ピカソとモディリアーニの時代

2006/09/16

お昼、てくてく歩いてBunkamuraへ。リール近代美術館所蔵品を展示する「ピカソとモディリアーニの時代」展が目当てです。タイトルだけ見たときは、いったいどういう展示意図の企画なんだろう?と不思議な気もしていたものの、会場に入ってみればリール近代美術館のコレクションをごく自然に展観できるようになっていて、その素直な展示姿勢に好感をもちました。この美術館の所蔵品は、ロジェ・デュティユールとその甥ジャン・マジュレルの二人のコレクションの寄贈を受けたもので、その関心のかなりの部分はキュビスム作品に向けられていましたが、同時代のエコール・ド・パリの百花繚乱をも視野にいれ、そこからモディリアーニの充実したコレクションが形成されています。

Bunkamuraのホームページに書かれた口上は、次の通り。

19世紀末の印象派の後に、20世紀初頭のパリでは、新しい絵画運動としてさまざまな表現様式が生まれました。ルネサンス以来の遠近法を捨て去るという近代における最大の美術革命とも言われるキュビスム(立体派)がピカソとブラックによって始められ、同じころモンパルナスの悲劇の画家モディリアーニは、大都会の憂愁をたたえた近代肖像画の傑作を次々に生み出しました。
本展覧会では、北フランスのヴィルヌーヴ・ダスクにあるリール近代美術館が所蔵するモダン・アートのコレクションの中からモディリアーニの作品12点やピカソの作品をはじめ、ビュッフェの大作、ブラック、レジェ、カンディンスキーやミロといった20世紀を代表する画家たちのクールな作品約100点を紹介します。20世紀美術の優れたコレクションで世界的に知られるリール近代美術館の所蔵品が、日本で大々的に公開されるのはこれが初めてです。

展示構成は全体を4分し、「第1章 ピカソ / キュビスムの世界」「第2章 モディリアーニ / 芸術の都パリ」「第3章 ミロ / シュルレアリスムから抽象画へ」「第4章 ビュッフェと素朴派 / 二極化する具象表現」という具合に遷移します。

第1章は、「キュビスム」という名前の由来となった《家と木》をはじめとするジョルジュ・ブラックの作品から始まります。そしてピカソの静物画《魚と瓶》《静物(小箱.カップ、リンゴ)》《ビールジョッキ》は、そこにリンゴや瓶が置かれているからというだけでなく、画面の緊密な構成自体がセザンヌそのままです。また、エリック・サティの《メデューサの罠》の楽譜に印刷されたブラックの挿画がとてもしゃれていて、贅沢に余白をとった楽譜それ自体の美しさをさらに引き立てていました。

第2章の白眉は、もちろんモディリアーニの《母と子》(1919年)で、そこにはアフリカ彫刻に触発された顔の縦方向への伸長と瞳のない青いうつろな目という彼の絵の特徴を見ることができますが、その10年余り前に描かれた《若い女の胸像》では写実的でしっかりした輪郭線と紫を基調とした巧みな色遣いがモデルの強靭な意思を示していて、その間のスタイルの変遷の理由をあれこれと想像することができます。ユトリロも1点、《サン=ルイ=アン=リル通り》をはるかかなたまで透視しきったような絵。ルオーは、ステンドグラス職人だったというだけあって黒い輪郭線と宗教的な厳格さや暗さがどうにも苦手だったのですが、ここに展示された《鏡の前の娼婦》《ベンチに群がる人たち》などは、水彩だからということもあってか、より穏やかで親しみやすいものを感じました。

第3章ではミロやクレーが、第4章ではビュッフェが中心になりますが、残念ながら自分の趣味には合わないのでさっさと通り過ぎました。ただし、1点だけ足を停めたのはカンディンスキーの《コンポジション》。穏やかで柔らかなオレンジや黄色の背景の上に三角形や四角形がぼんやりと融けるように浮かび、くっきりした線も控え目で、全体に落ち着いた暖かい印象が好ましいと思いました。

例によってパティオのカフェ「ドゥ マゴ パリ」で連動企画のランチを食しました。今回は、ピカソの出身国にちなんで「豚ロース肉のソテー スペイン風の野菜料理を添えて」。おおぶりのソテーに、チーズオムレツ?と豆料理が添えられて、パンとコーヒーもいただきました。

おいしい料理もさることながら、パティオの噴水まわりの植込みの風情に、何となく秋を感じてちょっとしんみり。今年の夏は、短かったな……。