アレクサンドロス大王と東西文明の交流展

2003/08/30

山仲間Fさんとともに、上野の東京国立博物館で「アレクサンドロス大王と東西文明の交流展」を観てきました。この展覧会では、アレクサンドロス大王の事蹟を追うという平凡なテーマは排し、彼の東征によって地中海東岸から中央アジア・インド亜大陸に至る広い範囲に伝播したギリシア文化が、どのようにユーラシア大陸を横断して日本にまで達しているかという点に絞り込んだ検証を試みています。

ギリシア美術の中央アジアへの直接的な影響については、既に「アフガニスタン悠久の歴史展」で見ていたことですが、この展覧会ではさらに進んで、たとえばアテナイの王女オレイテュイアを掠奪する北風のボレアスはクシャーン朝の風神ウァドーを経て日本の琳派によって描かれた風神へとつながり、この間にボレアスのマント・ショールが風袋へと変化しています。商業の神ヘルメスは手に巾着袋と指令杖を持ち、頭部には一対の鳥翼をもっているのですが、これがクシャーン族の富と豊穣の神ファッローを経て冠に鳳凰の装飾をもつ兜跋毘沙門天像と、肩に袋をかけた大黒天へと転化。また英雄にして守護者・道案内としてのヘラクレスが持つ棍棒は、金剛力士が持つ金剛杵へと連なっています。これらのことが、各作品の図柄を対比して見せることで有無を言わさず納得させる仕掛けになっていました。

最初のうちは巧みに張られた伏線に気づかず、紀元前何百年もの昔にずいぶん写実的な彫刻が作られていたものだな、さすがギリシア美術は凄いな、と単純に感心していましたが、展示を順を追って見ていくうちに次第に主催者の意図が伝わってきて、その謎解きの道筋に自分も乗せられていることに自然に気が付かされる、よくできた展覧会でした。

それにしても、アレクサンドロスをこの長大な遠征の旅へと駆り立てたものは、一体なんだったのでしょうか。徐々に自身を神格化せざるを得ず、ギリシア・マケドニア出身の将兵たちから孤立し、最後は恐らく毒殺されてしまった大王の心のうち(あるいは心の闇)までは、この展覧会は示してはくれませんでした。