伯母ヶ酒 / 通盛

2008/05/29

国立能楽堂の企画公演で、狂言「伯母ヶ酒」と、能「通盛」。今回の企画は「蝋燭の灯りによる」。その通り、舞台の周囲には大振りの蝋燭が林立し、舞台上の照明も控え目。客席はもちろん真っ暗で、字幕システムも落としてある徹底ぶりです。

伯母ヶ酒

前半は、酒屋を営む伯母となんとかして酒を飲みたい甥の心理戦。伯母を訪ねた甥が、友人たちが酒屋の伯母を持つ自分をうらやんでいるだとか、いやいや「あのしわ〜い(というところで伯母をちらりと見る)」伯母が飲ませてはくれないだろうと言っているだとか、さらには祭りで売って来てあげるから利き酒をさせろだとかあれこれ言い募るのですが、ケチな伯母は「まだ売り初めをしていないからダメだ」とにべもありません。このあたりのやりとりが実におかしく、見所からもくすくす笑いが絶えなかったのですが、ついにはキレた甥は立ち退きかけます。とは言うものの、やはり諦めきれない甥は一計を案じ、まず伯母に夕方になると鬼が出るから気をつけろ、と脅しをかけておいた上で、後見座で武悪の面を掛け、再び伯母のもとへ。ものもう、酒かいましょうとの呼び声に恐る恐る出てきた伯母は、鬼にさんざん脅されて一の松あたりに平伏しますが、ここで鬼は「あの心が優しい甥に酒を飲まさないとは何事!」と我田引水の叱責を伯母に浴びせておいて、正先の目に見えない酒甕から扇で酒をすくって飲みます。もちろん伯母には見ると(伯母を)食ぶぞ / 見るとガリガリじゃぞよと警告することも忘れてはおらず、ぐいと酒を飲み干すたびにカッ!ふ〜ぅといかにもよい心持ち。ただ、飲むときには面をはずさねばならないのが面倒くさかったらしく、最初は飲む時だけ面をはずしていたものの、次には顔の横、さらに右手、ついには右膝に面を移してぐいぐい飲み、とうとう寝込んでしまいます。そのためにとうとう伯母にばれてしまい、えーい腹立ちや!と怒髪天の伯母には御赦されませ、御赦されませの詫び言もきかずにやるまいぞと揚幕へ追い込まれます。

通盛

平通盛は清盛の甥で越前三位とも呼ばれましたが、一ノ谷の戦いで討死し、愛妻の小宰相の局も屋島に向かう舟から身を投げて夫の後を追いました。この曲は、『平家物語』に描かれた通盛・小宰相の悲話を下敷きにした複式夢幻能で、井阿弥の原作を世阿弥が刈り込んだものと『申楽談儀』にあります。

名ノリ笛に乗って、ワキ・僧(宝生閑師)とワキツレ・従僧が登場。ワキが常座で名ノリ、二人して脇座へ移ります。この二人は鳴門の海辺での一夏を、平家一門供養のため法華経を読んで過ごしています。後見が赤く染めた獣毛の篝火を立てた作リ物の舟を持ち込み、一声とともに極めてゆっくりと唐織着流しのツレ・女(内田成信師)とシテ・漁翁(粟谷能夫師)が橋掛リを渡ってきます。ツレは舟の真ん中に、シテは後見から渡された楫棒を持って艫に立ち、すは遠山寺の鐘の声、この磯近く聞こへ候 / 昨日過ぎ / 今日と暮れ / 明日またかくこそあるべけれとシテとツレが交互に謡います。ツレは、舟の中ではずっと前傾姿勢。二人が読経の声に気づく頃から、ワキとの問答はシテ・ツレのユニゾン。この間、蝋燭の灯りが抜群の効果を発揮して夜の磯でのたゆたうような対話が厳かに進行し、静かに寄せては返す浪の音まで聞こえてきそうです。おかげで、私の前の席の客もゆったり舟を漕ぎ始めました……。

地謡の芦火の影を吹き立ててで扇を振り、さらに龍女変成と聞く時はと地謡が続く間にアイがアイ座へ。ここからツレがこの浦は平家の一門、あまた果て給ひたる由承り及びて候と高く歌うように平家一門の悲劇を物語ろうとするうちにツレは小宰相の局、シテはその従者となって、夫・通盛が討たれたとの悲報に主従泣く泣く手を取り組みでシオると、ツレはシテが引き止める手を振り切り入水して中入、老人も同じ満ち潮の、底の水屑となりにけりでシテも後を追い中入。ここのところ、ツレは後見座に退き後場も同じ扮装で通すのが通常と解説に書かれていましたが、今日はシテ・ツレ共に中入する演出。

後見が作リ物を下げ、囃子方も下居して横を向くうちに、アイが正中に座してワキと問答ののち、通盛と小宰相の局の馴れ初めが語られます。ここでの微笑ましいエピソードが、後場での夫婦別れの悲劇をさらに際立たせる巧みなつくりです。間語りには少々力みが見られましたが、これと対するワキの宝生閑師の、無用に重くなく、それでいて深みのあるビブラートがかかった声に感じ入りました。この地の底から響いてくるような声の使い方は、歌舞伎にも文楽にもない、能ならではの魅力です。

後場で再び登場したツレは白長絹に白大口、シテは武者姿で太刀を佩いています。経を読誦するワキ及びワキツレに対しシテとツレはあらありがたの、み法やなと合掌すると、ワキの問いに応じて自らを小宰相の局の幽霊なり / 越前の三位通盛と名乗るあたりで既に、緊迫感がぐっと高まります。シテは地謡のそもそもこの一の谷と申すにで一度は床几にかかるものの、小宰相の局を陣に呼び寄せて戦の前のひとときを惜しむクセでは脇座のツレと向かい合い、扇を持って酌をします。しっとりとした夫婦の睦み合いはしかし、能登守教経の呼ぶ声に妨げられ、キッと橋掛リを振り返ったシテは妻に別れを告げ、正中で拍子を踏むと、激しく打ち鳴らされる鼓に乗って乱戦の修羅を勇壮に舞うカケリ。この場面転換が素晴らしく劇的です。さらに太刀を抜いて目付柱に向かって真っ向から打ち掛かる迫力に圧倒されますが、返す太刀にて刺し違へで太刀を持つ右手と扇を掲げる左手を交差させると、太刀を取り落とし、高揚の静まりとともにそのまま下居。キリとなって読誦の声を聞く時はにワキも立ち、夫婦でワキの方を見やり成仏の感謝をこめると、シテが常座で留拍子を踏みました。

配役

狂言(和泉流)「伯母ヶ酒」 シテ・甥 高澤祐介
アド・伯母 河路雅義
 
能(喜多流)「通盛」 前シテ・漁翁
後シテ・平通盛
粟谷能夫
前ツレ・女
後ツレ・小宰相局
内田成信
ワキ・旅僧 宝生閑
ワキツレ・従僧 則久英志
アイ・浦人 三宅右矩
主後見 中村邦生
地頭 友枝昭世
藤田次郎
小鼓 大倉源次郎
大鼓 佃良勝
太鼓 観世元伯

あらすじ

伯母ヶ酒

酒屋を営む伯母はけちで甥にさえ酒を飲ませてくれない。甥は一計を案じ、鬼の面で伯母を騙して酒を飲むことにまんまと成功するが、飲み過ぎて面をはずしたまま寝込んでしまい、とうとう伯母にばれてしまう。

通盛

阿波の鳴門。この地で果てた平家一門を弔い、読経する僧。そこへ漁翁と女が小舟に乗って現れ、経を聴聞したいという。僧は舟の篝火を灯に経を読み、この浦で果てた人のことを問うと、二人は平通盛の妻、小宰相局が夫の討死を知り、入水したという最期を物語り、波間に消え失せる。やがて二人を弔う僧の前に通盛と小宰相の亡霊が在りし日の姿で現れ、一ノ谷の合戦前夜、二人が月下に杯を交わして別れを惜しんだこと、戦場で一門が次々と討たれてゆく中、自分も遂に討死したとその最期の様子を語ると、僧の回向に感謝し、再び消え失せる。