ルーヴル美術館展 —古代ギリシア芸術・神々の遺産—

2006/07/01

上野の東京藝術大学大学美術館で「ルーヴル美術館展 —古代ギリシア芸術・神々の遺産—」を観てきました。

一応ことわっておくと、この副題には若干の問題があります。というのは、今回展示されている134点の作品のうち70点を占める彫刻作品の多くは、実は古代ギリシアの作品のオリジナルではなく、ローマ時代の模刻であるからです。たとえば、チラシの表を飾る「アルルのヴィーナス」も、オリジナルは紀元前360年頃ですが、本作は紀元前1世紀の模刻。裏面の2作品(「ボルゲーゼのアレス」「アテナ・パルテノス」)も同様です。とはいえ、模刻ではあることはきちんと明示してあるし、そもそも建築と彫刻に大いなる才能を発揮したローマの匠の残した模刻の出来が悪かろうはずがありません。今回の展示は、ルーヴル美術館の古代ギリシア・クラシック芸術とヘレニズム芸術の諸展示室の改修工事に伴う公開で、もちろん改修工事に対し日本からのメセナが提供されていることへの見返りでもありますが、図録の解説によれば一度に134点もの貸出しは「例外的に大規模」とのことでもあり、一見の価値は十分にあると言えるでしょう。それにしても、オリジナルが制作されてから何百年かたって作られたコピーを、さらに2千年たって我々が鑑賞するということの不思議さ……。

雨模様の中、美術館の入口で10分並んでからチケットを購入し、地階に下りて鑑賞スタート。最初のコーナーのテーマは「クラシック時代のアテネ」です。以下「古代ギリシアの生活」「古代ギリシアの競技精神」と続き、エレベーターで3階に上がって「神々と宗教」で終わります。

のっけから「トゥキュディデスの肖像」の力のある眉と引き締まった口元に「いい男ぶりだなぁ」と感心し、逆に「アザラのアレクサンドロス」に若い大王の一種エキセントリックな個性を見出したりしましたが、はっと惹き付けられたのは「聖具箱を持つアテナ」(右の写真)です。高さ145cmと小振りな上に、少年のような表情の小さな顔が印象的ですが、その頬からあごにかけての柔らかい曲線は触れれば弾力が感じられそうなほどに優美で、とても硬い大理石でできているとは思えません。以前観た「ディオニュソスとペプロフォロス」のディオニュソス像もちょうど同じ高さで、そちらではきりっと上がったお尻がなんとも魅力的でしたが、こちらのアテナ像はなんといってもほっぺたがポイント。

また、近くにある「アテナ・パルテノス(首飾りをつけたミネルヴァ)」も必見。原作の制作年は前438年、デロス同盟の諸ポリスが奉納した高さ12mにも及ぶ巨像で、その本来の役割は礼拝用ではなく、衣服に黄金のプレートを貼ることでデロス同盟の黄金保管庫として機能していたそうです。当然ここに展示されているのは模刻で、高さは210cm。それでも見上げるかたちになって十分な威圧感を覚えるのに、実際にはその6倍の高さがあったというのですから、当時の人々がどれほどの畏敬の念をもってアテナ像を仰いだことでしょうか。

浮彫り「ヘルメス、オルフェウスとエウリュディケ」は、右に項垂れているエウリュディケの肩に中央に立つオルフェウスが穏やかに手をかけ、そのオルフェウスの右手を左に立つヘルメスが引いている図柄。実はこの浮彫りが示しているのは、魂の導き役ヘルメスの立会いのもと、オルフェウスが妻のエウリュディケに永遠の別れを告げる様子なのですが、そうした解説は会場には掲示されていません。そのため、この浮彫りの前に立った想像力たくましい女子学生二人の間でこんな会話が交わされることにもなります。

「きっと、三角関係ね」
「この人(オルフェウス)はこの人(エウリュディケ)が好きなんだけど」
「この人(エウリュディケ)はこっち(ヘルメス)が好きで」
「それで、この人(ヘルメス)がこの人(オルフェウス)の腕をつかんで」

……。

見事に写実的な「葬礼記念碑:ライオン」を眺めながら先に進むと、彫刻だけではなくアンフォラなどの壷・器やテラコッタの塑像、仮面なども置かれており、特に、まるで漆器のように光沢の美しい黒地の上に黒の線刻と朱色や白の塗りで人々の姿を生き生きと描いた壷の二次元表現は見事です。ついで、腹筋の割れた運動競技者の像に多少の妬みと諦めを感じつつ3階に上がり、「アルルのヴィーナス」と対面。上述の通り模刻ではあっても、確かな美しさ。高さ220cmと存在感たっぷりのアフロディテが右手に持っている小さい球体はりんごで、左手には鏡の柄を握り、全体にやや前に傾いた姿をしていますが、自然にすっと立った姿には安定感があります。ここで来歴を見てみると、ルイ14世がヴェルサイユ宮殿の鏡の間に置いていたものをフランス革命軍が接収してルーヴルに納めたものだそうです。近くにあった美少年の胸像「ガニュメデス」もヴァティカン法王庁の居室からフランス革命軍が接収したものだということで、してみると当時のヨーロッパの宮廷等には2000年近くも昔の彫刻がなにげに飾られていたわけです。

このフロアには他にも、均整のとれた肉体表現が素晴らしい「ボルゲーゼのアレス」や、緊迫した一瞬を見事に切り取った「とかげを殺すアポロン」などがあって見飽きることがありませんが、一番奥にしつらえられた映像スペースでの3D映像は秀逸でした。有名な「ミロのヴィーナス」の様式や構造上の特徴をCGを使って解説してくれて、話の中身だけでも十分に面白いのですが、入口で渡される3Dグラスを掛けて観ると映像がスクリーンから飛び出してくるように見えて迫力満点でした。