シルヴィ・ギエム・オン・ステージ 2005

2005/11/19

シルヴィ・ギエムと東京バレエ団の今年のツアーは「最後のボレロ」と題されていて、少なくとも日本においてシルヴィ・ギエムの「ボレロ」を観られるのはこれが最後となるそうです。そのせいもあってか、11月17日から12月20日までの約1ヶ月間に日本をほぼ縦断し、移動日以外はほとんど休みなしという過酷なスケジュールになっています。シルヴィ、大丈夫か?とにかく怪我なく、無事に最後までステージをつとめて下さい。

さて今日は、ツアー3日目の東京文化会館・昼の部。ネット情報によれば一部に体力温存モードとの声もありましたが、はたしてどうでしょうか。

まず、東京バレエ団による「ギリシャの踊り」。モーリス・ベジャール振付の中でも最も好きな作品のひとつです。エーゲ海を思わせる海鳴りの中に浮かび上がるダンサーたちが、やがてテオドラキスのギターを中心とした郷愁をそそる旋律の曲にのって娘たちの踊りや若者たちの踊りを次々に繰り広げます。そしてクライマックスは、大嶋正樹によるソロ。かつてこの部分だけとりだしてミシェル・ガスカールがバレエ・フェスで踊ったのを見たことがありますが、いつ見ても素晴らしいソロです。以前、東京バレエ団の「ギリシャの踊り」を初めて観たときには、「ギリシャ」を日本人が踊ることをどう理解したらよいのか考え込んでしまったのですが、今にしてみれば「ギリシャ」は触媒に過ぎなくて、むしろ若さの煌めきのようなものが主題なのだろうということがわかってきます。踊り手たちや若い観衆にとっては今の彼らに対する賛歌になるのでしょうし、青春を遠く振り返る世代の観衆にとってははるばると懐かしく、またときには胸が痛むような思い出を喚起させる踊りとなって、だから私はこの踊りを観るといつも涙が止まらなくなってしまいます。

シルヴィ・ギエムとマッシモ・ムッルが登場する「小さな死」は、イリ・キリアンの小品。いかにもキリアンらしく、二人のダンサーがモーツァルトの穏やかな音楽に沿って緩やかに、しかし一瞬の静止もなく舞台上を流れていきます。マッシモ・ムッルはこの日この作品しか踊らないのですが、その姿はまるで彫刻がそのまま踊っているようなインパクトがあり、先程までその鍛え上げた肉体に賛嘆していた東京バレエ団のダンサーたちが子供のように見えてしまうほど。続く「ドン・ジョバンニ」は、光や椅子で表現されるドン・ジョバンニを巡る女性たちの鞘当てを描くコミカルなベジャール作品ですが、中でも上野水香のしなやかな手や足の表現は素晴らしいものでした。

そしていよいよ「ボレロ」。無限大のフォルテシモに向かって、20分かけてクレッシェンドしていく音楽とダンス。「リズム」が全員上半身裸なのは、前からそうだったかな?少なくともジョルジュ・ドンのときは白または黒の一見ばらばらの衣裳を着たダンサーたちだったのですが。それをさしおいても、ギエムのボレロは、確かにジョルジュ・ドンのような情熱溢れる陶酔と高揚のボレロとは違う(振付自体も一部異なる)のですが、端正な中にあっても周囲の「リズム」を「メロディ」が掌握しクライマックスへ導いていく彼女のスタイルは揺るぎない自信に満ちていて、踊り終わった途端に大歓声が渦巻きました。

カーテンコールは数えきれないほど。シルヴィ・ギエムは、その美貌に親しみやすい笑みを浮かべて丁寧に客席に挨拶してくれました。東京文化会館が完全にスタンディングオベーションになったのを見たのは、初めてでした。

2005/11/20

続いて日曜日。今日はBプロで演目が異なります。

ご存知バランシンの「テーマとヴァリエーション」は、私にとっては(ヘンなたとえですが)歌舞伎の「十種香」みたいなもので、名の通った、よく演じられる作品なのに、何度観てもそのよさがさっぱりわからないという苦手な演目。たぶんバレエを習っている人にとっては違った見え方がするのだと思いますが、自分には振付がダンサーを縛り付けているみたいで、観ていて「もっと開放してあげればいいのに!」ともどかしく思えてしまうのです。しかし、今回前から4列目という好位置から観て、上野水香が顔はおなじみのスマイルなのに全身汗びっしょりになって全力で踊っているのをみて、初めてこの作品もいいかも、と思えました。

ラッセル・マリファントの「Push」は、印象的な音楽に乗ってシルヴィ・ギエムとマッシモ・ムッルがさまざまに絡み合うもので、最初はストリングス音と女声のAh音に乗ってムッルの肩に乗ったギエムが様々な動きの後に床の上でムッルと向かい合うというシークエンスが繰り返され、続いてリズムも入って二人が合気道の演武のように手をとっては重心移動を支え合ったり背中を巡ったりとさまざまな接触を続けます。穏やかな流れの中に一瞬はっとさせるような跳躍が混じってひきつけられる部分もありましたが、いかんせん長過ぎ。半分の15分程度に切り詰めたら客席も集中力を持続できたのに……。

ベジャールの「春の祭典」は1993年に京都で観たことがある(そのときはギエムとローラン・イレールが生贄を踊った)のですが、これはかぶりつきよりも少し後ろの席から舞台上を俯瞰しながら見た方がよいかもしれません。最後に出てくる露骨な性描写が私は好きになれないし、生贄の二人のうち前半を担当した中島周は表情の演技が「?」、しかし後半の吉岡美佳さんがとてもよい演技でした。

そして再び「ボレロ」。全体にあっさりした感じで、後半で後ろ手に足先をつかみながら伸び上がるポーズがやや中途半端。腰までの長い髪を時折気にしながら踊っていましたが(背中で両手でまとめて前にもってきたり。そうした仕種も魅力的ではあるのですが)、それでも最後の方でやや半身になって首をかしげ、開いた片手を前へ差し伸べるポーズのときに、上からの白色光とテーブルからの反射の赤が入り交じった不思議な照明の効果もあってぞくぞくするほど神秘的でした。今までに、ジョルジュ・ドン、パトリック・デュポン、マリシア・ハイデとリチャード・クラガン(二人ボレロ)、首藤康之、そしてシルヴィ・ギエムのボレロを見てきたのですが、私はギエムの理知的なボレロが一番好きです。これがもう(日本では)見られなくなるのは、やはり残念といえば残念……。

来年は上野水香さんの「ボレロ」公演がアナウンスされていますが、果たしてシルヴィ・ギエムのように「メロディ」が舞台上を支配しきってしまう「ボレロ」になるのか、それとも「リズム」との共存を図ろうとするのか、そうした点を見るのも楽しみです。そしてシルヴィ・ギエムは、日本人のボレロ信仰から解き放たれて、これからどんな作品を私たちに見せてくれるのでしょう。

キャスト

Aプロ
「ギリシャの踊り」 二人の若者 高橋竜太 / 小笠原亮
パ・ド・ドゥ 小出領子 / 中島周
ハサピコ 吉岡美佳 / 後藤晴雄
ソロ 大嶋正樹
パ・ド・セット 高村順子 / 門西雅美 / 佐伯知香 / 長谷川智佳子 / 西村真由美 / 吉川留衣 / 乾友子
「小さな死」 シルヴィ・ギエム / マッシモ・ムッル
「ドン・ジョバンニ」 ヴァリエーション 1 門西雅美 / 西村真由美 / 佐伯知香
ヴァリエーション 2 小出領子
ヴァリエーション 3 高村順子 / 井脇幸江
ヴァリエーション 4 長谷川智佳子
ヴァリエーション 5 大島由賀子
ヴァリエーション 6 上野水香
シルフィード 吉川留衣
「ボレロ」 シルヴィ・ギエム
木村和男 - 平野玲 - 古川和則 - 大嶋正樹
Bプロ
「テーマとヴァリエーション」 上野水香 / 高岸直樹
「Push」 シルヴィ・ギエム / マッシモ・ムッル
「春の祭典」 生贄 中島周
二人のリーダー 後藤晴雄 / 木村和夫
二人の若い男 古川和則 / 氷室友
生贄 吉岡美佳
4人の若い娘 高村順子 / 門西雅美 / 小出領子 / 長谷川智佳子
「ボレロ」 シルヴィ・ギエム
木村和男 - 平野玲 - 古川和則 - 大嶋正樹