フィラデルフィア美術館展

2007/11/10

上野の東京都美術館で、「フィラデルフィア美術館展」。

フィラデルフィア美術館は、1876年に建国100周年を記念してアメリカで開催された万国博覧会のパビリオンのひとつを万博終了後に美術館として再オープンさせたものがルーツとなっており、1928年にはフィラデルフィア郊外に建つ巨大なギリシャ風の建物に移って、現在では所蔵品の質・量ともにメトロポリタン、ボストンと並ぶ、アメリカ屈指の美術館です。

今回は副題に「印象派と20世紀の美術」とあるように、充実した印象派絵画のコレクションが大挙してやってくるというので観に行きましたが、確かにこれは惹句に偽りなし。これほどのヨーロッパ絵画が、いつ、どうしてフィラデルフィアに集まるようになったのかを紐解くことは、それだけでも面白いテーマとなりそうです。

ともあれ、この展示の構成は、次のようになっています。

  1. 写実主義と近代市民生活 – 1855〜1890年
  2. 印象派とポスト印象派 – 光から造形へ
  3. キュビスムとエコール・ド・パリ – 20世紀美術の展開
  4. シュルレアリスムと夢 – 不可視
  5. アメリカ美術 – 大衆と個のイメージ

展示の最初に登場するのは、バルビゾン派のコロー(《泉のそばのジプシー娘》他)。そしてクールベ(《スペインの女》他)、ブーダン(《トゥルーヴィルの眺め》他)、マネ(《カルメンに扮したエミリー・アンブルの肖像》他)といった大家の作品が惜しげもなく並べられていて、いきなり圧倒されます。

しかし、印象派のコーナーはもっと凄く、ドガ、ピサロ(《午後の陽光、ポン・ヌフ》他)、モネ(《ポプラ並木》他)、ルノワール(《ルグラン嬢の肖像》他)、ゴッホ(《オーギュスティーヌ・ルーラン夫人と乳児マルセルの肖像》)、ゴーガン(《聖なる山(パラヒ・テ・マラエ)》)、セザンヌ(《セザンヌ夫人の肖像》他)の絵画、ドガとロダンのブロンズ彫刻、それにちょこんとアンリ・ルソー(《陽気な道化たち》)。そんな中で、ここでは以下の4点に触れておきましょう。

《室内》(ドガ・1868年または1869年)
中央のランプの明るさがぼんやりと丸いテーブルの上を照らしてはいるものの、扉の前に立ちポケットに手をつっこんで黙って立っている男と、その男に見つめられながら椅子の上に片肌を見せて背を向ける女の顔は、共に暗い影になかばを隠して表情が読み取れません。ただ二人の仕種には不和が感じられ、薄暗い照明が静かでありながら劇的な緊迫感を生み出しています。ドガがこの絵で狙ったのは、そんな光と夜の効果による心理描写であったようです。
《アンティーブの朝》(モネ・1888年)
一転して、比類ない明るさをたたえた作品。全景右半分を大らかな枝振りに青と黄の葉を茂らせた木が占め、画面下方の緑と青の海の左奥にはピンクの靄にかすんだアンティーブの白い町並みが遠景として横たわります。ここで描かれるのは、モネが「どんなに描くのが難しいことか!」と嘆息した、地中海の日差しです。
《大きな浴女》(ルノワール・1905年)
今回の展示の目玉といえる作品。一般的な基準でいえばあまりにもふくよかすぎる女性のヌードですが、実物を見ると、茶色や緑、黄色、バラ色でぼんやりと描かれた背景に浮かび上がる若い女性の肌はどこまでもきめが細かく、茶色の髪の柔らかさも思わず触ってみたくなるほど。
《ジヴェルニーの冬景色》(セザンヌ・1894年)
今回、最も惹かれた作品。塗り残され下地が見えている未完成の作品ですが、空の青、家や木や土の茶、セザンヌらしいくすんだ緑が大雑把に塗られた画面には、屋根の三角形と果樹の垂直線、塀や地面の水平線によって幾何学的に緊密な構成が見てとれて、むしろこれで既に完結しているのではないかと思えるほど高い完成度。モネの招待で滞在したジヴェルニーのホテルから宿代も払わずにふいといなくなったセザンヌが置き忘れていたのを、宿の女主人がその価値を認めて代償に所蔵したものだそうです。女主人の慧眼に、我々は感謝しなければなりません。

続くコーナーはピカソ(《自画像》《ヴァイオリンを持つ男》《三人の音楽師》他)に始まり、ブラックやグレーズからカンディンスキー(《黄色の小絵画(即興)》《円の中の円》)、パウル・クレー(《魚の魔術》)があったかと思えば、マティス(《青いドレスの女》他)、ルオーもあり、マルセル・デュシャンやモディリアーニ(《ポーランドの女の肖像》)、シャガール(《自画像》他)まで幅広くカバーしていて、そうした混沌のコーナーの真ん中にはブランクーシの石造《接吻》がユーモラスに佇んでいます。

ここまででもお腹いっぱいになってきますが、シュルレアリスムのコーナーにはキリコ(《占い師の報酬》)、ミロ(《馬、パイプ、赤い花》他)、マグリット(《六大元素》)が続きます。そして最後、アメリカ絵画のコーナーの一番おしまいに展示されていたのは、大好きなワイエスの《競売》。久しぶりに見たワイエスの、黄色く枯れた草の細密な描写に見入りながら、25万点にも及ぶというフィラデルフィア美術館のコレクションに、直に接したいものだと思いました。

美術館を出て「ちょっとお茶でも」と上野公園内を歩いていると、「だんご」「おでん」の幟が目に入り、ふらふらと中に入ってみました。ここ、新鶯亭は鶯だんご(抹茶あん、白あん、小豆のこしあん)が名物らしいですが、抹茶あんを使った鶯しるこも不思議。白あんを使えば白鷺しるこ、小豆のこしあんを使えば御前しるこ。早い話がこの三種のあんを使い回してメニューを組み立てる潔さ(?)も、特筆ものです。鑑賞のお帰りに、ぜひ。