マノン(英国ロイヤル・バレエ団)

2005/07/14

英国ロイヤル・バレエ団の「マノン」を、東京文化会館で観ました。主役のマノン・レスコーは、あのシルヴィ・ギエム。今回は、シルヴィ・ギエムを観たかったというのもありますが、「寝室のパ・ド・ドゥ」や「沼地のパ・ド・ドゥ」は観たことがあっても通して観たことがなかった「マノン」を全幕観たいというのがチケットをとった動機でした。

第1幕第1場、パリ近郊の宿屋の中庭の場。暗闇の中に白い顔を浮かび上がらせたレスコーの姿が、やがて訪れる死を暗示しているようですが、すぐに賑やかな群舞に転換します。乞食たちの側転も交えたダイナミックな群舞に気分も高揚してきたところで、馬車の中からギエム登場。舞台上がぱっと明るくなります。このときのマノンは修道院に入ろうとしている少女なのですが、椅子に腰掛けるギエムも足の向きや膝の上の手のかたちまで初々しさの演技が行き届いています。ただ、他のダンサーが踊っているときにもギエムは小芝居を続けているので、観客の集中が分断されてしまうのも事実。出会いのパ・ド・ドゥは、デ・グリューのマッシモ・ムッルがちょっと安定しないように感じました。

第1幕第2場が、おなじみの「寝室のパ・ド・ドゥ」。天蓋の高さが6〜7mもあるベッドには驚きましたが、運命的な出会いをした二人が一夜を過ごした後に愛を確かめ合うという場面。今までにもここだけ観たことはありますが、こうして第1場から通してみてくると二人の心の動きやひとつひとつの仕種の意味もわかってきます。それにしても、リフトされているときのギエムのすらりとした手足の長さ。なぜあの角度で保持できるのでしょうか。もっとも、あまりにも長過ぎて生身の女性というより人形のように見えてしまったりもするのですが、これもまだ自立した自我を持たないマノンの姿を示す演技のうちと考えれば、デ・グリューが外出している間にレスコーとともにあらわれたムッシューG.M.が見せる豪華な衣裳にふらふらと吸い寄せられてしまうのもうなずけます。ここでの3人の絡みが面白く、男に抱えられたギエムが足を横へ差し伸ばすと、もう一人がそれをとってギエムを男の背中へぐるりと回していく一種コンテンポラリーなこの振付は、マノンの主体性のなさを象徴しているようです。

第2幕第1場、高級娼家でのパーティー。べろんべろんに酔っぱらったレスコーのダンスがびっくり。ソロでも見せましたが、愛人とのパ・ド・ドゥでリフトしながら足をもつれさせるのは、リフトしている方もされている方も(見ている方も!)かなり怖そうです。また、二人の娼婦の喧嘩ダンスも爆笑ものでした。お互いに相手の邪魔をしながら踊り、最後は足元をすくいあって床の上でつかみあい。ギエムが出てからもいくつかの踊りが披露されますが、相変わらずギエムの小芝居は続いていて、レスコーから酒瓶をとりあげて「もう飲まないで!」なんてやっています。一方、ギエムのソロでも周囲は動いているのですが、ソロが佳境に入ろうとするところで時間が止まったように全員が一斉に停止し、ソロを際立たせます。デ・グリューが出てからのギエムは、レスコーの手を払いのけたり肘を抱える仕種で心が乱されている様子がひしひしと伝わり、客の男たちの間を回されていく場面では、徐々に男たちの凶暴さがむき出しになってきて恐怖がマノンをとらえ始めるさまに観ている方も緊張(ムッシューG.M.が割って入って事なきを得るのですが)。このあたりはオーケストラの音量・緩急の盛り上げ方が、非常に巧みでした。

第2幕第2場でレスコーが死に、マノンも逮捕されて第3幕第1場の流刑地の港。女囚たちの群舞が印象的な振付で見せてくれます。この場面に限らず、マクミランの振付はどの場面・どの役柄をとっても魅力的で目が離せないし、音楽(ジュール・マスネ)も実に美しい旋律のものばかりです。セクハラ看守はあえなく刺殺され、清廉な学生だったデ・グリューはマノンの魅力に取り付かれたばかりに、今や人殺しとなります。デ・グリューの苦悶のソロ。

第3幕第3場、沼地。舞台頭上から湿地帯の植物のような縄が何本も垂れ下がり、マノンは悪夢にうなされます。そこには第1〜2幕に登場した数々の人物、そしてやはりマノンによって死に至ることになったレスコーの姿も。いまやデ・グリューへの愛だけが生きる望みとなったマノンのすがりつくような思いが端的に表現されるのが、パ・ド・ドゥの中に繰り返し現れる、デ・グリューの胸に大きく飛び込んで高く投げ上げられながら激しく回転する超絶な振付です。何のためらいもなく飛び込んでいくギエムと、それをしっかりと受け止めるムッルの信頼関係が役柄と一体となって、観ているこちらも熱くなってきます。

終演後は、地鳴りのような拍手とブラボーの声。主演の二人はもちろん、レスコーのティアゴ・ソアレスへの拍手がひときわ大きく響きました。今回の公演では、ほかにダーシー・バッセルやアリーナ・コジョカル、タマラ・ロホがマノンを演じる日もあって、実を言えばギエムにしようかダーシー・バッセルにしようか迷ったのですが、これだけ演劇的な要素の強い演出であるなら、それぞれのダンサーが幕ごとに性格の違うマノンをどう解釈して演じるのか、全部観てみたい気がしてきます。

キャスト

マノン シルヴィ・ギエム
デ・グリュー マッシモ・ムッル
レスコー ティアゴ・ソアレス
ムッシューG.M. アンソニー・ダウエル
レスコーの愛人 マリアネラ・ヌニェス
マダム エリザベス・マクゴリアン
看守 ウィリアム・タケット
乞食のかしら ホセ・マルティン
高級娼婦 ベリンダ・ハトレー
ラウラ・モレラ
シアン・マーフィー
クリスティーナ・エリダ・サレルノ
紳士たち リカルド・セルヴェラ
佐々木陽平
ジョシュア・トイファ
ベネット・ガートサイド
アラステア・マリオット
デヴィッド・ピッカーリング
リチャード・ラムゼイ
クリストファー・サンダース
老紳士 フィリップ・モーズリー
 
指揮 グラハム・ボンド
演奏 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

物語

第1幕
宿屋の中庭には、女優や紳士、パリの商売女たち、そして若い学生のデ・グリュー、金持ちのムッシューG.M.、修道院に入るマノンを待つ兄レスコーがいる。馬車が着き、マノンと、マノンに執心の様子の老紳士が降りる。レスコーはそれに気づくと、老紳士を宿屋の中へ連れて行き、マノンの身柄について取引をする。外で待っていたマノンはデ・グリューと恋におち、マノンが老紳士から盗んだ金を手にパリへ逃げる。ムッシューG.M.はレスコーに、自分もマノンに関心があると告げ、G.M.の金に目がくらんだレスコーは、マノンを探し出して、G.M.のもとに行くことを承知させると約束する。
父親へ手紙を書いているデ・グリューの手を止めさせて、マノンは自分がどれほど彼を愛しているかを告げる。デ・グリューが手紙を出しに行っている間に、レスコーがムッシューG.M.を連れて現われる。マノンはG.M.の誘いを受け入れ、デ・グリューが戻ると、レスコーは、マノンとG.M.の関係に目をつぶれば全員が金持ちになれるのだと説く。
第2幕
マノンは、ムッシューG.M.の催すパーティに出席し、彼の富の誘惑とデ・グリューへの愛の板ばさみになって動揺が隠せない。レスコーとパーティへ来ていたデ・グリューはマノンを連れ帰ろうとするが、マノンは、デ・グリューがカードの勝負でもっとG.M.の金を巻き上げたら帰ると答える。デ・グリューはカードのインチキを見破られてしまい、慌しくマノンを連れて去る。
マノンとデ・グリューは再びお互いの愛を告げ合うが、ムッシューG.M.が警官とともに現われ、マノンは売春のかどで逮捕され、それに続く争いの中でレスコーが殺される。
第3幕
流刑地の看守が、フランスから懲役囚の到着を待っている。マノンは売春婦としてアメリカへ追放され、デ・グリューは夫だと偽って後を追ってくる。
マノンに関心を示す看守はマノンを捕え、デ・グリューを捨てて自分と暮らさせようと考えて甘い言葉をかけるが、そこへ踏み込んできたデ・グリューが看守を殺す。
マノンとデ・グリューはルイジアナの沼沢地へ逃げ込むが、追っ手をかわす逃避行のうちにマノンは倒れ、デ・グリューの腕の中で息絶える。