生誕100年 東山魁夷展

2008/04/29

東京国立近代美術館へ、「東山魁夷展」を見に行ってきました。東山魁夷の絵というと、よく某宗教団体系の中吊り広告で右の《道》(1950年)を見かけるのでなじみを持つ人も多いでしょうが、もちろんそんなことに関係なく、その平明でどこか懐かしい風景画はどこか日本人の心の奥深いところにある郷愁を呼び覚ます力があります。

今回の展覧会は以下の構成で、東山魁夷の広範な画業を手際良くまとめています。

第1章 模索の時代
特集1 ドイツ留学
第2章 東山芸術の確立
特集2 〈自然と形象〉と《たにま》
第3章 ヨーロッパの風景
特集3 白馬のいる風景
第4章 日本の風景
第5章 町・建物
特集4 窓
第6章 モノクロームと墨
特集5 唐招提寺の障壁画
第7章 おわりなき旅

以下、強く印象に残った作品についてちょっと触れてみます。

《残照》(1947年)
戦後、失意の底にあった東山魁夷の新たな出発点として有名な絵で、自分が想像していたよりも大きく、意外に感じました。房総半島の鹿野山から冬の夕暮れの重畳たる山々を眺めたもの。中央遠くにひときわ高い山の連なりがあり、そこが残照を受けて明るく輝いています。そして、その山をはさむように、画面の上2/5が透き通った冬の空、下1/2が夕闇に沈みゆく前景の山々。後の東山魁夷の作風が景観の本質的な部分をフレームで切り取ったような構図が多いのに対して、この絵はパノラマ的な広がりがあり、それだけに中央の山の遠さと気高さが心にしみてきます。
《道》(1950年)
東山魁夷と言えばこれ、というくらい著名。緩やかな起伏の牧場の中を、一筋の道が遠くへと続いています。その道は単純な直線ではなく、地形に沿うように右に曲り下って視界から消えた後、かなたで右奥へ続く筋をかすかに見せて消えていきます。「希望に満ちた未来への憧憬」と解説にはありますが、曇り空の暗さや道が一度視界から消える構成から、むしろ未来への不安と、それでも自分の道を貫き通そうとする決意のようなものを感じます。
《萬緑新》(1961年)
猪苗代地方の湖水と森、山をさまざまな緑とブルーで描いた静謐な作品。手前の森の明るい緑の森は、顔料に何かガラス質を入れているのか、見る角度によってきらきらと輝くのが面白い。
《白夜光》(1965年)
フィンランドの森と湖。地平線の下に沈んだ日の淡い光によって、湖面は銀色に輝き、針葉樹の森は先端を白ませながら暗く沈み込みます。厳しい北の地方の景観は、長年にわたって私が憧れ続けているもの。
《照紅葉》(1968年)
栂尾の高山寺の紅葉を描いた作品。手前の黒い樹木の幹が全体の構図を堅牢なものにして、そこに中景の黄色い紅葉のボリュームのある広がりと前景の赤い紅葉のアクセントとが落ち着いた鮮やかさで配されます。この絵を見ていると、3年間の京都暮らしの頃が懐かしく思い出されてきます。
《晩鐘》(1971年)
ドイツのフライブルクのゴシック調の教会の尖塔をその頂とほぼ同じ高さから眺め、尖塔の向こうに広がる町並みや遠くの山並みの上に雲間から幾筋もの光を降り注がせる、神々しい作品。しかし、この位置から尖塔を見ることができる建物が教会以外にあるのでしょうか?ちょっと不思議。
《雲中層嶂(スケッチ)》(1978年)
唐招提寺の障壁画の第二期制作に向けた中国の取材旅行中の水墨スケッチ。小品ですが、そこに描かれる岩峰と岩肌にまとわりつく樹木、そして全体を渦巻くように包む霧の、まるで写真を見ているかのようなクリアな表現には圧倒されます。
唐招提寺の障壁画 《濤声(部分)》(1975年)《揚州薫風》(1980年)
鑑真和上に捧げられたこれらの障壁画は、和上が見ることのできなかった日本の海岸の風景と、和上生誕の地である揚州の景色とを描いており、前者はブルーを基調とする彩色画、後者は墨画。美術館の二階に唐招提寺御影堂での展示の模様が再現され、東山魁夷が11年もの歳月をかけて打ち込んだ大作に触れることができます。ここでは、障壁画そのものもさることながら、図録に記されている制作過程に注目したいところです。日本の景色や樹木から中国の風景へという構想の変遷、それまでに例のない水墨技法の習得、数次の試作を重ねて本制作にかかるプロセスなど、63歳でこの仕事を引き受けた東山魁夷が残りの生涯を全て捧げるつもりで万全を期したことが窺えます。文字通り、畢生の作と言えるでしょう。

しかし、実は一番心に残ったのは、最初期の「模索の時代」に配されていた屏風絵《山》(1940年)。直線的な太い輪郭線が作る三角形や四角形のたくさんの平面が組み合わさって、巨大で鋭角的な奥秩父の金峰山の姿になりますが、前景の丸みを帯びた低山の柔らかい茶色、そして手前にたなびく雲や薄曇りの空の灰白色が金峰山を包むようで、全体としてはとても穏やかな絵に仕上がりつつ、金峰山の神秘性を際立たせています。山を愛する者なら誰もが、この景観に限りない憧憬を抱くことでしょう。そして画面中央上部に屹立する五丈岩は、若き日の東山魁夷の決意や夢を表しているのかもしれません。

内容的には申し分なしの充実した展示ではあったものの、これだけ人気のある画家の、全部で150点ほどにもなる作品を収めるには、さしもの東京国立近代美術館も手狭に過ぎ、迷路のように組まれた順路には通勤ラッシュ並みの人・人・人。およそ落ち着いて鑑賞できる状態ではなかったのが残念でした。Web仲間のえみ丸さんはプレビューでゆったり鑑賞&写真撮影もO.K.だったそうで、なんともうらやましい限り……。