シャングリラ(ヤン・リーピン)

2008/03/20

Bunkamuraによる、

クライマックスでヤン・リーピンが踊る“孔雀の舞”は涙が出るほど美しい。

という宣伝文句に、偽りはありませんでした。

ヤン・リーピン(杨丽萍)は、雲南省大理の白(ペー)族出身のダンサー。1986年に自作の「孔雀の精霊」で注目を集め、今では中国で知らない者がいないほどの活躍を続けています。その彼女が、少数民族の坩堝である雲南省に伝わるさまざまな民族舞踊を調査・収集し、2時間の舞台に再構成したのが、この「シャングリラ」(云南映象 / Dynamic Yunnan)です。

会場のBunkamura オーチャードホールに開演10分前に入ると、舞台上には下手寄りに巨大な銅鑼がぶら下がり、上手側にはこれまた巨大な首飾り(?)。そして下手袖にマニ石(チベット仏教の経文を書いた石)が積み上げられていて、やがて開演前で客席がざわざわしている中、襤褸をまとった一人の演者がうっすらとスモークがかかった舞台上をうろうろし始めたかと思うと、マニ石をひとつ積み上げ、祈りを捧げてから再び引っ込んでいきました。あれは開演前の儀式なのでしょうか?

やがて開演のアナウンスがあって場内が暗転し、神秘的なコーラス(「Tarkus」のイントロを想起)がフェードインしてきて、プロローグ「創世記」が始まります。

「シャングリラ」にはストーリーらしきものはありませんが、一応

  • プロローグ:創世記
  • 第1場  :太陽
  • 第2場  :大地
  • 第3場  :故郷
  • 第4場  :聖地巡礼
  • エピローグ:孔雀の精霊

という構成があり、さらに舞台両袖の電光掲示板が舞台上の踊りや歌の説明を表示してくれる親切運営です。

巨大な銅鑼が打ち鳴らされて幕を開けるプロローグに続いて、第1場はさまざまな民族の太鼓の競演となります。ボディペインティングや民族衣裳でカラフルに飾られた男女が、太鼓やゴング、シンバルを打ち鳴らします。特に雨乞いの太鼓は野性的なまでにエネルギッシュで、会場全体がこのあたりから熱気を帯びてきました。するとそこへ、電光掲示板に「ダンサー:ヤン・リーピン」の表示。その瞬間、客席にさっと緊張が走るのがわかりました。今は中国でもヤン・リーピン自身が踊る姿を観る機会はほとんどないといいますが、そのヤン・リーピンがこのタイミングで登場するとは思っていなかったのです。太鼓が去って静寂が蘇った舞台の奥に直径5mほどの白い月が昇り、その手前に浮かび上がったのが、影絵のようなヤン・リーピンのシルエット。その姿は信じられないくらい細くしなやかで、全ての動きとポーズが、指の先まで完全にコントロールされていることがはっきりとわかります。その神秘的なソロダンスにぼうっと見とれているうちに、第1場は終了。

第2場は、楽しいフアヤオイ族の「花腰歌舞」。黒地に朱色を基調とした華やかな民族衣裳を身に着けた数えきれないほどの人数の少女達が舞台に広がり、明るい声を上げながら歌い踊ります。歌は3拍子、踊りは2拍子のポリリズムです。さらにステージ最前面に横一線に膝をついて、舞台を激しく手で叩きながら複雑な振付をものともせず歌いきる場面が圧巻で、楽しい場面であるはずなのに、なぜか涙腺を刺激されてしまいました。

第3場は、若い男女の交歓を表す踊りが続きます。「煙草入れの舞」では二人一組で動物や昆虫の姿になぞらえたさまざまなポーズが次々に繰り広げられ、「打歌」では男女ふたつの集団が絡み合ううちにカップルが生まれていくさまが踊られます。超高速の「花いちもんめ」といった感じの激しい動きに完全に息を切らせついには仰向けに倒れてしまった女の子を、これも全身で息をしている男の子がやっとの思いで抱え上げ、ゆっくり下手へ下がっていきます。だんだんずり落ちそうになる女の子を必死に抱え直しては歓喜の雄叫びをあげている彼に客席では笑いが広がっていましたが、二人の姿が下手袖に消えて最後の雄叫びが遠くから聞こえてくると、恋人同士となった二人を祝福する自然な拍手が沸き起こりました。

第4場はチベット族の祈りが主題。長さ数メートルにも及ぶチベット版アルペンホルン・ドゥンチェンの重低音が祈りを天に届かせ、開演前に舞台上に現れた男が再び登場して、高原の厳しい気候を示す雪、巨大な転経筒の行進、大勢の手によって激しく翻らされる赤い経旗の間を縫って、黙々とマニ石を積みます。ちょうど彼らのステージがオーチャードホールで初日を迎えた3月14日に、ラサではチベット族の同胞多数が当局の銃撃を受けるというチベット騒乱が発生しています。積み上げられたマニ石の祭壇への祈りは、この騒乱で命を落としたチベット族の人々に向けられたのかも知れません。

そして最後に再びヤン・リーピンが登場し、「孔雀の精霊」を踊ります。これは民族舞踊ではなく、ヤン・リーピンが創作したソロダンスです。スポットライトの中に浮かび上がったヤン・リーピンは静かに回転を続けていましたが、やがて腕を柔らかく伸ばし指先に輪を作ると、そこに孔雀の姿が出現します。さらに左右に広げた腕をあるいは滑らかに、またはかくかくと小刻みに動かしたり、不思議なバランスでポーズをとったり。スペーシーな音楽に乗って幻想的なダンスが展開し、最後にダンサーがしずしずと引く孔雀の尾羽根を模した布がステージ全面を覆うほどに広がって、終演。

雲南地方の少数民族に伝わる伝統的な踊りや音楽には、普遍的な人間の感情(喜び・恋・祈りなど)がこめられていますが、それでもどこかに懐かしい感じがします。それは、何度かの東南アジア訪問で雲南に通じる少数民族の伝統に多少なりとも触れたせいもあるでしょうが、それより日本人の文化のずっと底の方に雲南と通じる部分があるからかもしれません。雲南は、いずれ一度は行ってみたい場所のひとつですが、果たしてその機会は得られるでしょうか?

しかし、それよりも何よりも、終演後に舞台中央に立って観客からの拍手を浴びたヤン・リーピンは、本当に美しかった。ダンサーとしては引退も視野に入れていると聞きますが、ぜひもう一度日本のステージで、その神秘的な踊りを見せてほしいと思いました。