レンブラントとレンブラント派

2003/12/14

上野の国立西洋美術館で「レンブラントとレンブラント派」展を観てきました。

この展覧会は、貿易立国で大発展をとげた17世紀オランダで、肖像画家として、そして聖書に題材をとった物語画家として名声を博した画家レンブラントと、その工房・弟子たちの作品を集めたもの。ただし、全体を通してみるとレンブラント本人による作品は版画が多く、油彩画では10点が集められているに過ぎないし、また、劇的な群像画としてレンブラントの最高傑作とされる《夜警》も出展されてはいません。しかし、例えば下のチラシに引用されている《悲嘆にくれる預言者エレミヤ》の圧倒的な描写は、この1点だけで存分にレンブラント絵画の魅力を知らしめてくれます。白髪と皺だらけの皮膚、柔らかな生地の衣服、光沢を放つ金属、それらが不思議な角度の光線の中に素晴らしいタッチでそれぞれの質感を伴って描かれ、左奥の炎上する建物とともにこの老人の嘆きを劇的に描き出しています。この老人は預言者エレミヤであり、後方の炎上する都市はネブカドネザルに攻められるエルサレムであろうとするのは実は後世の解釈で、作者はモチーフを具体的に明らかにしているわけではなく、そのことがこの作品に一層の普遍性を与えているとみることもできそうです。しかも、これがレンブラント24歳のときの作品というのだから驚きです。また、ここに見られるような光と影の劇的な対比(レンブラント・ライト)は、以後の作品を見ればレンブラント及びその工房の作品の大きな特徴となっていることがわかります。

また版画の中では、《病人を癒すキリスト》の、ひとつの画面に闇に沈む陰鬱さを緻密に描き込んだ右半分とハレーションを起こしているかのような不自然なまでの明るさを線描で描いた左半分を同居させた革新的な手法が現代的です。そして、完成した版画に対して数次の改変が加えられて行く過程の例として、《三本の十字架》では描かれている主題が「死せるキリスト」から「死にゆくキリスト」へと変更されたり、《エッケ・ホモ》ではピラトとキリストの前の群衆が削除されることによってピラトの「エッケ・ホモ=この人を見よ」という言葉が絵の中の群衆ではなくまるで絵の前に立つ者に対して向けられるように改変されたりといった経緯を知ると、レンブラントの意識が常に表現ではなく主題に向けられていたことに気づきます。

晩年のレンブラントは、経済的に逼迫することもあったようです。レンブラントに学んだ画家たちが工房を出ると、やがてルーベンスに代表されるフランドル絵画風へと作風を変えていることは、レンブラントの光と影を用いた物語画が当時(17世紀中頃)の市民社会ではあまり受け入れられなくなっていたことを示唆しているようです。実際、これらの絵は家の中に飾るにはあまりに重く、私だったら一種無気味にすら感じるでしょう。少なくとも、夜中にこれらの絵の前にひとりで立つのはかなり恐いに違いありません。

そんな具合に、その作品を「買う」(ことによってその画家を支える)時代の空気という視点により注意を払って今まで見てきた絵画を見直すと、また新しいものの見方ができるかもしれないと思った、レンブラント展最終日でした。