ギュスターヴ・モロー展

2005/08/27

Bunkamura ザ・ミュージアムで、「ギュスターヴ・モロー展」を見ました。今回の展示は、19世紀末フランスの象徴主義絵画の先駆者とされるモローが住居兼アトリエを自身の意思によって美術館とした「ギュスターヴ・モロー美術館」に所蔵された作品で構成されていて、たくさんの習作や別バージョン、水彩画を含む作品群の振幅は極めて大きく、全体にむしろ荒々しいタッチが印象的でした。

展示全体の白眉となる《一角獣》(チラシの表にも引用されています)は、白・青・赤を基調とする色彩の美しさと黒線で縁どられたアラベスク模様が浮き立つ装飾の緻密さが見事ながら、背後の樹木や船、建物などは焦点を失って汚く沈んでいるようにも見えます。また、焦点をヒュドラ及びその7つの蛇頭と向かい合う若々しいヘラクレスに絞り込んだ完成度の高い油彩画《ヘラクレスとレルネのヒュドラ》も、1876年にサロンに出品された同名の作品の習作。さらに、サロメの前に浮かぶ洗礼者ヨハネの首という大胆なモチーフの《出現》は、長らく未完成であった作品に晩年のモローが白い描線で建物や祭壇の装飾文様を描き加えたため、一種異様な幻想性とともに不安定性が強調されてしまってもいます(ルーヴル美術館の水彩画版など異バージョン複数あり)。他にも、かたやこの展示会でも最初の方に出てくる《エウロパ》の《オルフェウス》に通じる写実性、はたまた《旅する詩人》の一歩間違えれば通俗すれすれの人物描写、さらには《ヘシオドスとムーサたち》における赤を基調とした朦朧と抽象化された表現など、その多様性には驚かされました。

モローというと、私にはオルセー美術館に収められている《オルフェウス》の印象が強烈。憂いを帯びた眼差しの女性が腰のあたりに水平に抱えた竪琴。その竪琴のうえにはオルフェウスの首が浮き出ており、女性の視線はオルフェウスの閉じられた眼を見下ろしています。その滑らかに美しく繊細な表現とルネサンス絵画を思わせる構図は、メトロポリタン美術館の《オイディプスとスフィンクス》にも通じるモロー絵画の特徴として私の脳裏に刷り込まれていたので、今回の展示に見るある種の粗っぽさに少なからず戸惑いもしたのですが、その多くがモローの生前に画家の手元に(しばしば未完のまま、あるいは習作として)残されていた作品群の中からセレクトされたものであること、膨大な素描の展示を通じてモローが作品を仕上げていく過程におけるエネルギーを示すことが展示意図のひとつなのであろうことを考えれば、実は驚くにはあたらなかったのかもしれません。