Wetton / Downes

2006/10/24

原宿、20時半。冷たい雨がそぼ降る中、暗い路地に列を作り無言で立ち尽くす男たちの姿がありました。服装も年齢も異なる彼らは、しかしある共通の不安を心の内に抱えながら、その時が来るのを待っていました。彼らの不安とは……。

今日のJohnは、まともに声が出るんだろうか?

まぁ実際には皆が皆そんなことを考えていた訳ではないでしょうし、本当は男ばかりではなく女性ファンも列に混ざってはいたのですが、私にして見れば前回のJohn Wettonソロ名義でのライブがあんまりの出来だったために、今回のWetton / Downes名義でのライブも楽観的な気持ちにはどうしてもなれなかったのでした。それはともかく、かつてのAsiaでの盟友Geoff DownesとJohn Wettonはここのところ親密に活動を共にしており、9月にはSteve HoweやCarl Palmerまで巻き込んでオリジナルAsiaのリユニオンライブを敢行したのだから驚きです。その4人で来日してくれれば東京国際フォーラムでも埋める力は今でもあると思うのですが、50%Asiaで来日した今回の会場は東京がキャパ400人のアストロホール、名古屋と大阪がブルーノートとえらく慎ましやか。それぞれに1日2回公演で、私がこれから参戦しようとしているのは来日初日のセカンドステージということになります。定刻が近づき、係のお兄さんの呼び込みに従いチケット6,500円以外にワンドリンク500円を支払って会場に入ってみると「ホール」というよりは「ライブハウス」という感じの長方形のハコで、奥の一段高くなったステージ下手にGeoffのキーボード群、中央奥がドラムで、中央がJohn Wetton、上手がギターの立ち位置です。Geoffの機材はローランド中心に5〜6台のシンセとノートパソコンやオルガンモジュールを加えたセットで、こんな会場でも重量級のシステムを組まずにはいられないGeoffの職人気質(?)には本当に頭が下がる思いです。

ライブは定刻を10分ほど過ぎたところで、BGMが消えてもいないのにいきなりメンバーが登場して、John Wettonの「コンバンワ」の声で始まりました。ギターはJohn Mitchell、ドラムはSteve Christeyというもはやおなじみのメンツ。Geoff Downesはもともと体格がいい人なので若い頃とあまり変わりない様子だし、JWは一時期よりも少しスリムになっているような気がします。その後少しは節制したのかな?そして、GeoffのシンセとJWのハーモニカでイントロ的な小品が演奏された後に、あの聴き慣れたピアノのイントロが入って「Don't Cry」。ドラムが入ってきていよいよヴォーカル。……John、いったいどうしたんだ?調子がいいじゃないか!身贔屓抜きで、今日のJWの声は絶好調です。そして2ndヴァースでGeoffの輝かしいシンセフレーズがバックに入ると、JWのヴォーカルはますます説得力を増してきます。Geoffの方もたくさんの鍵盤を忙しく弾きながらちらちらと客席に横目で視線を送るのを忘れておらず、こちらも「Go」「Only Time Will Tell」といったAsiaの曲での存在感のあるシンセやオルガンが目の前で再現されるのを信じられない気持ちで見つめました。

ここで、おもむろにJWが「キミタチサイコダヨ」とお約束のフレーズを繰り出して会場のウケをとり、ファンサービスしたんだから、という訳でもないでしょうが「次はニューアルバムからの曲。後で買うように」とMCの後に新譜『Rubicon』からの曲(「The Die Is Cast」)を披露しました。この日演奏された新曲は、マイナーなイントロから突如疾走しはじめるこの曲とタイトルナンバーの「Rubicon」という変拍子のイントロを持つ力強い曲(曲名だけみると「The Die Is Cast」の兄弟みたいです)、それにサイレントメドレーの中で演奏された「The Glory Of Winning」の3曲。

ハードな演奏での「Let Me Go」の後ドラムが袖に引っ込み、シンセとアコギ、それに空間系エフェクトのクリーンサウンドでギターが絡みWetton / Downesでの数曲が情感たっぷりに演奏され、そのまま3人で静かなアレンジで演奏されたのがAsiaの『Alpha』から「Never In A Million Years」。『Alpha』というアルバムは、不必要に大仰なアレンジ、中音域がパンパンに張ったイコライジング、演奏のキレを損なうモコモコしたエコーが嫌いで、この曲も今ひとつピンときていなかったのですが、こうして切々とI would never leave you. I would never go.と歌われてみると、この曲が全く違う印象を伴って胸に染み入ってきますし、そもそも『Alpha』の頃にJWが書いた歌詞は、もはやAsiaという重厚長大なフォーマットとはそぐわなくなってきていたこともあらためて理解されます。それは、当時のAsiaのメンバー達(とりわけJW)にとってもAsiaに70年代プログレの残像を求めたファンたちにとっても不幸なことだったかもしれませんが、こうやって20年も歌い続けられることで新しい命が吹き込まれる曲があるというのは、作曲・作詞者にとっては幸福なことかもしれません。少なくとも私は、この日演奏されたどの曲よりもこの曲が好きになってしまいました。

ドラムマシンに乗ってSteve Christeyがひとしきりジャングルビートを叩いて、そこにギターやシンセが絡んだところでハイハットが入り始めると、いつの間にか曲は「Days Like These」。JWも実に楽しそうに歌っていて、その表情は自信に満ちあふれてもいます。そう言えば今日のJWは、終始安定したベース演奏を聴かせてくれています。もちろんミスもところどころにはあって、若干の歌詞間違いは毎度のことだとしても、「Sole Survivor」ではSteve Christeが拍子のとり方を完全には把握していないところが見られたし、ヴァースでフロントの3人が皆コードの解釈が違うんじゃないのか?と不安にさせられながらもコーラスで何とか回帰するというベテランらしい綱渡りを見せられたりしましたが、そうしたもろもろも、この会場の一体感を損なわない狭さがかえって幸いして「JWがんばれ!」と声援に変わってしまいます。続く「Open Your Eyes」でも、Geoffは出だしにディストーションのかかった派手なオルガンサウンドを流してしまい、すぐにモジュールを操作して音色を修正していましたが、あのヴォコーダーが流れるとそんなミスは記憶の片隅に追いやられて、会場には溜息のような不思議な歓声。JWも演奏途中でベースの4弦のチューニングが狂ったらしくしきりに調弦しようとしながら歌っていましたが、それでも彼のヴォーカルはよれることがなく、きちんとこの名曲(ギターとシンセのユニゾンに続くこの曲の3rdヴァースの自在なヴォーカルワークは、彼のベストプレイのひとつだと思います)の熱唱を再現してくれました。もっともその後、ツインペダルがどかどか鳴る中でひとしきりギターやシンセがソロを回し、そろそろいいだろうとJWがちらちらドラムの方を見るのにSteve Christeyがドラムとの格闘に忙しくて一向に終わる気配がなく、「いったいどこで終えるつもりなんだよ!」とJWとJohn Mitchellが顔を見合わせて笑いながらも仕方なく弾き続ける場面もあってこちらも笑えました。最後は、無事にドラムがタムでコールをかけて着地成功。

アンコールの1曲目は、ピアノとヴォーカルだけで演奏された「The Smile Has Left Your Eyes」で、ここでのJWの朗々と歌い上げるヴォーカルにも素晴らしい情感が感じられ、会場からは自然に湧き上がる興奮と尊敬の拍手。そして極めつけはもちろんあの「Heat Of The Moment」で、正味70分のステージを終了。この後、Asiaのベスト盤を買った客にはサイン会が用意されているとのことではありましたが、この日の演奏に十分満足してそのまま会場を後にしました。正直に言って、前回のライブでの絶不調と、その後本国で活動休止(アルコール中毒の治療)期間を設けた経緯から、JWがここまで復調できるとは思っていなかったのですが、この夜に見たJWのヴォーカルは、多少声が嗄れたところもあったものの、声量・表現力ともソロでの来日ステージの中ではベストに近いパフォーマンスで、諦めずに足を運んでよかったと思わせてくれるものでした。

ミュージシャン

John Wetton Vocals / Bass / Guitar
Geoff Downes Keyboards / Vocals
John Mitchell Guitar / Vocals
Steve Christey Drums

セットリスト

  1. Pane Bruno / Don't Cry
  2. Go
  3. Only Time Will Tell
  4. The Die Is Cast
  5. Voice Of America
  6. Paradox / Let Me Go
  7. Meet Me At Midnight / The Glory Of Winning / Never In A Million Years
  8. Days Like These
  9. Rubicon
  10. Sole Survivor
  11. Open Your Eyes
    -
  12. The Smile Has Left Your Eyes
  13. Heat Of The Moment