花木蘭(瀋陽京劇院)

2008/05/31

池袋の東京芸術劇場で、遼寧省瀋陽京劇院の「花木蘭」を観ました。ディズニーのアニメーション『ムーラン』でも有名なこの話は、中国の南北朝時代に書かれた「木蘭辞」をベースに、男装して戦場に赴く女性主人公・木蘭の活躍を描きます。今回の京劇公演で演じられる「花木蘭」は、この民間伝承に木蘭の女性らしいエピソードを加えたほぼ新作となっており、現代的なテンポのよい演出が話題です。

会場に入ると、白無地の幕の手前に下りている紗幕には「木蘭辞」が大書されており、最初から雰囲気満点。そして定刻通りに場内が暗くなり、子供たちの声で木蘭歌が流れると、紗幕の向こうで北魏軍を圧倒する柔然王の姿が不気味に展開します。この序幕に続いて、文丑の役人が銅鑼を鳴らしながら上手から幕の前に現れ、兵を募る布令を声高に述べ、下手へ。そして幕が上がります。

まず出てくるのは木蘭の両親。元戦士の父は戦地に赴きたいが、老いている上に腰をいためていて、妻からは「家にいても人の世話が必要なのに」とか「年寄りの冷や水はおやめ下さい」とかさんざんな言われようですが、この木蘭母が飄々とした感じでいい味です。一方の木蘭を演じる李静文(刀馬旦)は20年前から武旦皇后と呼ばれているほどのベテランで、最初に娘姿で出てきましたときは化粧が怖い……と思いましたが、男装して出てくると太地喜和子さん似。第2場の東市では、体術に優れた馬売りの張善(武丑)と、たいへんハンサムな孟鉄剛(武生)が登場します。そして第3場で戦場に赴き、柔然王と交戦中の賀廷玉を救援し、と非常にスピーディーに話が展開しますが、その中にも兵士たちの旋子や宙返りはもとより、敵の槍を軸にして自身の槍もろとも独楽のように高速回転する木蘭の激しい技を織り込むなど、見せ場作りもおろそかではありません。

次の場では早くも十年後。さすが中国、戦のスケールが違う!と思っているうちに柔然陣に現れた猛将・虎烈児(武生)は、猪八戒系の顔立ちながら赤い髭が強そうで、雉尾をひらひら(翎子功)させながら悠然と魏兵を倒し、魏の陣を強襲します。そして大刀を振るう虎烈児に一騎打を挑む孟鉄剛は一対の錘を両手に持って様式的な立回りを演じつつ、錘を投げ上げて背中で受け止めたりもう一本の錘に絡めたり。虎烈児も負けておらず……といっても負けて倒される場面ですが、あの巨体で倒扎虎(バック転で手から着地後に胸、腹、足と滑らかに着地)。このとき柔然王が放った矢を左腕に受けた木蘭を孟鉄剛が支えつつ撤退するところでいったん幕。

休憩後の第7場、陣営の場面は、木蘭が外見は男装ながら女性の心に戻って孟鉄剛への思慕を想うにつけても恥ずかしさに 頬が赤く染まる 訳もなくと歌う重要な場面です。見舞に来た孟鉄剛が傷の具合を見ようと上着を緩めてみろと近づくと木蘭は動揺、さらに義兄弟の契りを交わそうという孟鉄剛にこの兄は雌雄の区別がわからないとおかしがり会場にも笑いが広がりましたが、ここは「木蘭辞」の最後の一節「安能辨我是雄雌」を下敷きにしたものと思われます。そこへ賀廷玉が訪れて、木蘭は馬売りの張善を敵地に潜入させる計略を献策するので、賀廷玉は張善を呼びます。やってきた張善、賀廷玉、木蘭、孟鉄剛の4人の唱となりますが、4人が流れるように立ち位置を入れ替えながら唱を受け渡していくさまが、派手さはなくても練達の技と思えます。

場面が変わって柔然王は、虎の絵の背景、虎の毛皮を掛けた椅子の前で荒っぽく部下をぶっ飛ばしたりしていますが、虎烈児を討たれたので専守防衛中。しかし、わざと捕らえられて引き出された張善の口車に乗って魏の陣に夜襲をかけることになり、岩山の背景、蒼い光の中を静かに行軍します。しかし魏軍の待ち伏せに会い、ここから激しい立回り。兵士たちの宙返り、張善の首枷を使った立回り、孟鉄剛の錘技、そして木蘭は靠旗も使った練達の打出手(敵兵が投げた槍を背中の靠旗で受け、前に落としたところを空中で蹴り返す!)を見せて熱い拍手を集めました。

戦いが終わり、冒頭に出てきました役人と元帥配下の将校という二人の丑がコミカルなやりとりを行います。ここまでほとんど一本調子でシリアスな演技が続いていただけに、この場が客席を大いに和ませ、同時に主役たちががらりと衣裳を変える時間を稼いでいるわけです。最後の場は、花家。両親が娘の帰還を喜び宴を催そうとしているところへ寛いだ衣裳の賀廷玉と孟鉄剛が登場し、賀廷玉の娘婿にと申し出るのですが、この場面での二人の台詞はそれまでの伝統的な言葉(韻白)から日常的な台詞回し(京白)に変わっているのだそうです。そこへ登場した木蘭は実に艶やかな紅帔姿で客席から思わず感嘆の声が上がります。賀廷玉と孟鉄剛の二人は「え?どういうこと?」という顔つきで、後ろで花夫婦がにやにやしているのも面白いですが、ついにこの女性が木蘭だとわかり、母に押された木蘭が孟鉄剛に寄り添ってハッピーエンドのうちに幕が下ります。さらに、会場の大きな拍手に幕が上がると登場人物が勢揃いし、木蘭と孟鉄剛とが赤い飾り布で結ばれる粋な演出があって、冒頭の子供たちの声による木蘭歌が再度流れる中、今度こそ幕が閉じられました。

観終わっての感想。豊富なエピソードを手際良くまとめていて休憩コミ2時間あまりをまったく飽きさせませんが、その分、場面転換が目まぐるしく刈り込み過ぎの面もあって、もうちょっと一つ一つの場面をじっくり見せるコクが欲しい気もしないでもありません。それと、これはこの会場で演じられる京劇ではごく一般的なことなのですが、PAを通して唱を聞くのはやはりもったいない気がします。京劇俳優の鍛え抜かれた喉を、ぜひ生の声として聴いてみたいもの。

なお、ロビーには四川省での地震被害救援のための募金箱があり、終演後に観客がこぞって寄付をしていました。もちろん私も、些少ながら寄付させていただきました。

配役

花木蘭 李静文
孟鉄剛 常東
花弧 戚志建
柔然王 張宏偉
賀廷玉 米春剛
花母 趙敏芝
張善 何興海
虎烈児 趙小龍
差人 王立成
校尉 荊涛

あらすじ

柔然に国境を侵攻され、男子の従軍を募る北魏。花家の娘・木蘭は、身体が不自由な父に代わり、男装して出征する。市で馬飼いの張善から駿馬を買う際に出会った孟鉄剛に木蘭は好意を持つが、戦場に向かう途上で柔然軍に包囲された北魏の元帥・賀廷玉の窮地を救い、孟鉄剛ともども賀廷玉の陣屋に迎えられる。

国境での対峙十余年、柔然の怪力の将軍・虎烈児の強襲を退けたものの柔然王の放った矢に負傷した木蘭は、陣屋に見舞いに来た孟鉄剛と義兄弟の契りを交わしたが、孟鉄剛への思慕の情を明かすことはできない。木蘭の献策で張善は柔然王のもとに潜入し、これをおびき出すことに成功。北魏軍はついに柔然軍を打倒する。

十二年振りに木蘭が帰宅した花家へ、賀廷玉と孟鉄剛がやってくる。木蘭をぜひ娘婿にと申し出る賀廷玉と孟鉄剛の前に木蘭は美しい女性の姿で現れ、孟鉄剛への想いも明らかになって、晴れて孟鉄剛との結婚の儀が調う。