平山郁夫 祈りの旅路

2007/09/17

竹橋の東京国立近代美術館へ、平山郁夫画伯の「祈りの旅路」展を見に行ってきました。氏がシルクロードを中心に文化遺産保護活動に邁進していることは聞き知っていましたが、肝心の画業に関しては、あまりにも露出度が高く、かつ写実性の強い(裏返せば様式性に乏しい)画風が私の感性にはなんとなくピンとこなくて、これまでちゃんと鑑賞したことがありませんでした。そんなわけで今回、氏の喜寿を記念し、60年の画業を集大成するというふれこみの本展は見逃せませんでした。

展示は以下の4つのパートに分けられています。

  1. 仏陀への憧憬
  2. 玄奘三蔵の道と仏教東漸
  3. シルクロード
  4. 平和への祈り

第一章は、《行七歩》《捨宮出家図》《建立金剛心図》《入涅槃幻想》など、1960年代の作品を中心に、仏陀にまつわるさまざまな伝説を描いた絵が並びます。とりわけ《天堂苑樹》の、一面の群青に溶け込むように緑のインドの森、金色の仏陀や菩薩たち、うずくまる白象が配され、そして遠くのオレンジの空が幻想性を高めている様子は極めて個性的。これが氏の初期画風の特徴であったのだろうということは、続く第二章に組み入れられた、氏の画業の起点とされる《仏教伝来》でより鮮明に理解されます。ここに描かれているのは、インドへの求法の旅を終えて帰途にある玄奘三蔵がオアシスに辿り着いたところ。暗い画面に浮かび上がる玄奘三蔵は薄い輪郭線にほとんど表情もわからないほどぼんやりとした顔をしており、乗っている馬も草木の葉も飛び交う鳥も極めて様式的な形をしていて、そのことがかえって玄奘三蔵がもたらそうとしているものの尊さを示しているように見えます。このあたりの画風の絵は、たいへん好ましく感じました。

ところが、1968年の《バーミアンの大石仏》あたりから画風はがらりと変わり、中央アジアへの取材の旅で見た景色をもとに写実的な描写が連なるようになってきます。きれいで、そつがなくて、そのかわり没個性的。下のチラシの表面に描かれた《高燿る藤原京の大殿》は第三章のシルクロード東端に置かれてはいるものの、画風としては幻想から写実への転換期に位置するもので、この作品を最後に、こうした空想性は影を潜めていきます。もちろん画風変転後の作品でも、敦煌の景観を予想外のアングルでパノラマ的に描いた《敦煌三危》《敦煌鳴沙》の連作には素直に圧倒されるのですが、たとえば《絲綢の路 パミール高原を行く》に描かれた景色などは、果たして日本画という表現形式を受け入れる風土なのだろうかと疑問が湧いてきます。そして今、「平山郁夫画伯の絵」として売れているのもこの路線のシルクロードものであり、そのことがなんとなく通俗的に感じられてこれまで敬遠してきたというわけです。

しかし、氏の広範囲にわたる活動の原点に広島での被爆体験があったということは、今回初めて知りました。そのことを端的に描き出してみせたのが、第四章の《広島生変図》。圧倒的な筆力で描かれる紅蓮の業火が画面全体を覆い、その下端のほんのわずかの高さに原爆ドームをはじめとする町並みがシルエットとなって焼き尽くされようとしています。その広島の町を、画面右上部に浮かぶ巨大な不動明王が忿怒の形相で見つめているのですが、その姿は怒りや怨恨ではなく、再生の希望を表しているのだそうです。この一枚にいろいろな意味で救われるものを感じた、不思議な展示会でした。