車引 / 芋掘長者 / 弥栄芝居賑 / 梅雨小袖昔八丈 / 義経千本桜 / 鷺娘 / 野田版 研辰の討たれ

2005/05/14

中村勘九郎改め勘三郎襲名披露公演の三月目。今月も昼夜通しで観ましたが、これまた充実の一日。

車引

勘太郎丈・七之助丈の兄弟が梅王丸・桜丸の兄弟を演じます。両花道のそれぞれから登場した二人が時平への復讐を誓い、笠を脱いで見得をする場面でまずは大喝采。梅王丸の荒事が特に痛快で、舞台上からエネルギーが放射されてきて観ているこちらも熱くなってきます。時平の車を止めたところで出てきたちっこい杉王丸はこのたび中村屋の部屋子になった中村鶴松(清水大希)で、堂々の見得と台詞。そして登場した海老蔵丈の松王丸の豪快さで、若手役者の力が漲る一幕となりました。

芋掘長者 / 弥栄芝居賑

松羽目物に近いテイストで、踊りの名手・三津五郎丈が踊り下手の役を演じるのが面白く、橋之助丈とのコンビもほんわかと楽しい喜劇。「弥栄芝居賑」は「口上」にかえて、舞台上に江戸時代の芝居小屋を作り、その前で勘三郎丈が座元、芝翫丈が猿若町名主女房、雀右衛門丈が芝居茶屋女房、富十郎丈が芝居茶屋亭主となり、本花道に菊五郎丈以下の男伊達、仮花道に玉三郎丈以下の女伊達がずらりと居並ぶ豪華な祝祭劇。最後は客席も巻き込んで三々七拍子でめでたく締めました。

梅雨小袖昔八丈

昼の部のメインイベント。勘三郎丈には自家薬籠中の髪結新三ですが、ここでは三津五郎丈の家主の老獪さがひときわ光りました。これまでこの家主役は富十郎丈と左團次丈で観ていていずれもよかったのですが、この三津五郎丈の家主は絶品。このあぁ言えばこう言う図々しさには、「永代橋」で忠七(三津五郎丈二役)をさんざんに嬲った悪役新三ですら手玉にとられるのも無理はないと納得させられます(本当にこの人、何をやってもうまい!)。ついでに、三十両のはずが十五両しかもらえず首をひねる新三に向かっておめぇもこのふた月でちったぁ大人になったかと思ったが、まだわからねぇのかと襲名披露興行三月目に入ったことを引っ掛けての台詞に、場内大笑い。

夜の部からは、観劇仲間うっちゃまん女史と合流して二階席。舞台に向かって正面やや右寄りでうっちゃまん女史がisle sideに座りましたが、これが後で幸運につながります。

義経千本桜

人気の四ノ切。菊五郎丈が佐藤忠信 / 源九郎狐で、音羽屋の型でテンポよく話が進みます。ケレンの見所の一つ、狐の姿への早替りは床下に落ちてから10秒かからずに屋敷の上手奥から飛び出してきて屋敷の下へ飛び降りていきますが、スピードもさることながらその後の台詞にまったく息の切れた様子がないところにほとほと感心(菊五郎丈は62歳)。しかし、全体的にはケレンで目を奪うよりも狐の親子の情愛の深さがしみじみと伝わってくる芝居作りで、それだけに一層頼朝・義経の兄弟相討つ愚かさが鮮やかな対比となって感じられます。海老蔵丈の義経、菊之助丈の静も、そのまま絵になる美しさでした。

鷺娘

玉三郎丈の「鷺娘」は、もう形容のしようがありません。照明の効果とあいまって幻想的な出から、引抜きによって鮮やかに色彩が変わる変化を繰り返し、ついに力尽きて息絶えるまで30分、息を呑んで見守りました。この幕の後に夕食休憩が入っていたのですが、二階の芝居茶屋で隣り合わせたご婦人たちも、玉三郎丈のあまりの凄さにぽーっとしてしまっています。うっちゃまん女史も「鳥肌がたった」とのことで、いたく感激した様子でした。

野田版 研辰の討たれ

そしていよいよラスト、演出術の限りを尽くした「野田版 研辰の討たれ」。最初に舞台上の紗幕に赤穂浪士の討ち入りの様子がシルエットで映りますが、これは紗幕の向こうで廻り舞台をぐるぐる回し、そこにしつらえた階段つきの橋のような舞台装置での殺陣を見せているもの。紗幕があがるとその廻り舞台全面が見通せる歌舞伎座には珍しい舞台の使い方になっていて、その大胆かつ縦横無尽な舞台機構の使い方はいかにも野田秀樹です。そして、勘三郎丈の守山辰次は研ぎ師上がりの現実主義者らしい、武士にとっては身もふたもない理屈と阿諛追従をしれっと口にする調子のいい男になっていて、こうした役はまさしく勘三郎丈ならでは。ほかの登場人物も微妙にヘンで、家老の平井市郎右衛門(三津五郎丈)は分別をわきまえた家老のはずなのに、主君の奥方の命で辰次に剣術指南をすることになると、辰次がまるで相手にならないのがうれしくてついつい踊りだしてしまいます。その奥方(福助丈)も相当おかしくて、何かというと日の丸の扇子を高く掲げ、気張った声であっぱれじゃ!。家老の二人の息子(染五郎丈・勘太郎丈)の竹刀での模範立ち会いが凄いスピードのアクロバティックな殺陣になっていて、これだけとっても既に歌舞伎の世界ではありません。それに、この立ち回りや後で出てくるバレエ風跳躍など、素晴らしい身体能力を二人の梨園の御曹司が見事に発揮してくれるのですから、歌舞伎俳優おそるべし。そして舞台は冒頭の粟津藩道場からそのまま暗転して大手馬場先に変わり、ユニオンの規制(!)があってなかなか融通がきかない職人たちをなだめたりすかしたりしながら奇妙奇天烈なからくり仕掛けを作り上げて家老を待ちます。やってきた家老が仕掛けを踏みそうで踏まないのにやきもきするところもおかしいのですが、ついにからくりが動き出してお堂の中から出てきた人形(亀蔵丈)が♫ぼうや〜よいこだねんねしな〜と日本昔ばなしの歌を最初は裏声で、ついでドスのきいた低音で歌いながら家老に迫って大爆笑。家老はそのまま卒中で死んでしまい、辰次は意図せずして仇になってしまう不条理に巻き込まれます。

家老が亡くなった大手馬場先の場から仇討ちの旅に出た二人の息子が、廻り舞台の装置の上を何周かする間に獅子舞やかつお売り、風鈴屋などとすれ違って季節が次々に移ろいゆく様子を見せるのが鮮やかで、やがて舞台上は道後温泉蔦屋のセット。ここではおよし(福助丈)・おみね(扇雀丈)の姉妹が強烈で、袱紗に書いた三十一文字もおひたし記念日。この場では地方(じかた)さんも大活躍で、装置の上から舞台中央に降りてきた竹本清太夫が顔を真っ赤にして辰次に迫り謡い、勘三郎丈が平身低頭して……ご苦労様でございました。しかし、この辺りからこの劇の構図がはっきりしだして、宿の客たちは辰次や平井兄弟の意図におかまいなく仇討ちを成就させようと勝手に盛り上がっていくのがだんだん怖くなってきます。

追いつめられて峠の場、畚の綱を切って逃げた辰次は舞台から消えますが、どこへ行ったのかな?と思っていたら突然我々の後ろの入口から飛び込んできて、二階席の通路の一番前まで行ったと思ったら、すぐに踵を返して凄い勢いで駆け去っていきました。通路際のうっちゃまん女史はほとんど手が触れる距離を勘三郎丈が通ったのですが、あまりの突然さに驚いて手を伸ばすことも忘れてしまったくらい。まさかこんな幸運に巡り会えるとは!と喜んでいるうちに最後の大師堂百万遍の場。当て身をくらって辰次が大師堂の外に運び出されると、そこには上から床にまで届く巨大な千羽鶴のような紅葉が背景一面を覆っていて、その鮮烈な色彩感覚に客席から思わずどよめきが湧きました。仇討ちの場面を今や遅しと待ち構える群衆に囲まれ、泣きながら、生きたい、死にたくないと語りつつ刀を研ぐ辰次。ここではっきりと、辰次は家老の息子二人によってではなく、群衆によって殺されようとしていることが示されます。それでも、研ぎ終えた辰次の恥も外聞も無い無抵抗ぶりに斬ることをためらった平井兄弟は、ついに犬を斬る刀はないと太刀を鞘に納め、落胆した群衆は次の仇討ちを求めて去っていきました。紅葉の下で生き延びた喜びをかみしめる辰次。次の瞬間、駆け戻ってきた平井兄弟の太刀が一閃。やっと殺せたしかしこれは、敵討ち?人殺し?斬り捨てられて虚しく横たわる辰次の上に、哀しくも美しいひとひらの紅葉が落ちてきて、幕。

歌舞伎座では珍しくカーテンコールがあって、勘三郎丈が出演者を舞台に呼びました。竹内結子との結婚が発表されたばかりの獅童丈をわざわざ前に押しやったりもして、なんとも歌舞伎らしからぬ、しかしいかにも勘三郎丈らしい、この日の終演でした。

配役

菅原伝授手習鑑
車引
梅王丸 中村勘太郎
桜丸 中村七之助
松王丸 市川海老蔵
藤原時平 市川左團次
芋掘長者 芋掘藤五郎 坂東三津五郎
緑御前 市川亀治郎
友達治六郎 中村橋之助
弥栄芝居賑 猿若座座元 中村勘三郎
芝居茶屋女将 中村雀右衛門
猿若町名主女房 中村芝翫
芝居茶屋亭主 中村富十郎
男伊達 尾上菊五郎 / 中村梅玉
女伊達 坂東玉三郎
梅雨小袖昔八 髪結新三 中村勘三郎
手代忠七 坂東三津五郎
家主長兵衛
下剃勝奴 市川染五郎
白子屋お熊 尾上菊之助
白子屋後家お常 片岡秀太郎
弥太五郎源七 中村富十郎
義経千本桜 佐藤忠信実は源九郎狐 尾上菊五郎
静御前 尾上菊之助
源義経 市川海老蔵
駿河次郎 市川團蔵
亀井六郎 尾上松緑
川連法眼 市川左團次
法眼妻飛鳥 澤村田之助
鷺娘 鷺の精 坂東玉三郎
野田版研辰の討たれ 守山辰次 中村勘三郎
粟津奥方萩の江 中村福助
姉娘およし
妹娘おみね 中村扇雀
平井九市郎 市川染五郎
平井才次郎 中村勘太郎
宮田新左衛門 中村七之助
八見伝内 坂東弥十郎
宿屋番頭友七
町田定助 中村橋之助
僧良観
平井市郎右衛門 坂東三津五郎

あらすじ

菅原伝授手習鑑

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芋掘長者

松ヶ枝家では、息女の緑御前の婿選びの舞の会を催す。友人治六郎と屋敷へ乗り込んだのは、緑御前に恋い焦がれる芋掘の藤五郎。舞上手の治六郎が面をつけて藤五郎のふりをして踊り、人々は喝采するが、今度は直面での舞を見たいと望まれて窮する。いったんは治六郎との連れ舞でその場をしのごうとするが、ついに芋掘の舞を舞って正体を明かしたところ、意外にも緑御前は藤五郎と添いたいと言う。一同は、芋掘の舞を舞って緑御前と藤五郎を祝福する。

梅雨小袖昔八丈

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義経千本桜

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野田版 研辰の討たれ

守山辰次は元は刀の研屋で、殿様の刀を研いだ縁で侍に取り立てられたものの、武芸はまったく駄目。家中の侍に打ちのめされた研辰は、家老へ意趣返しをしようとする。ところが、仕掛けがうまく行き過ぎて家老は死んでしまい、研辰は家老を殺した敵として追われる身となる。家老の息子二人に追われて、諸国を逃げ回る研辰だったが、偶然道後温泉で息子二人と同宿になってしまったことから、仇討ちを一目見たい野次馬たちに峠の大師堂へと追い詰められる。