ルソーの見た夢、ルソーに見る夢

2006/10/22

深田久弥の『わが愛する山々』に収められた「御座山」の中に、次のくだりがあります。

一時間の後、私たちはだんだん小さくなる峠の地蔵を振返りながら、明るい原を下っていた。
「アンリ・ルソーだね」と茂地君が空を見上げながら呟いた。
「税関吏(ドアニエ)の雲か」と不二さんが応じる。
いつの間にか、晴れた空に、ラグビーのボールのような大きな雲がポカリと一つ浮いていた。

ことほどさように、昭和の知識人にとってアンリ・ルソーというのは身近な存在だったようです。そのあたりにフォーカスした「ルソーの見た夢、ルソーに見る夢」展を、世田谷美術館で見ました。

最初の展示室には、もちろんアンリ・ルソー本人の作品が並び、特に最晩年の作品である《熱帯風景、オレンジの森の猿たち》がまさにルソー以外の何ものでもあり得ないと思える圧倒的な存在感。また《サン=ニコラ河岸から見たサン=ルイ島》の透明な月明かりの美しさにも魅了され、これらのいずれにも共通しているルソーならではの遠近感のなさと独特のグラデーションを堪能しましたが、実はルソー自身の作品はいま日本国内に保有されているものに限られているので、それほど点数が多いわけではありません。次の展示室には美術評論家ヴィルヘルム・ウーデに見いだされて「素朴派」として世に知られることとなったカミーユ・ボンボワ、アンドレ・ボーシャン、セラフィーヌ・ルイ、ルイ・ヴィヴァンの作品が展示されていて、これらの中ではボンボワの絵がとりわけ面白く、原色の服をまとった大柄の女性に笑わされつつも実は恐ろしく丹念な仕事をしている樹木や草の描き方の細密さに驚かされたのですが、展示の力点はむしろこの後に続く、日本人画家・写真家がいかにルソーを受容し、自分たちのものとしていったかを跡づける点にあったようです。

藤田嗣治や彼を慕ってパリに赴いた日本人画家たちの間で、ルソーの「素朴な原始時代の人のような」個性と詩的イメージは熱烈な受容を生み、そこから大正末期には「ルッソー風」と呼ばれる素朴な描写スタイルが流行したそうです。第3のコーナーでは、岡鹿之助の大正末〜昭和初期の《信号台》や《観測所(信号台)》に見られる壁や空、地面といった平面の階調表現が確かにルソー風ですが、さらなる大作《古港》は同じメルヘンタッチながらどちらかといえばスーラ風に見えます。他にも様々な日本人画家の絵が展示されていて、上山二郎の《シルク・ド・パリ》のピンクがとても美しかったのですが、中には「これのどこがルソー?」と首を傾げるものもあります。しかし、ルソーを感じるかどうかは抜きにしても1940年代の松本竣介一連のダークな作品には引きつけられました。

ルソーの影響を受けたのは洋画家だけではなく、土田麦僊や小野竹喬の絵の中にルソーが顔を出します。特に小野竹喬の《春耕》に見られる空と雲、樹木の表現は明らかにルソー的装飾性を示していて、竹喬ファンの山仲間Fさんもこれを見て大喜び。このコーナーに加山又造の《月と犀》が展示されているのを見たときは首をひねりましたが、図録の解説はこの絵にルソーの《眠れるジプシー女》との関連を指摘していました。さらに写真のコーナーを経て、「現代のルソー像」では横尾忠則によるシュールなパロディとして再生されたルソー(ライオンに喰われたジプシー女、自分の首を使ったフットボールなど)や、靉嘔の虹色のルソー、さらに青木世一によるルソーキット(組立て式の《フットボールをする人々》!)で展示は終わります。

「ルソーの絵」ばかりを期待していくと多少肩すかしに合うかもしれないし、またあらかじめルソーの絵をある程度広く知っていないと後半の展示がピンとこない部分もあるでしょうが、私自身は非常に意欲的で面白い企画だと好感を持ちました。そうした意欲は、たとえば上のような子供向けの解説冊子や、下の写真のような「ルソーのジャングル」にも現れています。「ルソーのジャングル」は段ボールで作った樹木や動物でトンネルのように通路をデコレーションしたもので、美術館のワークショップで上述の青木世一の指導を受けながら小学生・中学生が中心になって作ったものなのだそうです。奥深いジャングルの向こうは、美術館併設のレストラン。

ついでに書くと、私はルソーの絵を見るたびにレコード『A Young Person's Guide To King Crimson』のジャケットを思い出してしまいます。この遠近感のなさとグラデーションの美しさ、奇怪なフォルムの人物・事物は、まさにルソーの世界だと思いませんか?