奥から権太が現れ維盛たちを鎌倉方に差し出すと告げて走り出します。……と、その前に、母からせしめた金を入れた鮓桶(実は主馬小金吾の首が入っています)をとりに戻ってから、鮓桶を小脇に抱えての花道の引っ込みに、拍手。

梶原が釣瓶鮓屋に現れ、後から登場した権太が維盛の首(小金吾の首)と妻子を引き渡す場面は緊迫した見せどころで、梶原による首実検では、偽首がばれたときはいっそのこと、と右袖を肩へとたくし上げ中腰になって殺気を飛ばし、維盛の首と認められるとふうと弛緩。続いて、維盛の妻子の身代わりに自分の妻子を突き出すときの「ツラ上げろい!」にも、多少過剰なまでの思い入れ。対する梶原も「こやつ、小気味のよい奴だ」と見せる豪快な笑いの目が笑っておらず、目尻で権太を見やる目線はこの後の悲劇を見通しているかのよう。もちろん最後は、父に刺されて虫の息になった権太の熱い独白がたっぷりと見せ、聞かせてくれました。ただし、できればこの幕は「木の実」「小金吾討死」から続けてやってほしいところです。

身替座禅

これは何度も観ている松羽目物ですが、今回は仁左衛門丈の右京と、段四郎丈の奥方・玉の井の組合せ。右京は、腰元千枝・小枝に邸内で行ができると言われて(ここでの腰元二人のいろいろな宗派の特徴を織り込んだ踊りが大好き!)うろたえ、太郎冠者に座禅の代役を頼んで上機嫌となり、愛人の花子のもとから帰ってくると夢見心地でろれつが回らず、そして衾の中から現れた玉の井にいっぺんに現実に引き戻され、と千変万化の大活躍。しかし、そのいずれにも都の大名らしい品が漂うのがいかにも仁左衛門丈。かたやの玉の井を演じる段四郎丈は、先ほど敵役の梶原を演じたばかりで、白塗りに綾錦の着物を着て出るとそれだけで怖く、あえて笑いをとろうとせず素のままで山の神の恐ろしさを出して笑えます。そして二人を脇から支える、というより二人に翻弄される太郎冠者の錦之助丈も、狂言らしいおかしみとノーブルさとがあって、はまり役でした。最後は腰を抜かした右京を玉の井がこれも舞台を這うようにして追うドタバタの演出もありますが、この日はあくまで上品に、かつ本来の狂言の作法に従って、手を合わせながら揚幕の方へ逃げていく右京を般若の形相の玉の井が追い込みつつ幕。

生きている小平次

大正新歌舞伎「生きている小平次」は、シュールな怪談。客席が完全に暗くなり、静かに幕が上がるとそこは夕暮れの奥州郡山、深い木々に囲まれた安積沼。蛙の声ばかりが響き、スモークが漂う水面に冴えない顔つきで釣糸を垂れる太九郎と小平次の二人。思い詰めた表情の小平次が太九郎に不義の仲の女房おちかを譲ってくれと頼むところから二人のやりとりになりますが、幸四郎丈の世話にくだけたセリフ回しが若い小平次を追い詰めるくだりが聞かせます。激昂した小平次を逆に舟板で打ち据え、沼に沈めた太九郎ですが、ホラー映画よろしく小舟が勝手にぐるぐる回ったかと思うと、棹の先に顔を血に染めた小平次が浮かび上がってきて、ぞっとするうちに暗転。

続いて暗闇に雷雨の音が鳴り響いているうちに、客席にも何やら冷たい風が吹いたような気がしたと思えましたが、幕が開けば夕立あがりのヒグラシの声に包まれた、暗い太九郎宅。行灯の光で繕い物をしているおちかのもとに血に染まった顔の小平次がゆらりと現れます。一緒に江戸を逃げてくれと言う小平次の言葉に応えて二階へ支度をしに行こうとするおちかを引き止めた小平次の手におちかはお前さん……冷たい手だねえ…。そして、疲れきって帰って来た太九郎に小平次は身体は死んでも、魂は死なねえ。殺すのなら殺せと迫ります。一度は刀を捨てて許しを乞うた太九郎も、ついに小平次の喉を突いて柱に串刺しにすると、着物をかぶせておちかを伴い逐電しますが、二人が下手に逃れた後にはらりと着物が落ちると、そこにいたはずの小平次の姿はありません(ぞわ〜)。

最後の場は、江戸を出奔した太九郎とおちかが海辺の道を歩む途上、疲れ果てて岩の上に座り込みます。二人の後ろに立つ柳の枝が海風にゆらゆら揺れているのが不気味ですが、この場でのおちかは、もうくたびれて歩けないと不平を言い、こうなったのはあたしのせいだと言うのかと取り乱し、どうにも役の位置づけがわかりにくいものの、とにかく良くも悪くも福助ワールド全開。そうこうするうちに、後方の紗幕の向こうを小平次が上手から下手へすーっと流れて、太九郎はぶるぶると震え出します。その太九郎に、開き直ったように能天気になって抱いておくれよとせがむおちかの手をとった太九郎は手が冷てえ……。お前の手か?。覗き込んだおちかの顔に小平次を見た太九郎はわっと惑乱して、後を追うおちかともども花道を逃げていきます。海鳴りが大きくなる中、舞台に小平次の姿がせり上がり二人をうらめしげに見送りますが、これは小平次の執心が彷徨いでたものなのか、それとも太九郎の罪の意識が生んだ幻覚なのか。

三人形

若衆・傾城・奴の三人の常磐津舞踊。奥の板壁に開いた口から出てきた三体の人形に魂が入り、舞台がおなじみの景色、桜・山吹・行灯の明るい吉原仲之町になって、若衆と奴の廓通い、傾城の花魁道中と続き、奴の足拍子を使った賑やかな踊りには盛んな拍手。最後は三人の総踊りとなって賑やかに幕。夜の部を、華やかに楽しく締めくくりました。

配役

すし屋 いがみの権太 中村吉右衛門
お里 中村芝雀
弥助実は平維盛 市川染五郎
弥左衛門 中村歌六
梶原景時 市川段四郎
 
身替座禅 山蔭右京 片岡仁左衛門
太郎冠者 中村錦之助
腰元小枝 中村隼人
腰元千枝 坂東巳之助
奥方玉の井 市川段四郎
 
生きている小平次 那古太九郎 松本幸四郎
小幡小平次 市川染五郎
おちか 中村福助
 
三人形 傾城 中村芝雀
若衆 中村錦之助
中村歌昇

あらすじ

すし屋 → [こちら

身替座禅 → [こちら

生きている小平次

ある旅一座の囃子方である太九郎と、役者の小平次は古くからの友人だが、小平次は太九郎の女房おちかとの不義を明かし、おちかを譲ってほしいと申し出る。これを聞いて怒る太九郎は小平次を舟から落として殺そうとするが、小平次は生き延びておちかの前に現れ、一緒に逃げてくれと迫る。ここへ太九郎が戻って来て、おちかと共に小平次を殺害し、江戸から逃げるが、太九郎は小平次が生きているという妄想にとり付かれ苦しみ続ける。