鉄弓縁 / 痴夢 / 火雲洞(山西省京劇院)

2007/09/30

池袋の東京芸術劇場で、山西省京劇院の「鉄弓縁 / 痴夢 / 火雲洞」を観ました。山西省京劇院は河北太原に創立され、50年の歴史を誇る京劇院。

鉄弓縁

この演目、武芸に秀でた娘・陳秀英とその母が営む茶館での、匡忠や石倫とのやりとりを描く滑稽な場面がよく演じられるそうですが、今日の演目ではその後に陳秀英が男装して辺境へ発ってからの戦いを描き、したがって陳秀英(孟霞)の役柄は雉尾生、靠旗を負い翎子をひらめかせた重武装で立回りを演じます。出陣に際して気合を入れていく起覇でさまざまな見得が舞踊的に決められていきますが、見事なY字バランスには感嘆。そして同じく重武装した王富剛(孫磊)のバック転に驚かされた後に、陳秀英の打出手では槍や足はもとより、背中の靠旗まで使って打手槍を打ち返し、一度などは靠旗にくるりと絡めとった打手槍をさらに手にした槍で回してから返してみせました(こういう技は、初めて見た)。

痴夢

ケレン味たっぷりの「鉄弓縁」とはうってかわって静かな芝居。別れた夫が科挙に合格したと知って後悔する妻が、つかの間の夢に元夫の使者を迎えて喜ぶものの、目を覚ましてがっかりというちょっと可哀想な話です。そうした経緯を主人公の崔氏(賈艶麗)が問わず語りに語るのですが、単純に見れば甲斐性のない夫を平手打ちして別の男と再婚した悪妻ながら、崔氏の語りにユーモアと可愛げがあってつい同情してしまいます。演出も巧みで、舞台上を暗くし崔氏の周囲に照明を控え目に集め、背景も黒幕を左右から寄せて縦長にブルーの空間を作り、崔氏が外に出るとその背景がオレンジに変わって夕方を示し、またスモークとともに元夫の迎えが現れる夢の場面では背景を広げてブルーとピンクのグラデーションで怪し気な雰囲気を醸し出すといった具合。京劇というととかく派手な立回りに目を奪われがちですが、この演目は主人公に感情移入でき、ほぼ一人語りだけで最後まで見せ聞かせきって、京劇の奥の深さを示しました。

火雲洞

おなじみ西遊記の一幕。先日観た「火焔山」の前のエピソードで、牛魔王と鉄扇公主の息子の紅孩児が不老長寿を得るために玄奘三蔵の肉を食らおうと火雲洞に連れ去り、これを救おうとする孫悟空らと激しく戦うというお話です。ストーリー自体は実に素直でわかりやすいだけに観客の興味はアクロバティックな立回りに向かいますが、これがとにかく凄いものでした。例によって猪八戒(左向峰)が超自分勝手な際立ちキャラの上に、立回りでも太った腰で左右からの打出槍を打ち返すなどしたい放題で笑えましたが、何といっても主役の孫悟空(石新発)。棒術では如意棒(手のひらに収まっていた銀色の小道具が空中に投げ上げられて如意棒サイズにびよーんと伸びる、という小技も!)をぶんぶん振り回すだけではなく、頭上に掲げた手の平の上で水平回転させたり、高く投げ上げた棒を見もせずに背中に回した後ろ手で受け止めたり。さらには敵から奪った錘でジャグリングをし、相手のさまざまな把子(武器)を足元に組んで一度に投げ上げ敵の兵士達にキャッチさせ、そして鞘に収めた剣二振りを同時に回転させながら投げ上げて先に剣をつかみとり、上から落ちてきた鞘を刀身ですっぽり受け止めるなど、よくこれだけアイデアが湧くものだと感心するくらいに多彩な、かつ難度の高い技を見せてくれました。もちろんこうした軽業系の把子功だけでなく、空中で激しく水平回転しながら舞台上に円弧を描き、虎の輪くぐりならぬ猿の輪くぐり(?)まで見せて体術面でも優れたものを示して、拍手喝采を浴びました。最後に紅孩児が南海観世音菩薩に囚われて改心するくだりはおそろしくあっさりしていましたが、なにせあくまで活劇だから、これはもうこれでいいのです。

残念ながら客席はあまり埋まっていなかったのですが、これは本当にもったいない。立回りの際立った冴えから語り芝居の奥深さまで見どころが多く、私自身にはとても楽しかった公演でした。

ところで、思えば西遊記のお話はあながち荒唐無稽なフィクションとは片付けられません。たまたま玄奘は天竺への旅を成功させ、唐に戻って大唐西域記を残したために成功者として今に伝えられていますが、同じ時代に玄奘と同じ志を持って求法の旅に乗り出した者は決して少なくはなかったでしょう。その「三蔵になれなかった者たち」は、あるいは賊に襲われ、厳しい気候に負け、または病に斃れ、初志を貫徹できなかったのに違いありません。そうした大勢の僧侶達を襲った不幸が、変化の姿となって西遊記に描かれたのだ考えれば、これはすぐれてリアルな話だと言うことができるのかもしれません。

(「平山郁夫 祈りの旅路」に掲示された玄奘三蔵の足跡)

配役

鉄弓縁 陳秀英 孟霞
石須龍 張巍
陳母 左向峰
匡忠 安暁強
王富剛 孫磊
 
痴夢 崔氏 賈艶麗
役人 楊正文
 
火雲洞 孫悟空 石新発
紅孩児 楊俏
三蔵法師 安暁強
猪八戒 左向峰
沙悟浄 張巍
雄獅 要学寧
観音菩薩 賈艶麗

あらすじ

鉄弓縁

武芸に秀でた娘・陳秀英は、男装して二龍山の山賊の兵を借り、征伐に乗り込んできた石須龍の軍を打倒して、石須龍に流刑に処されていた婚約者・匡忠と再会する。

痴夢

朱買臣の妻・崔氏は清貧の暮らしに耐えられず離婚して他の男と再婚したが、朱買臣が科挙に合格し太守になったと聞いて後悔する。そこに朱買臣からの迎えが現れて大喜びするが、ふと気づけばそれは夢。崔氏は一層の悲嘆に沈む。

火雲洞

聖嬰大王を名乗り傍若無人の紅孩児は、孫悟空が托鉢で留守の間に三蔵を火雲洞に連れ去る。孫悟空、猪八戒、沙悟浄は三蔵を救おうとするが、紅孩児の三昧眞火の術にはかなわない。しかし南海観世音菩薩の加護により紅孩児はとらえられて善財童子となり、一行は天竺への旅を続ける。