没後50年 横山大観―新たなる伝説へ

2008/02/03

国立新美術館で、「没後50年 横山大観―新たなる伝説へ」を見ました。

横山大観はこれまでにも何度か見て、主立った作品はだいたい目にしているはずですが、ポスターに「代表作 ずらり」などと書かれると、やはり足を運ばないわけにはいきません。それでも混雑に巻き込まれるのは嫌だな、と思っていたら、幸か不幸かこの日は東京にしては大雪。これなら客足も鈍るでしょうし、一方国立新美術館は乃木坂駅から直結しているのでさほど雪が気になりません。それではと、昼過ぎになってから降りしきる雪の中に出かけました。

確かに、これは凄い!あざとい企画意図は提示せず「どうだ驚いたか」とばかりに名品の数々を概ね制作年順に並べた、今時珍しい、ある意味ストレートな展示です。会場に入るといきなり《無我》(1897年)が出迎え、さらに《曳船》(1901年)や《夕立》(1902年)といった没線画法(朦朧体)の作品群、《瀟湘八景》の一部(1912年)、そしてあの《生々流転》(1923年)が長々しい身を横たえ、絢爛華麗な《夜桜》(1929年)と《紅葉》(1931年)が妍を競う豪華さ。さらに堂々たる《海に因む十題》シリーズ、四季の移ろいを《生々流転》と同様に一巻に展開した《四時山水》(1947年)と続き、《霊峰飛鶴》(1953年)を経て《或る日の太平洋》(1952年)で締めくくられます。

これら、いわば見慣れた作品以外に今回目を引いたのが、ボストン美術館から里帰りしたという《月夜の波図》と《海図》(いずれも1904年)。前者は、明るい月夜の浜辺、近景にかすかに白い波頭を見せる海の彼方で空と海が溶け合う美しい作品。後者は、薄墨がのたうち回るような複雑な模様の海をやや高い位置から俯瞰して、彼方に浮かぶ黒雲と海とのあわいをやはり白く溶け込ませたモダンな作風。また、琳派を研究した成果とされる《秋色》(1917年)は、金地の上にあしらわれた蔦の葉が縁を黄から橙に染めて装飾的で、これが後の《夜桜》《紅葉》につながる点が興味深いものでした。さりながら、墨の黒の上に抑制的に配された朱色が寒々しい《早春》(1924年)の、一分の隙もない構図の緊密さと細部の写実の確かさもまた、横山大観の魅力です。そしてこの作品での葉の黒から暗い朱色へのグラデーションは、本当に綺麗です。

絵画以外では、横山大観がヨーロッパを旅したときに使用したという旅行用トランク(革製のがっしりしたもの)やソフト帽、ドイツ製カメラ、懐中時計、それにウイスキーをしのばせたであろうスキットルが目を引きました。

あれ?《屈原》は?……残念ながら、こちらは2月13日からの後期展示。しかし、《無我》《夜桜》《紅葉》は前期のみ(2月11日まで)なので、これらを観たいならお早めに。