ポーラ美術館の印象派コレクション展

2006/01/29

Web仲間のえみ丸さんの勧めで、Bunkamura ザ・ミュージアムの「渋谷で出会う ポーラ美術館の印象派コレクション展」に行ってきました。「渋谷で出会う」とわざわざうたってあるのは、箱根仙石原にあるポーラ美術館の所蔵品の一部を渋谷へ持ってきているからです。お寺が資金稼ぎのためにときどきやる仏像の出開帳と同じようなものかな?チケット売場の前には2月に入るまではゴッホの《アザミの花》とセザンヌの《アルルカン》が展示されないと注意書きがあったのでしばらくためらったのですが、係の人に聞いてみるとそのかわりモネの《睡蓮の池》は今だけということなので、チケットを買いました。入ってみると会場の中は比較的すいており、どの絵もゆったりと見ることができてラッキー。何しろ「北斎展」のトラウマがあったもので。

それにしても凄いコレクションです。コローやクールベの穏やかな風景からおもむろに説き起こして、いきなりルノワールの《レースの帽子の少女》で度肝を抜いてきます。真珠色とピンクの輝くようなすべすべの肌、ふわりとした衣服の下のふくよかな身体(ルノワールの描く女性は、私にはふくよか過ぎるようにも感じるのですが)は、永遠の美そのもの。そして展示はそのままルノワールの裸婦やドガの踊り子の物量作戦で見る者を圧倒しておいて、さらにモネの《睡蓮》でとどめを刺します。何種類もの《睡蓮》をこれまで見てきましたが、今回展示されている作品もまた、睡蓮そのものの美しさもさることながら、水面に映り込んでいる(画面には直接は描かれていない)遠景の表現がポイント。もちろん、積み藁もルーアン大聖堂もお約束通りちゃんとありました。あとはピサロ、シスレーからスーラの点描、さらにセザンヌの厳格な構図感覚を示す《4人の水浴の女たち》やいくつかの静物、ゴーガンの大胆な色彩感覚が橙色の屋根に見てとれる《小屋の前の犬、タヒチ》、そしてゴッホ。ゴッホは上述のように《アザミの花》がありませんが、アクセントの赤が効果的な《ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋》ともじゃもじゃとした植物の生命力が画面から溢れ出してくるような《草むら》が展示されていて、見ている人が「これ(《草むら》)は私にはとても描けない」と感嘆していました。確かに、目の前に生い茂る雑草を描けと言われたら、誰でも途方にくれてしまうでしょう。なじみのある作品ではありませんが、ゴッホの恐るべき筆力を認識させられます。展示はさらに続き、最後はロートレックとボナールまで目配りをきかせる余裕を見せて終わります。そもそも、ポーラ美術館には絵画・工芸・陶磁など9,500点ものコレクションがあり、今回展示されるのは80点といいますから1%にも満たないことになります。本当に、化粧品屋さんというのは儲かるのだなとため息が出ましたが、しかし、そういうお金持ちが収集してくれることで貴重な芸術品が散逸せず、あるいは芸術家の創作を経済的に支援しているわけですから、その果たしている役割はプラスに評価すべきでしょう。

なお、えみ丸さんのお勧めのポイントはオディロン・ルドンの《日本風の花瓶》で、ルドンはこの作品しか展示されていなかったのですが、しかしこの1作は会場に鮮やかな色彩の光芒を放っていました。恐らく大半のお客はこの作品についての予備知識なく会場に来ていたと思うのですが、絵の前には人だかりができていて、確かにルドンらしいオレンジやピンク、黄色の華麗で幻想的な花々には目を奪われます。しかし、私には青と赤を使って能(歌舞伎?)役者を描いた白磁と思える花瓶の硬質な肌に反射光を白く置いた表現の写実性が、ルドンの絵としてはむしろ意外でした。