小林古径展

2005/07/02

東京国立近代美術館で、「小林古径展」を見ました。この展示は、古径の代表作約100点を、「明治―歴史画からの出発―」「大正―ロマン主義の華やぎ―」「昭和―円熟の古径芸術―」の3章に分けて展観するもの。

第1章「明治―歴史画からの出発―」では、16歳で郷里の新潟から上京し梶田半古の画塾に入門した古径が、師の影響の下に描いた歴史画を中心に展示しています。この章での作品群を見れば、古径が10代にして既に素晴らしい技術を習得していたことが一目瞭然で、しかもそれぞれにドラマティックな物語性が顕著です。たとえば竹によじのぼり、そのしなりを利用して仇の館へ乗り込もうとする瞬間の《阿新丸》。竹の葉や枝の動き、首から下がる紅白の紐や袖のなびきが画面左への流れを作り、一方ぐいと伸ばされた右足や額にかかる髪、そして主人公の厳しい視線が右手に目指す獲物を見据えています。そしてそれらが縦長の画面の上半分に収められて、下半分の空白が主人公の位置の高さを物語っています。すっきりした輪郭線と大胆な構図によって、質感と軽やかさ、動と静の共存が実現した作品です。このコーナーにはこの頃の修行で古径が描いた模写や写生の様子も展示されていますが、花、鳥、動物、それにモデルの人物などがいずれも細密な筆遣いで描かれており、その細密なデッサン力が古径の画風のベースにあることが見てとれます。

第2章「大正―ロマン主義の華やぎ―」に登場するのが、下のチラシにとりあげられた《極楽井》です。裏箔の淡い輝きの中に浮き上がる木蓮の花と、その下で井戸の水を汲む少女達の優美な手の動きと穏やかな表情には、それまでの歴史画に見られた物語性から脱した静謐さが溢れているようです。《羅浮仙》の、梅の古木にからめとられるような古代風の女性(梅の精)も不思議な孤独感に満たされており、その姿に川本喜八郎が「火宅」で造形した莵名日処女を連想しました。また《機織》も不思議。2台並んだ織機が製図のように精密に描かれ、その右側で二人の女性が機を織っていますが、背景はおろか、織機や女性の足元までも省略されて、純粋に対象だけが空間に浮かび上がり、完璧な写実と大胆な省略が同居した絵です。一部に西洋絵具も用いたこの絵には、その数年前に行った8ヶ月のヨーロッパ留学の成果が生かされているのだそうです。

第3章「昭和―円熟の古径芸術―」では、画風も画面の中の登場人物 / 鳥獣 / 花や果実、器なども孤高の境地に達している感があります。ぼんやりとした闇に浮かぶ紅梅の枝にひっそりととまる《木菟》。むくむくの犬や猫たち、茄子、柿、朝顔。果実と器からなる静物。能の一場面を切り取った《松風》《楊貴妃》。紅蓮の炎が異彩を放つ《不動》には驚きましたが、道成寺伝説に題材をとった《清姫》の後半4段も、第五〜七段の息詰まるほどの緊迫感の後に第八段の比翼塚に散りかかる桜の花で穏やかに浄化されます。

「小林古径展」のチケットで常設展も観ることができ、駆け足で4階から2階までを見て回りましたが、具象・抽象、日本画・洋画・写真などごった煮のような作品群が、それでも比較的ゆったりと展示されていて、特にシュールレアリスム系が意外に充実していて楽しめました。