決闘!高田馬場

2006/03/21

渋谷パルコ劇場でPARCO歌舞伎「決闘!高田馬場」を観ました。三谷幸喜作・演出、出演が染五郎丈・亀治郎丈・勘太郎丈とノリに乗った役者たちときては、面白くないはずがありません。期待どおりの抱腹絶倒な舞台で、2時間あまりを素晴らしく実りある時間にしてくれました。

舞台上は回り舞台が丸く照らされているだけでセットは何もなく、奥の一段高いところに鳴物や長唄。派手で珍妙な曲がババババババ……!と入り開演すると、左右から可動式のセットが滑り込んできて第1場が始まります。主人公の中山安兵衛=後の赤穂義士・堀部安兵衛(染五郎丈)は、元は腕が立つ侍ですが、いまは長屋住まいで喧嘩の仲裁を生業にしながら毎日を酒浸りで過ごしていて、その安兵衛のために長屋の住人にら蔵と女房おもんがニセの喧嘩をしようとしたところへ、真面目一徹の武士・小野寺右京(亀治郎丈)が割って入り、仕掛人で安兵衛を兄のように慕っている大工の又八(勘太郎丈)に迷惑がられます。この出だしの15分程で、主役の3人のキャラクターが、鮮やかに描き出されます。安兵衛の自堕落さ、又八のおせっかいな程の誠実、そして特にあまり見たことがない亀治郎丈の立役はそのいかにもな武士らしさが世話物のルーズな雰囲気の中に浮きまくってコミカルな存在感を示します。中津川道場の面々に囲まれた又八がかえって喜んで先生〜!と安兵衛を呼んだのもつかの間、べろんべろんに酔っぱらった安兵衛はさんざんに打ちのめされて天水桶の向こう側からこちらに倒れ込み、そのまま下手セットの板壁に見事な人型の穴をあけてのびてしまいます。ところが!又八が安兵衛のあまりの弱さに嘆いているところへ上手側からベルクカッツェを連想させる(?)紫の着物をきてしゃなりしゃなりと登場した中津川祐範も染五郎丈で、観客は一様にびっくり!天水桶の向こうに入った一瞬で代役と入れ替わったのにまったく気がつきませんでした。この第1場で又八にも右京にも愛想を尽かされて孤独に沈む安兵衛を描き、舞台が回って次の場へ進みます。このとき居酒屋のセットの内側に座っている三味線が鳴らしたメロディに観客がウケていましたが、三谷幸喜のテレビ作品の主題曲だったのかも?

長屋の部屋のセットが並んで第2場。安兵衛の叔父の六郎左衛門が長屋を訪れて、ここで長屋の住人たちによってそれぞれに安兵衛に救われたエピソードが回想風に演じられます。まずは大工の又八。親方に「話し合いに行ってこい」と命じられたのが実は「果たし合いに行ってこい」だったとわかってあせりまくりながら、部屋の中で棒を片手に剣術のまねごとをしようとしますが、それがなぜかカーリングになってしまいます。そこへやってきた安兵衛がいきなりのけぞってイナバウアー!とやって大ウケ!これは今この時期だけのネタでしょうが、この後の二人のアドリブまじりのかけあいも抱腹絶倒で、染五郎丈がどういう話の流れかやりっぱなしはいけないよ。昔はよかったとか言うんだけど、昔なんて知らないしさーなどと梨園の御曹司らしい艶がかったギャグ。最後は又八に当て身をくらわせて自分が果たし合いに赴いてしまいます。にら蔵と女房おもんの夫婦喧嘩の仲裁に入ったエピソードも面白く、おもんに恐ろしいスピードでビンタされた安兵衛が、二発目には見事にとんぼを切って前転してみせて大拍手。妻に先立たれ世をはかなんだ藪医者・洪庵先生が首を吊ろうとすると安兵衛が腕が痛い、喉が痛いとやってきて、そのたびに洪庵先生はヨガのアクロバティックなポーズを決めてその場を取り繕うのですが、ついには根負けしてわかったよ。私はもう大丈夫だとにっこりするのにこちらも自然と頬が緩んできます(橘太郎丈は「児雷也」でもヨガをやっていましたが、よほど得意なのでしょうか?)。そして最後のおウメ婆さんの萬次郎丈がいい味の老婆を演じてくれて、回想終了。昔気質ながら甥想いの叔父の六郎左衛門も含めて、登場人物ひとりひとりが皆魅力的です。

しかし、この後に又八とあの中津川祐範の絡みがあり、さらに美しい娘姿の亀治郎丈がずいぶん積極的でしかも微妙にエキセントリックな堀部ホリ、よぼよぼに腰を曲げた勘太郎丈が後に義父となる堀部弥兵衛を演じて二人して安兵衛に迫る二役合戦になります。ここで堀部ホリが堀部弥兵衛の歳をとってからの子=いわゆる恥かきっ子という流れから、勘太郎丈が親父には恥をかけとさんざん言われた。ホントにあの親父はうるさいんだと芝居の筋とはあまり関係ないようなボヤキを飛ばして歌舞伎ファンの苦笑を買っていました。この「親父」とはもちろん勘三郎丈のことで、ちなみに前日(3/20)には勘三郎丈はコクーン歌舞伎で演じている佐藤与茂七の姿でこの舞台に飛び入りしたのだそうです。ひとしきり安兵衛に迫った親子が退場すると、やおら後方の竹本の太夫が立ち上がって大相撲の土俵下審判風にただいまの経過についてご説明申し上げますと堀部家と安兵衛のその後のかかわりを説明。巨大な家系図も上手袖から登場してサービス精神満点です。

ともあれようやく自分の家に戻った安兵衛がやってきた又八に酒を買ってこいとからんだことから、ついにキレた又八が怒り心頭で安兵衛の家を出るときに、力余って戸口の板戸がはずれてしまうハプニング。この後ふて腐れて寝ている安兵衛のもとへ長屋の住人たちが次々にやってくるのですが、皆、板戸のところでひっかかってしまい、とうとう役者総出、黒衣さんも加わってがたがたやっているうちに染五郎丈がオレの家をどうしてくれるんだよ!。ついには業を煮やした染五郎丈がちゃんと直すまで、オレやめねえよと半分ムキになって直しにかかり、ついに板戸が敷居におさまったときにはひときわ大きな拍手が沸き起こりました。ここでにら蔵が一言、(芝居)どこまでいったっけ?……。さらに、安兵衛と右京の幼き頃のエピソードを即席の人形劇で示すところでは、途中で勘太郎丈人形がきっかけを忘れるなんてひどいよ。出るに出られないじゃないかと割って入り、その後右京人形を素でいじめていたから、亀治郎丈がとちったのでしょうか?ただ、「やっぱり猫が好き!」のアドリブ風の会話が全て台本だった油断ならない三谷幸喜のこと、これも演出だったかもしれません。そしてこの場最後の右京の語りによって、安兵衛が身を持ち崩した理由が明らかになります。

ついに叔父・六郎左衛門の手紙を読んで果たし合いに臨む叔父の心を知った安兵衛は、それでも最初は今からでは間に合わないとくじけかけますが、右京の力強い励ましに高田馬場へ駆け付けることを決意する……のもつかの間、中津川道場の面々に打ちのめされて痛手を負った安兵衛を安静にさせようと長屋の衆が善意で飲ませたしびれ薬やアロマ香のせいで安兵衛は足腰が立ちません。そのときおウメ婆さんがあんよはじょうずと手を叩き始めると、客席も全員が手拍子で安兵衛を励まし、ついに立ち直ったぞー!と仁王立ち。ここで一同横一列に勢揃いしてせり上がるとともに、舞台上を左右に横切る何本かのワイヤーが降りてきて、第3場へ突入します。

ここからは、ワイヤーにぶらさがった幕(ブレヒト幕)が左右に走るたびに場面が変わって、高田馬場へ向かう道中の一行、高田馬場での六郎左衛門と妙に情けない敵役・村上庄左衛門(亀治郎丈三役)、中津川祐範の立ち会いの模様が次々に演じられます。この瞬時に行われる場面転換が、背後の下座音楽の高揚と相まって疾走感に溢れています。しかも、役者たちは幕が左右からさっと引き込まれる動きに合わせて舞台上に駆け込んでそのまま演技に入っているはずなのですが、ほとんど息が上がった様子を見せずに堂々たる芝居を見せていました。

安兵衛の道中にはさまざまな障害が現れ、そのたびに一行のうちのひとりが身を挺して安兵衛を先に進ませようとします。まずにら蔵が中津川道場の追手に斬られ、次におもんが野犬の群れ(なぜか一匹はプードル風!)に喰われてしまいます。幕がひときわ高くなったかと思うとそこは川を渡る場面で、ツケ打ちもいつの間にかゴーグルをつけている芸の細かさ。ここではいつの間にか皆を追い越して六郎左衛門に助っ人到来を告げていたおウメがどうしたわけか流木につかまって流されていき、洪庵先生も深みにはまって溺れてしまいます。さらに場面は激しく転換を繰り返して、堀部親子(ただしホリの方はうしろ姿で声は別の姿をしている亀治郎丈が出しています)が乱入したり、中津川祐範と村上庄左衛門が現れたりと、主役3人の目まぐるしい早替わりの応酬に客席は目を白黒。とうとう右京と二人きりになった安兵衛ですが、さっきから追手が確実に二人を捕捉していることを怪しんだ右京(ここで一歩踏み出すたびに足に目印の釘が刺さって苦悶の表情になるのが笑えます)の詰問によって、又八の裏切りが露見します。

実は、この芝居で唯一弱いと思ったのがこの又八の裏切りの動機です。言ってみれば可愛さ余って憎さ百倍、慕い続けた安兵衛が中山道場の面々にだらしなく打ち据えられたことについに絶望し、そこへ中津川祐範が大金と剣術を教える約束とで誘いをかけたことで安兵衛を売ることになったのですが、そのあたりの機微がいまひとつ掘り下げ不足で飛躍があるようにも思えます。とはいえ、裏切り露見の場面で又八はことさら露悪的に振る舞い、あえて斬られることで高田馬場へ駆け付けることを断念しかけていた安兵衛の背中を押す役割を演じるのですから、最後においしいところを持っていったのかもしれません。ただし、その斬られた又八が安兵衛の腕の中で息を引き取ろうとする場面、よく見るとヅラが飛んでいがぐり頭になってしまっていたのですが……。

ラストは、下座音楽と場内手拍子に乗って、照明のマジックで舞台上に現れた道を安兵衛がひたすら走る走る!ついに「中山安兵衛、ただいま参着!」の大音声で大団円となり、左右からさっと定式幕が引かれて終演。そのままカーテンコールへとなだれこみました。

話の本筋だけとりあげれば、かつて右京との試合で、本気を出して破れること自体を恐れてわざと負けた自分の弱さがトラウマとなって身を持ち崩した安兵衛が、叔父の果たし合いの助太刀に駆け付けるために高田馬場まで駆け抜けていくなかで、自分のありようを取り戻していくトラウマ克服の物語なのですが、そこに絡むあらゆる脇役がひとりひとり丹念に、かつ愛すべき役柄として描かれています。シンプルな舞台上に回り舞台と可動式のセットで滑らかな場面転換を実現し、最後はブレヒト幕の巧みな活用で未体験ゾーンの疾走感溢れる道行を見せてくれた演出も最高でした。

それにしてもあらためて思うのは、歌舞伎役者の底力の凄さです。伝統の重みがもたらす環境と鍛錬によって恐るべき身体能力と演技術を身につけた歌舞伎役者たちは、どんなフォーマットの芝居でも軽々と対応してクオリティの高い舞台を作り上げることができます。スタンディングオベーションでのカーテンコールに応える彼らがさしたる喜色も示さず、むしろ当たり前のことを当たり前に演っているだけという涼しい顔をしているのを見ながら、蜷川幸雄や野田秀樹、串田和美、そして今度の三谷幸喜と現代劇の作り手たちが次々に歌舞伎に惹かれていくわけが、なんとなくわかったような気がしました。

カーテンコールの終わりに、今日から発売されたという主題曲のCDを染五郎丈が懐からとりだしてひとしきり宣伝。親切なカラオケバージョンもあれば、主役3人に三谷幸喜を加えた4人のバージョンもあって、染五郎丈は「この亀染勘幸(かめそめかんこう)バージョンで、今年の紅白を狙います」と宣言していました。これは応援しなくては。

配役

中山安兵衛
中津川祐範
市川染五郎
小野寺右京
堀部ホリ
村上庄左衛門
市川亀治郎
又八
堀部弥兵衛
中村勘太郎
にら蔵 市川高麗蔵
おもん 澤村宗之助
洪庵先生 坂東橘太郎
菅野六郎左衛門 松本錦吾
おウメ 市村萬次郎

あらすじ

時は元禄七年。元は腕が立つ侍・中山安兵衛は、喧嘩の仲裁を生業にして酒浸りの暮らしをしている。大工の又八ほか長屋の住人はみな安兵衛を慕っているが、安兵衛の幼なじみの侍・小野寺右京は自堕落な安兵衛の暮らしぶりを厳しく咎める。

そんな中、長屋にやってきた安兵衛の叔父・菅野六郎左衛門は安兵衛を待ちわびたが、いつまでも戻らない安兵衛に置き手紙を残して去る。やがて帰ってきた安兵衛は叔父の手紙を見ようともしなかったが、右京の鋭い指摘に返す言葉もなく、ようやく手紙を読むと、そこには果たし合いに向かう六郎左衛門の別れの言葉がしたためられていた。驚く安兵衛。おのれのあるべき姿を取り戻せ、との右京の言葉に目が覚めた安兵衛は、果たし合いが行われる高田馬場を目指す。しかし、行手に次々と現れる中津川道場の討手に、同道した長屋の仲間たちは一人、また一人と斃れていく。その陰には、又八の裏切りがあったのだった。