外郎売 / 寺子屋 / 春興鏡獅子 / 傾城反魂香 / 吉野山 / 助六由縁江戸桜

2004/06/20

市川海老蔵襲名披露の二月目。6月は「春興鏡獅子」「助六由縁江戸桜」で海老蔵丈が登場します。團十郎丈は先月に引き続き病気休演ですが、一日も早く回復してほしいものです。さて、歌舞伎十八番の内「外郎売」で昼の部をスタート。

外郎売

金雲たなびく雄大な富士山の背景、紅梅白梅に両脇が松のめでたい舞台上で團十郎丈にかわって松緑丈が曽我五郎を勤めます。ストーリーも登場人物も「寿曽我対面」と重なる典型的な曽我物ですが、小田原名物妙薬の外郎売を装う曽我五郎の早口での言い立て(「武具馬具ぶぐばぐ三武具馬具……」)が見どころ。大薩摩のサポートを受けての言い立ては見事に流暢でしたが、もともとハスキーさがある声質の上にのどを傷めているような声でちょっと聴きづらい面も。しかし、茶道珍斎(市蔵丈)のおかしみ、大磯の虎(芝雀丈)の美しさ、奴の派手な立ち回り、様式美の見得、明るくカラフルで華やいだ舞台にまずは満足。

寺子屋

仁左衛門丈の松王丸、玉三郎丈の千代、勘九郎丈の源蔵、福助丈の戸浪。小太郎の「寺入り」を省略して源蔵戻りから始まります。勘九郎丈らしからぬ(?)重い芝居が客席にいい驚きを与え、「若君にはかえられぬ!」で喝采の拍手。奥へ入る前に戸浪を振り返る場面など、様式的な動きに腰のくだける感じもないではありませんが、仁左衛門丈との緊迫感溢れるやりとりは聞かせました。その仁左衛門丈、小太郎の最期の様子を聞いての大泣き(「桜丸が不憫」と泣くのはこと寄せなるらん)では客席でもハンカチの動き。玉三郎丈の千代も観客の涙腺を刺激しますが、「寺入り」があればさらに泣けたでしょう。それにしても最初から最後までまったく緩みのない、締まった芝居でした。

口上

團十郎丈がいないのがやはり寂しいのですが、仁左衛門丈が7月の大阪のPR、菊五郎丈がまたも血液型ネタ、左團次丈がパリ公演では写真週刊誌など気にせず浮き名を流せと妙なアドバイス。そしてもちろん「にらみ」。

春興鏡獅子

実はそれほど期待していなかったのですが、これが素晴らしい出来でした。大柄な海老蔵丈が踊る前シテの弥生は全体におおらかで、二枚扇の技巧(右手の扇を左手の扇の(客席から見て)奥から宙に舞わせて前に越させ、その瞬間左手の扇を右手に持ち替えて左手で扇を受け止める……と言葉にすると長いのですが、ほんの一瞬の出来事)も決まりましたが、獅子頭を手にすると本当に命をもったかのように怪しい空気が漂って花道を引きずられて行きます。そして胡蝶の精の踊りを経ての後シテ、獅子のダイナミックな動きが白眉。宙に浮かんでドン!と膝を落とす場面の驚異的な高さ(文字通り、空中に静止したように見えます)、そして毛を振り立てての豪壮な舞に客席は大興奮。「うおー!」というどよめき、「成田屋!」のかけ声と割れるような拍手。見終わった後には、出口へ向かう人々の「凄いねー!」という感嘆の声があちこちで聞かれました。

夜の部は観劇仲間うっちゃまん女史と合流。うっちゃまん女史とは先月の公演も一緒だったのですが、あいにくその日うっちゃまん女史は高熱を発していてほとんど舞台に集中できず、昼の部を夢うつつのうちに観ただけで終わっていたので、今月はそのリベンジ(……といいつつ、前日の土曜日は食あたりで何も食べられなかったそうなのですが)。

傾城反魂香

「将監閑居の場」、通称「吃又(どもまた)」は、吉右衛門丈の吃音の又平と雀右衛門丈のおしゃべり女房おとく、それに段四郎丈の重厚でいて思いやりもある将監のトライアングルで1時間半程をしっかり堪能しました。特に夫婦の情愛が素晴らしく、ハッピーエンドがことのほか嬉しくなる一幕。それにしても、絵が手水鉢を抜けてじんわり浮かび上がるのは、どういう仕掛けなのでしょうか。水を使っているような気がするのですが、真相は不明。続く「吉野山」は言わずと知れた静・忠信の道行を、菊五郎丈・菊之助丈親子が踊ってみせます。珍しくイヤホンガイドを使用しましたが、うっちゃまん女史のように舞踊劇を初めて観る場合にはこうした解説はとても有効。先月の「勧進帳」での團十郎丈・海老蔵丈親子の緊迫した対峙とは違って、安心して楽しめる親子競演でした。

助六由縁江戸桜

奮発して二階席をとっていたおかげで花道での出端もばっちり見え、玉三郎丈の揚巻ほかの花魁の絢爛豪華な衣裳も堪能できます。揚巻の意休に対する悪態は、胸のすくような心持ち。意休はもちろん左團次丈、満江ももちろん田之助丈、そして白酒売は勘九郎丈。くわんぺら門兵衛が吉右衛門丈というのが豪華というかなんというか。で、当然通人里暁(松助丈)が今回も股くぐりで仕掛けを見せてくれるのですが、今回はなんとマフラーを首に巻き、サングラスをかけて「冬ソナ」のテーマをBGMにヨン様ことペ・ヨンジュンになりきって白酒売の股をくぐって(あらかじめブルガリの香水で消臭することも忘れない)客席大爆笑、もちろんうっちゃまん女史も大喜び。そして海老蔵丈の助六はまったく自由自在の演じ方で、既に「海老蔵の助六」の特異なキャラクターができ上がっているように感じました。

終演後は銀座のバーで軽くビールでのどを潤して、長く楽しかった一日を締めくくりました。今日は昼夜通して一瞬たりとも緩みのない、素晴らしい芝居漬けの一日でした。

配役

外郎売 外郎売実は曽我五郎時致 尾上松緑
大磯の虎 中村芝雀
小林妹舞鶴 市川亀治郎
化粧坂少将 中村七之助
小林朝比奈 河原崎権十郎
工藤左衛門祐経 市川段四郎
 
寺子屋 松王丸 片岡仁左衛門
武部源蔵 中村勘九郎
女房戸浪 中村福助
春藤玄蕃 坂東彦三郎
園生の前 片岡秀太郎
千代 坂東玉三郎
 
春興鏡獅子 小姓弥生後に獅子の精 市川海老蔵
 
傾城反魂香 浮世又平後に土佐又平光起 中村吉右衛門
土佐将監 市川段四郎
狩野雅楽之助 中村歌昇
土佐修理之助 大谷友右衛門
又平女房おとく 中村雀右衛門
 
吉野山 佐藤忠信実は源九郎狐 尾上菊五郎
静御前 尾上菊之助
逸見藤太 河原崎権十郎
 
助六由縁江戸桜 花川戸助六 市川海老蔵
三浦屋揚巻 坂東玉三郎
白酒売新兵衛 中村勘九郎
朝顔仙平 中村歌昇
三浦屋白玉 中村福助
福山のかつぎ 尾上松緑
口上 市川段四郎
髭の意休 市川左團次
曽我満江 澤村田之助
くわんぺら門兵衛 中村吉右衛門

あらすじ

外郎売

大磯の廓でくつろぐ工藤祐経のもとに、小田原名物の外郎売がやってくる。この外郎売は、祐経を親の敵と狙う曽我五郎時致。親を思う心を察した祐経は、曽我兄弟に討たれる覚悟で後日の再会を約束する。

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傾城反魂香

絵師土佐将監の弟子又平は、師の閑居を妻のおとくと訪れる。夫婦は土佐の苗字を貰いたいと願うが、絵の道で功績のない又平には与えられないと、師は願いを聞き入れない。又平は死を決意し、手水鉢に一心に自分の姿を描くとその絵が反対側に抜ける奇跡が起こり、又平の画才を知った将監は、土佐又平光起と名乗ることを許す。

助六由縁江戸桜 → [こちら

外郎売 亨保三年・二代目市川團十郎作 歌舞伎十八番の一

拙者親方と申すは、御立合のうちに、御存知のお方もござりましょうが、御江戸を発って二十里上方、相州小田原一式町をお過ぎなされて、青物町をのぼりへおいでなさるれば、欄干橋虎屋籐衛門只今は剃髪致して、円斉と名のりまする。元朝より大晦日までお手に入れまするこの薬は、昔ちんの国の唐人、外郎という人、我が朝にきたり、帝へ参内の折から、この薬を深くこめおき、用ゆるときは一粒づつ、冠の透き間より取り出す。依ってその名を帝より、とうちんこうと賜る。即ち文字には「頂き、透く、香ひ」と書いて「とうちんこう」と申す。只今はこの薬、殊の外世上に弘まり、方々に似看板を出し、イヤ、小田原の、灰俵の、さん俵のと、いろいろに申せども、ひらがなをもって「ういろう」と記せしは親方円斉ばかり。もしやお立ち会いのなかに、熱海か塔ノ沢へ湯治にお出になさるか、また伊勢参宮の折からは、必ず門違いなされまするな。お登りならば右の方、お下りならば左側、八方が八棟、表が三棟玉堂造り、破風には菊に桐の御紋を御赦免あって、系図正しき薬でござる。

イヤ最前より家名の自慢ばかり申しても、御存知ない方には、正身の胡椒の丸呑、白川夜舟、さらば一粒食べかけて、その気味合いをお目にかけましょう。先づ此の薬をかように一粒舌の上に載せまして、腹内へ納めますると、イヤどうも言えぬは、胃、心、肺、肝が健やかになって、薫風喉寄り来り、口中微涼を生ずるが如し、魚鳥、茸、麺類の食い合わせ、その外、万病速効あること神の如し。さてこの薬、第一の奇妙には、舌の回ることが、銭独楽裸足で逃げ回る。ひょっと舌が回り出すと、矢も楯もたまらぬじゃ。

そりゃそりゃ、そらそりゃ、まわってきたわ、廻ってくるわ。アワや喉、サタラナ舌に、カゲサ歯音、ハマの二つは唇の軽重、開合さわやかに、アカサタナハマヤラワ、オコソトノホモヨロヲ、一つへぎへぎに、へぎほしはじかみ、盆豆、盆米、盆ごぼう、摘蓼、つみ豆、つみ山椒、書写山の社僧正、粉米のなまがみ、こん粉米の小生がみ、繻子、ひじゅす、繻子、繻珍、親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親かへい子かへい、子かへい親かへい、古栗の木の古切り口、雨合羽か、番合羽か、貴様の脚絆も皮脚絆、我ら等が脚絆も皮脚絆、しっかわ袴のしっぽころびを、三針はりながにちょと縫うて、ぬうてちょとぶんだせ、かわら撫子、野石竹。野良如来、野良如来、三野良如来に六野良如来。一寸先のお小仏におけつまづきゃるな、細溝にどぢょにょろり。京の生鱈奈良なま学鰹、ちょと四五貫目、お茶たちょ、茶たちょ、ちゃっと立ちょ茶立ちょ、青竹茶筅でお茶ちゃとたちゃ。

来るわ来るわ何が来る、高野の山のおこけら小僧。狸百匹、箸百膳、天木百杯、棒八百本。武具、馬具、ぶぐ、ばぐ、三ぶぐばぐ、合わせて武具馬具、六武具馬具、菊、栗、きく、くり、三菊栗、合わせて菊栗、六菊栗、麦、ごみ、むぎ、ごみ、三むぎごみ、合わせてむぎ、ごみ、六むぎごみ。あの長押の長薙刀は、誰が長薙刀ぞ。向こうの胡麻殻は、荏の胡麻殻か、真ごまがらか、あれこそほんの真胡麻殻。がらぴいがらぴい風車、おきゃがれこぼし、おきゃがれ小法師、ゆんべもこぼして又こぼした。たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ、たっぽたっぽ一丁だこ、落ちたら煮て喰を、煮ても焼いても喰われぬ物は、五徳、鉄きゅう、かな熊童子に、石熊、石持、虎熊、虎きす、中にも、東寺の羅生門には、茨城童子がうで栗五合つかんでお蒸しゃる。かの頼光のひざ元去らず。

鮒、金柑、椎茸、定めて後段な、そば切り、そうめん、うどんか、愚鈍な小新発知、小棚の小下の、小桶に、こ味噌が、こあるぞ、小杓子、こ持って、こすくって、こよこせ、おっと合点だ、心得たんぼの川崎、神奈川、程ヶ谷、戸塚は、走って行けば、やいとを摺りむく、三里ばかりか、藤沢、平塚、大磯がしや、小磯の宿を七つ起きして、早天早々、相州小田原とうちん香、隠れござらぬ貴賤群衆の、花のお江戸の花ういろう、あれあの花を見てお心を、おやわらぎやという。産子、這う子に至るまで、此の外郎のご評判、御存知ないとは申されまい。まいつぶり、角出せ、棒出せ、ぼうぼうまゆに、臼、杵、すり鉢、ばちばちぐゎらぐゎらと、羽目をはずして今日お出の何茂様に、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息せい引っぱり、東方世界の薬の元〆、薬師如来も照覧あれと、ホホ敬って、ういろうは、いらっしゃりませぬか。