インカ・マヤ・アステカ展

2007/07/29

上野の国立科学博物館で開催されている「インカ・マヤ・アステカ展」を観てきました。NHKスペシャル「失われた文明〜インカ・マヤ・アステカ〜」との連動企画で、テレビの方は視聴済みだし、インカは昨年実際に現地で見てきたところ、マヤの方も2003年にかなり充実した「マヤ文明展」を見ているのでそう目新しいものを期待したわけではありませんが、そうは言っても遺跡フリークの私としては見逃せない展示です。

展示は、タイトルそのままに大きく次の3つのパートに分かれています。

  • マヤ文明〜密林の王朝〜
  • アステカ文明〜湖上の大都市〜
  • インカ文明〜天空の都〜

最初のマヤ文明のコーナーでは、冒頭に勇壮な戦士の姿を浮彫りにしたカミナルフユ石碑11を置いて、以後豊富な土器や石器、それに翡翠の仮面にマヤの王権や国家の様相を物語らせています。マヤ地方では重量物の運搬に使える家畜の飼育が行われなかった(そのために車も発明されなかった)ので、大規模な兵站を伴う征戦は行われず、都市間の戦争は支配・従属関係を確立して貢納を獲得することを目的としました。マヤの王たちは戦士であるとともに最高神官であり、自らの身体に傷をつけてその血を神に捧げる放血儀礼の義務を自らに課した姿がヤシュチラン遺跡のリンテル(楣石)の石彫に描かれているほか、そこで王が自らの性器を傷つけるのに使った錐やナイフも同様の習慣を有したアステカ文明のコーナーに展示されています。痛そー。

続くアステカ文明のコーナーでは、極め付きの血の儀礼がたびたび行われた湖上都市テノチティトランと、その前史をなすテオティワカンが紹介されます。会場の中央にはテノチティトランの中央神殿群(テンプロ・マヨール)の模型が置かれ、さらにワシの戦士像やミクトランテクトリ神像がおどろおどろしい表情で立っていますが、それらも1487年にウィツィロポチトリ神殿で4日間に数千人の捕虜の生贄が神に捧げられ、白い漆喰の大神殿が血に染まったという記述の前には色を失ってしまいます。スペイン征服戦争時にはスペイン人の捕虜も生贄にされ、その頭部は横杭に串刺しにされてツォンパントリ(頭蓋骨陳列台)にさらされたとのこと。恐ろしい……。

アンデス文明のコーナーも土器が中心ですが、注目を集めていたのはマチュピチュの1/400スケールのジオラマ。これを見た上に巨大スクリーンに投影される実際のマチュピチュの様子を眺めれば、誰しも本物のマチュピチュを見に行きたくなるに違いありません。このコーナーは、最後におなじみミイラが数体展示されて、おしまい。第二会場は物産展になっていて、そこで記念のポロシャツ1枚をゲットしてから国立科学博物館を後にしました。

上野駅の公園改札を出るところでは「混雑で入場制限20分」とアナウンスされていて、なるほど夏休みだから子供達がうじゃうじゃいるんだろうなと思いましたが、実際にはほとんど待ち時間なく入れて、しかも会場内を埋めていたのは大半がカップル。なんでや?もっとも、子供達がミクトランテクトリ神像(下右のチラシの内臓をむき出しにしたおどろおどろしい像)を見たら、怖くて夜トイレに行けなくなってしまうかもしれません。

また、冒頭に「遺跡フリーク」と書いたように、古代建造物が好きな私にとっては土器がたくさんあってもそれほどぴんとこないのですが、会場の説明文や図録の解説からは最新の知見も得られてそれなりに満足。ただ、テノチティトランやマチュピチュのジオラマを展示してくれるのなら、あわせてティカルの模型も作ってもらいたかったな。今、一番行きたい遺跡がマヤ、それもたくさんの神殿からなる複雑な平面プランを持つティカルの遺跡なのです。誰か、プラモデルにして売り出してくれないでしょうか。