国宝 薬師寺展

2008/04/13

この日、本当は歌舞伎座で昼の部の「熊野」を幕見で観たかったのですが、歌舞伎座に着いてみれば予想外の長蛇の列。そして私の前数名のところでソールドアウト。この(マイナーな)演目でなぜ?と驚いたのですが、玉三郎・仁左衛門の組み合せ、それに夜の部に宙乗りがあって幕見席の一部がつぶされていたのも原因であったようです。しからばと転進したのが、上野。会期中に必ず見るべしと思っていた「国宝 薬師寺展」を目指すことにしました。

薬師寺は、天武天皇が皇后の病気平癒を祈願して西暦680年に藤原京に建立を発願し、710年の平城遷都によって現在の地に移った大和の古寺。この展覧会は平城遷都1300年を記念して開催されたもので、金堂の《日光・月光菩薩立像》が揃ってお出ましになるほか、《聖観音菩薩立像》《吉祥天像》といった国宝を拝むことができるのがポイントです。

会場の東京国立博物館平成館はそれほど混んでおらず、まずは薬師寺の南に位置する休ヶ岡八幡宮の境内を模したコーナーで色彩豊かな《八幡三神坐像》〈国宝〉や愛嬌のある《狛犬 阿形・吽形》〈重文〉に迎えられ、奥に進むと東塔水煙の模造が飾られています。フェノロサがこの塔を評して「凍れる音楽」と言ったというのは有名でもあり事実ではないという説もある話ですが、ここに展示された水煙は天空から蓮華や華籠を持って舞い降りたり横笛を吹いたりした姿を透かし彫りにして、はるかな高みから凍れる音楽を衆生の上に奏で続けてきたことだけは間違いありません。そして、東南アジアでよく見る《仏足石》〈国宝〉を拝んだ後、突き当たりの《聖観音菩薩立像》〈国宝〉の周りをぐるりと一周。高さ2mほどのすっくと直立したお姿は、身体の線も顔のつくりも直線的ですが、左右の腕から足元まで垂れる紐は優美な曲線を描き、胸飾りや腰飾りも上品で美麗。左手は上に上げて親指と人差し指で輪をつくり、右手は下にして掌を見せ親指と中指で輪をつくって、そうした印形も立ち姿そのものにも穏やかな慈愛が漂っています。

ここからスロープを上がって一段高くなったところから、いよいよ《日光・月光菩薩立像》〈国宝〉を拝見することになりますが、まず、その大きさに圧倒されました。腰をひねり、体重を片足にかけて他の足を軽く曲げた三曲の姿はグプタ朝の仏像の影響だそうですが、そうしたリラックスした姿にもかかわらず3mを超える高さで左右対称に並び立つ両菩薩の黒光りするお姿には自然な畏敬の念に打たれます。ついで像の足元まで降りて行き、しげしげと見上げて一部の装飾の破損に心を痛め、あるいは後ろに回って普段は光背のために見ることのできないお背中の膨らみなどを確認しましたが、この巨大で、豊かな肉付きと緻密な装飾をもつ写実的な像が、いずれも一度の鋳造で造られているというのも凄いこと。まさにこれこそ「国の宝」です。会場のぜいたくなスペースの使い方も特筆すべきで、極めて大きな空間がこの二体のためだけに空けられており、そのことがかえって両菩薩像の大きさと神々しさを際立たせることにもなっています。ここは、展示主催者に拍手を送りたいと思いました。

《日光・月光菩薩立像》にじっくりと時間をかけたため、後は駆け足で塑像やら瓦やら金具やらを流し見てまわり、薬師寺や興福寺が奉じる法相宗の開祖・慈恩大師とその師である玄奘三蔵ゆかりの展示を見て、最後に《吉祥天像》〈国宝〉の思いがけない小ささに多少驚きながら、拝観を終了しました。

ちょうど、表慶館の方でミュージアムシアター「マヤ文明 コパン遺跡」というのをやっているというので、ついでに見てみましたが、内容は2003年の「マヤ文明展」でのVRシアターと同じでした。それでも、先日見てきたばかりのコパンの様子が生々しく再現されて、遺跡フリークの私としてはなんとなくうれしく思いました。