青砥稿花紅彩画 / 三升猿曲舞

2008/05/18

歌舞伎座の五月は、毎年おなじみの團菊祭。すなわち、明治の劇聖、九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎を顕彰する催しで、今月はいずれも河竹黙阿弥作の、昼の部の「極付幡随長兵衛」が團十郎丈の、夜の部の「青砥稿花紅彩画」が菊五郎丈の持ち役ということになります。

青砥稿花紅彩画

いわゆる「白浪五人男」は「雪の下浜松屋の場」や「稲瀬川勢揃の場」さらには「極楽寺屋根立腹の場」なら何度か観ていますが、通しで観たのはこれが始めて。こうして序幕で日本駄右衛門のもとに弁天小僧や赤星十三郎が集まる経緯が説明されれば「稲瀬川」での五人の名乗りにもいちいち頷けるようになりますし、さらに「蔵前の場」で日本駄右衛門と弁天小僧が浜松屋の主人親子と不思議な縁でつながっていたことが明らかになると、弁天小僧の滅びの美学が一層心に迫ってきます。

序幕冒頭の「初瀬寺花見の場」は絢爛豪華な丹塗りの山門、満開の桜。ここに登場する千寿姫はかなり飛んだ姫さまらしく、許婚の信田小太郎(実は弁天小僧)に添いたいと、局・柵(しがらみ)や奴・駒平(実は南郷力丸)のブロックサインを受けて自害する真似。これにあわてた信田小太郎を茶屋の奥へ連れ込んでしっぽり。初対面のはずなのに、いきなり?それはともかく、失礼ながら千寿姫役の中村梅枝はこれまであまり意識したことがなかったのですが、それもそのはず昭和62年生まれの若手で時蔵丈の御長男。菊五郎・左團次・田之助といったベテラン陣を向こうに回して見事でした。

一転して薄暗い「神輿ヶ嶽の場」では、正体を顕した弁天小僧に身を任せたことを恥じて千寿姫が谷に身を投げ、その場を立ち去ろうとする弁天小僧を呼び止めて辻堂の中からぬっと修験姿の團十郎丈が現れてびっくりしました。その大らかに飄々とした悪党ぶり、辻堂の縁に掛けたまま打ち掛かる弁天小僧を軽くあしらう風格など、いかにも成田屋。そして連判状を広げての團菊揃い踏みの見得のまま、辻堂のセットがワイヤで吊り上げられていき、ややあって幕が落ちるとそこは「稲瀬川谷間の場」。ここで赤星十三郎と忠信利平の縁が判明し、残る三人も登場して五人がだんまり、様々に組み合わさっての見得となります。幕切れは、なぜか花道七三に倒れていた弁天小僧が幕引き後にゆっくり起き上がり、香合を確かめると悠然と花道を下がっていきます。こういうところはイヤホンガイドを聞いていればその意図がわかるのでしょうが、ちょっと意味不明。

二幕目はおなじみ「雪の下浜松屋の場」。ここで「?」と思ったのは、玉島逸当に二の腕の刺青を指摘された弁天小僧が動揺して一瞬「うぅっ!」と地声を出すのが通常なのに、この日はそれがなかったこと。しかし、企みを諦めて急に素に戻りくだけるあたりからの絶妙の軽みと粋とは菊五郎丈ならでは。あぐらをかいて「知らざァ言って聴かせやしょう」には客席から「待ってました!」の声がかかり、黙阿弥らしい七五調の名セリフ。煙管をくるくる回す所作も伊達で、「弁天小僧菊之助とは俺がことだ」に沸き起こった万雷の拍手は「弁天小僧は菊五郎丈に限る!」という同意だったかもしれません。以前菊之助丈の菊之助(←ややこしい)を観て凄くいいと思ったのですが、こうして観るとやはり菊五郎丈のための役、という気がしてきます。

南郷力丸と弁天小僧が花道を引き上げ、浜松屋の一同が奥に引っ込むと、南郷力丸に打たれて一人うずくまっていた番頭は自棄を起こして店の金を持ち逃げしようとしますが、そこを見咎めた丁稚ふたりに「そこ動くな!」と見得を決められたと思ったら、「この金持って北京へと、オリンピックを三津五郎…」と五人男の名や屋号を読み込んだオリンピックねたの七五調、そのまま三人で球技を始め、福原愛ちゃんの「さぁーっ!」やアニマル浜口の「気合だーっ!」を連呼しているうちに舞台が回って「蔵前の場」。ここで玉島逸当実は日本駄右衛門が正体を顕して店の有り金全てを要求し、南郷力丸と弁天小僧も合流することで前の場の芝居が生きてきます。これまでここがなかったので、「浜松屋」から唐突に「稲瀬川勢揃」に続いてもいまひとつピンときていませんでした。そしてここで宗之助が17年前に初瀬寺で取り違えられた赤子で、実は日本駄右衛門の子だったことが判明し、團十郎丈はまるで粂寺弾正ばりに恐縮至極、「面目ないが親でござる」。ん?考えてみたら宗之助は海老蔵丈だから、團十郎丈とは本当に親子じゃないか。一方、取り違えられた本当の浜松屋幸兵衛の子は鴛鴦布の巾着が証拠となって弁天小僧であることも判明。幸兵衛が巾着の話をし始めたときに弁天小僧がギク!という顔をしたので客席からは笑い声があがりましたが、実はここはさまざまな因果が明らかになり、五人男が滅びの道へと転落していく転機となる場面。「問われて名乗るもおこがましいが」で始まる「稲瀬川勢揃の場」のツラネは、覚悟の名乗りです。

大詰「極楽寺屋根立腹の場」は、大屋根の上での弁天小僧と捕り方の激しい立回り。十手、棒、縄、梯子を次々に駆使し派手なとんぼの数々、菊五郎丈も奥屋根の傾斜のきつい部分に乗り上がって片足での見得を決め、凄い体力で立回りをこなした後、立腹を切りながらがんどう返しで屋根が後方へ回っていくのをぎりぎりまでこらえて踏みとどまり、ついには奥へ滑り落ちていくのが見えました。大屋根が回った後にせり上がってきた山門には、日本駄右衛門。その舞台の作りと、富十郎丈の青砥左衛門藤綱との後日の再会を約しての別れは「楼門五三桐」を下敷きとし、華やかな様式美のうちに幕となります。

三升猿曲舞

「青砥稿花紅彩画」が終わったところで席をたった客も少なからずいたようですが、10分余りの短いこの長唄舞踊が、素晴らしいものでした。最後まで観ればよかったのに、先に帰ったお客は気の毒。どこまでも華やかに明るい舞台、舞踊にしては珍しく四人の奴がとんぼも交えて様々に絡む中、松緑丈の舞踊は大らかに流れるようでどこを切り取っても形がキマり、見事でした。

配役

青砥稿花紅彩画 弁天小僧菊之助 尾上菊五郎
日本駄右衛門 市川團十郎
南郷力丸 市川左團次
赤星十三郎 中村時蔵
忠信利平 坂東三津五郎
浜松屋宗之助 市川海老蔵
木下川八郎 中村松江
大須賀五郎 市川男女蔵
千寿姫 中村梅枝
川越三郎 片岡市蔵
薩島典蔵 市川團蔵
伊皿子七郎 大谷友右衛門
浜松屋幸兵衛 中村東蔵
澤村田之助
鳶頭清次 中村梅玉
青砥左衛門藤綱 中村富十郎
 
三升猿曲舞 此下兵吉 尾上松緑

あらすじ

青砥稿花紅彩画

小山家の息女の千寿姫が、局・柵を引き連れて初瀬寺へやって来るが、そこへ死んだはずの許婚の信田小太郎が現れるので、千寿姫はその身をまかせ、家の重宝の千鳥の香合を預ける。ところがこの小太郎は偽者で弁天小僧という盗賊、供の奴は兄貴分の南郷力丸。その弁天小僧の前に大盗賊の日本駄右衛門が現れ、千鳥の香合を巡って争いますが、駄右衛門の勧めに従い弁天小僧は一味に加わる。

一方、信田家の旧臣の赤星十三郎が主人の金策に苦慮するところ、回向料を盗み出した家来筋の忠信利平から百両の金を得る。すると十三郎は盗賊となって旧主のために働きたいと、忠信の頭領である駄右衛門の手下になることを望む。こうして駄右衛門のもとに、弁天小僧、南郷力丸、赤星十三郎、忠信利平が集うことになる。

それから後のこと、雪の下の浜松屋へ大家の娘と供侍がやって来て、婚礼の品物の品定めをする。やがて店の者が娘が万引きをしたと言うので、鳶頭の清次も駆けつけるが実は見誤りで、浜松屋幸兵衛、宗之助親子が無礼を詫び、供侍の言うまま百両を渡そうとする。しかし玉島逸当という侍がこれを止めて、娘が男であることを見顕す。実は娘は弁天小僧で、供侍は南郷力丸だった。正体が顕れたふたりは帰っていくが、この逸当こそ日本駄右衛門で、先ほどの騒ぎも浜松屋の金を奪い取るための策略だった。

ところが幸兵衛の話から、宗之助が駄右衛門の子で、弁天小僧が幸兵衛の子であることが判明し、互いの縁に驚き合う。そして稲瀬川に勢揃いした白浪五人男は名乗りを上げて、追っ手から逃れて行く。

やがて弁天小僧は、一味の裏切りから千鳥の香合を滑川に落し、追っ手に取り囲まれるので立腹を切って息絶える。極楽寺に潜む駄右衛門は弁天小僧の死を知り嘆くが、手下に化けていた川越三郎と大須賀五郎に打ち掛かられ、これを退ける。一方、青砥左衛門藤綱は、伊皿子七郎と木下川八郎を使って滑川から千鳥の香合を拾い上げると、潔く縄につこうとする駄右衛門と後日の再会を約束するのだった。