熊谷陣屋 / 阿古屋

2007/09/16

今月の歌舞伎座は、播磨屋が座頭の秀山祭。前々から観なくてはと思っていた「熊谷陣屋」と「阿古屋」を、幕見席で観ました。

熊谷陣屋

まずは「一谷嫩軍記」から三段目切「熊谷陣屋」。『平家物語』の有名なエピソードである一の谷での敦盛討死と熊谷出家を脚色し、後白河法皇の落胤である敦盛を救うために熊谷が我が子を討ち、首実検に供するというお話。

吉右衛門丈の熊谷直実、芝翫丈の義経、富十郎丈の弥陀六、そして福助丈の相模という豪華配役で、この上もなく重厚な舞台。同じく貴種を救うために我が子を差し出す話に「寺子屋」がありますが、そちらでの松王丸がめそめそしているのに対し、熊谷直実は鎌倉武士らしく、あからさまに嘆いてみせたりはしません。「一枝を伐らば一指を剪るべし」の制札を三段に突いた見得もあくまで堂々として、場内を圧します。それだけに、僧形で戦線を離脱する熊谷が幕切れの花道で「十六年は一昔、夢だ夢だ」と絞り出す嘆き、彼方からかすかに届く打ち物の響きに一度ははっと振り向きながらも、ついに追われるように引っ込む姿の悲痛さがいや増してきます。

それにしてもかわいそうなのは、熊谷の妻・相模。「寺子屋」の女房千代が松王丸と示し合わせ、覚悟を決めて我が子を差し出しているのに対し、相模の方は首実検の段になって初めてその首が我が子小次郎のものであることに気づきしぇーっ、その首は!。しかしここは主君・義経の前。あくまで敦盛の首としてその母・藤の方のお目にかけよと夫に命じられ、後ろ姿にすとんと腰を落として、それだけで自分を納得させなければならなかった上に、夫は勝手に出家してしまうのだから救われません。こういう見方は本筋からはずれるのでしょうけれど。

いったん外に出て、喫茶「暫」でコロッケカレーを食してまったりしてから、再び幕見席入口へ。

壇浦兜軍記

これまた源平のエピソードを扱う「壇浦兜軍記」の三段目の口「阿古屋」は、悪七兵衛景清の行方を追うために、景清の恋人である五条坂の遊君・阿古屋を詮議する話です。玉三郎丈の阿古屋の花道の出が、まずは様式美の極致という感じ。両手を広げ阿古屋の前後を固める捕手たちの姿も一種能舞台を思わせる厳粛なものですし、その真ん中をしずしずと進む阿古屋の遊女姿は、明るい舞台の上でもひときわ華麗で圧倒的な存在感があります。そして阿古屋が、重忠の求めに応じて琴・三味線・胡弓を次々に弾き分けてみせるのがこの芝居の眼目。江戸時代の太夫は歌舞音曲はもとよりさまざまな教養を身につけていなければならなかったといいますから、実際に琴・三味線・胡弓を弾くのも難しいことではなかったでしょうが、現代の歌舞伎役者が、それも景清を思う心情を演技で示しながら、それぞれに高度な演奏を見せて客席の喝采を集めるというのは本当に凄いことです。

その阿古屋の取調べにあたる秩父庄司重忠の吉右衛門丈は、昼の部の熊谷直実とはうってかわって、悠揚迫らぬ雰囲気。この芝居では脇に回っていますが、吉右衛門丈の大きさがあってこそ、所作舞台上での玉三郎丈の芝居が生きています。また、補佐役の岩永は二人の人形遣いに遣われ、眉毛も仕掛けで動くようになっていて、台詞は全て太夫が語ります。赤塗りながら滑稽な役で、拷問で吐かせてやると舞台上に呼び込んだ竹田奴がショッカーの戦闘員みたいにキキキキと鳴いていたり、三味線に聞き惚れてついうとうとしたところを重忠の扇子でどんとやられてあわてたり、手あぶりの火箸で胡弓を弾く真似をしたり。そうした動きの全てが見事な人形振りで演じられて面白く、知らない人が見たら本物の人形だと思ったかもしれません。

配役

熊谷陣屋 熊谷直実 中村吉右衛門
相模 中村福助
藤の方 中村芝雀
梶原景高 澤村由次郎
亀井六郎 大谷桂三
片岡八郎 澤村宗之助
伊勢三郎 坂東薪車
駿河次郎 吉之助
堤軍次 中村歌昇
弥陀六 中村富十郎
源義経 中村芝翫
 
阿古屋 遊君阿古屋 坂東玉三郎
榛沢六郎 市川染五郎
岩永左衛門 市川段四郎
秩父庄司重忠 中村吉右衛門

あらすじ

熊谷陣屋

熊谷直実の陣屋では、初陣の息子小次郎の様子を心配する熊谷の妻相模と、やはりわが子平敦盛の安否を気遣う藤の方、堤軍次が、主人の帰りを待っている。帰陣した熊谷は、敦盛を討った様子を語り聞かせるが、義経の前で首実検に供されたのは、小次郎の首。「後白河院の落胤である敦盛を助けよ」との制札に託された義経の内意を察知した熊谷は、我が子を身替わりにしたのだった。救われた敦盛が、石屋の弥陀六実は平宗清に無事託されるのを見届けると、熊谷はあらかじめ決意していた出家の姿となって、陣屋を後にする。

阿古屋

源頼朝に恨みを募らせ逃亡中の平景清の居場所を詮議するために、愛人の遊女阿古屋が問注所に呼ばれる。郎党の榛沢六郎の尋問でも口を割らない阿古屋に対し、代官の岩永左衛門は拷問を主張するが、詮議の指揮官である秩父庄司重忠は、琴、三味線、胡弓を順に弾かせることで、阿古屋の心のうちを推し量ろうとする。