塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

ディオニュソスとペプロフォロス

2005/11/12

Web仲間のえみ丸さんが勧めてくれたのが、この「ディオニュソスとペプロフォロス」。東京大学総合研究博物館で11月13日までということだったのですが、そもそもこの東京大学総合研究博物館というのがどこにあるかわかりません。教えていただいたウェブサイトで調べてみると本郷のキャンパス内で、現地に行ってみると赤門をくぐって右手へ細い道をどんどん奥に入ったその先にありました。受付には人の好さそうなおじさんがいて、テーブル上に並べられた複数の展示のパンフレットの中から「あ、これを見にきたんですけど」と「ディオニュソスとペプロフォロス」を指差すと「一番奥の部屋ですから」と教えながら目当てのパンフを手渡してくれました。ただ、残念ながら展示期間も終わり近くとあってカラー印刷のパンフは出尽くしてしまったらしく、手渡されたのは白黒のコピーでした。

途中の展示室ではいろいろな動物の標本が並べられていて、若いきれいな女性2人組がうれしそうにタコやイカのホルマリン漬けに見入っているのが何となく不気味だったりしますが、さらにその奥、哺乳類の骨格標本が並んだ部屋の向こうに暗い一角があって、そこが「ディオニュソスとペプロフォロス」の展示室でした。

この2体の彫像は、あのヴェスヴィオ火山の噴火(ただしポンペイを埋め尽くした西暦79年ではなく5世紀末または6世紀初頭)によって火山灰の下に埋まっていた同山北麓のいわゆる「アウグストゥスの別荘」遺跡から出土したものです。その発見時の模様は会場の壁面やパンフレットの中にも記載されていますが、発掘に従事した東京大学海外学術調査隊の人々の歓喜の様子がストレートに伝わってきてこれだけでも感動的です。

2003年9月8日,午後4時をすこし過ぎた頃にローマ時代の大理石製彫像(ペプロフォロス)は約2000年の時を過ぎて,南イタリアのまばゆい陽の光を再び浴びることとなった。現場にいた誰もが,彫像と出会う瞬間を経験するであろうとは ? 彫像というものは,美術館・博物館で鑑賞するものであって,発掘現場から,ましてやローマ時代に彫像が置かれていた「その場」から出土するとは ? その一瞬まで思っていなかった。

アントニオとチーロの作業員2人と壁龕の前の掘削に取りかかった時,削岩機によって崩れ落ちた土のむこうに,白く輝くものが見えた。土石流の土に包まれている中で,その白いものは一種異様な光を放ち,私たちの注目を集めた。しかし,まだこのときは,それが彫像の一部であるとは誰しも思わなかった。

即座に掘削を中止し,刷毛でその白いものを掃いてみると,なんだか「渦」がまいている。「これは,もしかして?」と思うものの,半信半疑の状態であった。「彫像ならばいいな」と思う気持ちと,「違うかもしれないな」と言う気持ちが交錯している。

小さな撥に道具を持ち替えて慎重に掘り進めてみると,その「渦」が彫像の頭部の髪であるとわかることに,そう時間は要らなかった。ローマ時代の彫像があらわれた瞬間であった。彫像が出てくれたらという希望が現実となって目の前に現れた瞬間であり,全身身震いのする感動の瞬間でもあった。

このようにして出土したペプロフォロス(ペプロスを纏った少女)は、高さ108cmといくぶん小さいものです。鼻先を欠落させ、両腕も失ってはいますが、若い女性の伸びやかさと熟れる前の固さのようなものを共に感じさせます。ただし、えみ丸さんはペプロフォロスの「キレイなオッパイ」に言及していましたが、現代の巨乳信仰に飼い馴らされてしまった男性の目で見ると、ちょっと物足りないような。

かたやディオニュソスの方は高さ145cmと等身大に近く、かすかに半身になって見下ろすような落ち着いた姿勢をとって立っています。両膝の下は復元で肌理も粗いのですが、そこから上は大理石のすべすべした光沢が美しく、細い面差しが中性的な印象を見る者に与えます。左肩にはネブリス(獣の皮)をまとい、左腕に小さな豹と葡萄の房、右脚の後ろの支柱で緩やかに右腰を引いた柔らかい姿勢を支えています。さらに特筆すべきは、彼のきりっと上がったお尻でしょう。私は脚力がものをいうスポーツをしている関係で、彫刻でも脚やお尻の筋肉にはついつい目がいってしまうのですが、その格好の良いお尻は、この像が横または後ろから見られることも想定して彫られていることを物語っているように見えました。それにひきかえ、ペプロフォロスの方は背中側が(衣服の襞は彫られてはいるものの)平板で、これは壁を背中にして立たせるためのつくりと思えます。そもそも、これらの彫像は「アウグストゥスの別荘」において、今われわれが見ているのと同様の高い位置に置かれ、見上げられていたのでしょうか?先ほどディオニュソスは「見下ろ」していると書きましたが、彼の視線は我々ではなく、左腕に乗った豹と見つめ合っているようなのですが。

学生さんらしい説明員がいたのでこの点を聞いてみると、これらの彫像は建物の2階の壁に設けられた「穴」に納められた状態であったようです。なるほどそれでペプロフォロスの背中は納得です。ただ、ディオニュソスのお尻の話をすると、彼も本来どのように鑑賞されていたかははっきりしない様子。背丈の違いを考えてみても、この2体は異なる場所・方法で飾られていたと見るのがよさそうに思いますが、本当のところはどうなんでしょう。

展示室には他にパンのような半神とダイナミックな姿態のアポロのブロンズ像のレプリカがあって、弓矢で敵を追いつめようとしているアポロの疾走感の表現にも感心させられました。また、じっくり椅子にかけてペプロフォロスのスケッチをしている人もいて、自分にも絵心があれば、この人のように2千年前の青年・乙女との対話をゆったりと楽しむことができるのだろうにと、うらやましく眺めました。