国宝 大徳寺聚光院の襖絵

2003/12/07

上野の東京国立博物館で「国宝 大徳寺聚光院の襖絵」展を観てきました。

京都の大徳寺の塔頭である聚光院は、三好長慶の菩提を弔うために1566年に創建された寺で、その方丈の襖絵は桃山時代の代表的な画家・狩野永徳とその父松栄によって描かれたもの。この展覧会では、通常非公開のこれら障壁画46面と、聚光院にゆかりの千利休(聚光院には利休の墓があり、表・裏・武者小路三千家の菩提所となっています)関係の資料や茶道具を展示しています。

会場内には、聚光院での見え方と同様に見えるように工夫された並べ方で襖絵が配置されており、まず礼の間にある松栄筆「瀟湘八景図」〈国宝〉の空間を活かした穏やかな襖絵が目に入ります。この瀟湘八景というモチーフ自体も見慣れたものであり、何となくのほほんと眺め入って隣の永徳筆「花鳥図」〈国宝〉に移ると、その強烈なタッチに驚かされます。ごつごつした根ががっちりと大地を噛みながら、太い幹から左右に鋭角に曲がり伸びた枝に多くの花をつけた梅の生命力、人間と同じような意志の存在を感じさせる各種の鳥、滔々と流れる(雪解けの?)川などが、金泥を引いた襖地の上に春を謳歌しているように見えます。画面は左へ移るにつれて季節を変え、松と鶴、そして雁の冬景色で終わりますが、樹木や岩の荒々しいタッチはこの襖絵が永徳24歳の作品と知ればうなずけるものがあります。隣の檀那の間にあたる空間に置かれた「琴棋書画図」〈国宝〉も圧巻で、中国の士大夫が身につけるべき教養とされた琴・囲碁・書・絵の四芸が描かれたこの絵はかなり緻密な筆致ですが、背景の大胆な省略とディテールの細密な描写が同居していてダイナミズムに富んでいます。樹木や岩はここでも様式化されて全面に点在していますが、その合間に描かれる四芸の姿は相当に写実的で、碁盤などは側面の木の質感と上面の線の細かさが尋常ではありません(左端の「画」のところでは模写にいそしむ男性が描かれていて、なるほどこの頃の絵の修練は写生ではなく模写なのか、と妙に感心)。

狩野永徳は時代の寵児として時の為政者に重用され名を馳せたにもかかわらず、はっきり永徳筆として現存する作品は「洛中洛外図屏風」「唐獅子図屏風」「許由巣父図」、そして今回の聚光院の襖絵と限られています。なぜなら、永徳の代表作となったであろう作品が置かれた安土城・大坂城・聚楽第とも灰燼に帰してしまったからで、そこに戦国の世において権力と寄り添うことの裏腹の不幸を思わないわけにはいきません。したがって、聚光院の襖絵と「許由巣父図」、そして永徳晩年の筆と伝えられる「仙人高士図屏風」を加えて、これだけまとまったかたちで狩野永徳の作品に触れることができるこの展覧会は貴重です。

最後のコーナーには、平成9年に創建された聚光院伊東別院の襖絵として千住博氏が描いた「Life / 砂漠」と「Floodwater / 水の森」も展示されています。前者は以前「日経日本画大賞展」で観て心を奪われたことを思い出しましたが、後者も、岩絵具のざらっとした質感が足元を一面の水に浸された森を覆う靄の中にダイヤモンドダストのような煌めきを与えていて、幻想的でした。

聚光院の障壁画配置図。右下の礼の間と中央の室中の間の襖を開けると松栄の「瀟湘八景図」の雪の高山から永徳の「花鳥図」の川の流れへと連なり、それが仏壇下の小襖の松栄筆「蓮池藻魚図」と連続するという巧みな作りになっています。また、室中の花鳥図も東面の襖の鶺鴒と北面の襖の鶺鴒とが視線を合わせるように描かれているなど、襖絵ならではの三次元構成を活かした構図になっています。